第3話 環、宇部の乱に加わりたること
私が詠んだ和歌を口火に
ちょうどその時、藤原家は前の御上が失敗した東国支配の拡大の再挑戦を目論み大規模な軍事行動の準備を進めていた。武門の一翼を担う源一族や他の氏族たちも自身の存在を藤原家へ認めさせ便宜を計らせるために軍事行動へ呼応した。
私は源一族の筆頭として私兵を率いて東国遠征に参加することとなり、5年ほど都を離れた。藤原時沙と高津名女房がその後、どうなったかは遠い戦場までは聞こえてこなかった。
東国遠征の成功をもって都へ戻った従軍者への恩賞は薄く、ここで始めて今回の東国遠征には藤原家が他の氏族の力を削ぐ目的もあった事を知った。参戦した氏族の不満が爆発寸前となっていたところで『
―――
東国遠征から都に戻り鬱屈とした日々を過ごしていた時、藤原家の政敵だった宇部一族の筆頭、
「源朝臣、我が邸で一献いかがかな?月を愛でるには良き夜ですぞ」
御所の護衛の任務を交代して帰邸する途上の不意打ちだった。上位の官位をもつ兼依の誘いを断れず、一献付き合ったことが『宇部の乱』へ参加するキッカケだった。
兼依とは東国の戦場で陣を並べて以来の仲だった。
兼依は無骨な男で私に向かって藤原家の悪し様を並べ立てて賛同を求めていた。性格の単純さゆえ、兼依が考えていたことはすぐに分かった。彼は藤原家を支援する源一族の筆頭であり、東国遠征に不満がある私を絡め取り、藤原家の勢力を削ごうとしているのだ。
「環殿、私には藤原家の搾取に不満を持つ開発領主の後ろ盾があるのだよ。藤原家の鉱山を襲撃して成功すれば開発領主の軍勢が集う予定だ。そうすれば藤原一族の勢力をすり潰し、我々のような武門が
私は政や権力には興味が無かった。
ただ東国遠征のような藤原家の横暴は目に余るものがあり、このような輩が生まれるのも仕方がないと感じていた。藤原家は巨大になり、栄え過ぎたのだ。
私は宇部一族も好きではなかった。
もし宇部一族が勝ったとしても藤原家と同じことを繰り返すだろう。要するに政に思想や展望が無いのだ。
だが私は戦場へ向かう。想いを秘めて。
―――
都を囲む山々を越えた先にある
宇部一族と有力氏族、そして源一族は挙兵した後、烏丸山を占領し、藤原家へ宣戦布告。
対する藤原家は
烏丸山を占領した宇部方の勢力は7000。圧倒的な兵力を誇る平一族が10000の兵を投じたため、すぐに勝利するものと思われたが、宇部方は烏丸山の内部を縦横無尽に広がる鉱道を利用したゲリラ戦術を展開し、平一族の第一陣は敗退。続く第二陣は損耗を避けて積極的な戦闘を行わず戦線は膠着していた。
ここに至って痺れを切らした藤原家直属の兵25000が投入され、事態の打開を図ろうとした。大将は藤原時沙。藤原祥家の実力を試す人事であることは誰の目で見ても明らかだった。
戦局の変化を察知した私は宇部兼依へ藤原家の本隊が到着する前に奇襲を行い、藤原時沙を打つ作戦を提案した。
都から烏丸山へ続く道のうち、もっとも近い街道は途中、崖に囲まれた狭路が避けられない。藤原家の本隊が狭路を通過するタイミングで奇襲を仕掛け、大将である藤原時沙を討つのだ。
烏丸山の布陣を動かすと警戒されるため、少数精鋭が狭路を囲む崖の上に集結して機を待つ作戦となった。奇襲は危険を伴うために他の氏族は遠回しに渋り、結果は武に長けた宇部兼依の部隊1000と、名乗りを上げた私の部隊1000が大役を担うこととなった。
「環殿、四更の刻、笙を吹きますので笙の音が聞こえたら奇襲の開始だ!我々の時代はもうすぐですぞ!」
―――
翌日、四更の刻。
眼下には狭路を進軍する藤原家の本隊。
崖の上には息を潜めてチャンスを伺う
反対の崖の上からで笙の音が響いた。
宇部の軍勢が崖を下り始めたのが聞こえる。
私は狭路をじっと見ながら兵を動かさずにいた。
奇襲に備えていた藤原家本隊の反応は素早く、宇部方の兵は一人、また一人と討たれ倒れていく。
私の注意は宇部の兵が時沙のところまで届くかだけに注がれていた。やがて最後の一人、宇部兼依が討たれるのが見えた。
篝火に照らされた兼依の姿。
「忘れるな、環よ!
お前の渇きを癒せるのは俺だけなのだぞ!」
目を見開き流血で染まった顔は私の方へ向けられ、何か叫んでいたが兼依の声は私には届かず、崩れ落ちるように倒れ果てた。
血に染まった大地を朝日が照らす頃、源一族の兵は武器を捨て崖を下りて投降した。宇部兼依が討たれたこと、藤原家本隊が合流したことにより烏丸山の兵は逃散し、『宇部の乱』は失敗に終わった。
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