第3話 『招かれざる』客

 停車した機関車から湯気が立ち上る。客車から降りる旅客。それとは入れ違いに黒い制服を着たーー警官であろうか、多くの男たちが無表情な面持ちで『例の事件』のあった客車に飛び乗っていく。それとすれ違うように駅を離れる峻一朗とナージ。

 我関せずとばかりに、両手にトランクを引っ提げてセドラーク王国首都チェルナ=ペルナの街を行く。夕暮れの町並みはまるで錬金術師でもいそうな雰囲気である。人の姿はあまり見えず、時折古風な馬車がゆっくりと大通りを進んでいった。

 でこぼことした石畳をてくてくと歩いていく二人。

「このような石畳がこの二〇世紀の首都に健在というのはーー」

 峻一朗がもったいをつけてそうつぶやく。

「革命というやつをこの国はまだ経験したことがないな」

 ナージはうなずく。都市の暴動の際に真っ先に武器になるのはこのような古風な石畳である。人力で石は地面よりはがされ、それは投石の武器として有効に活用されるのだ。ナポレオン三世治政下のパリでは、オスマンの都市大改造により貧民の暴動がほぼ不可能となった。それはもう五〇年近く前の話である。この町は時間の歩みを止めているようにも見えた。

 建物も石造りのものが多い。中には馬をつなぎとめる真鍮の輪の姿も多く見えた。

 ガスランプがともる夕暮れ、二人はとある一軒のホテルに到着した。ホテル、と言っても三階建ての普通の住協にしか見えないものであったが。

 来客に丁寧に対応する主人。どうやら顔見知りらしい。客のほうもよく分かったもので、鍵を預かると案内なしに部屋へと歩みを進める。

「この部屋も久しぶりだな」

 そういいながら峻一朗は古めかしい、しかし手入れの良いベッドに身を預ける。ナージはそんな峻一朗をしり目に、旅装の片づけを始めた。

「昼ご飯を食べそこなったので、夕ご飯はいいものを食べたいな」

 峻一朗の言葉にナージはうなずく。

「多分、いいものを食べることができると思いますよ。多分、僕たちはこの王国の大事な客——『招かれざる客』であるかもしれませんが、必要とされているようなので」

 そういいながらトランクの中から何やら取り出すナージ。それを両手に構え、ドアのほうに向ける。

「ゆっくりと。両手を挙げて」

 ナージの声に答えるように古い扉がゆっくりと開く。

「物騒なことですね」

 そういいながら、小太りの中年男性が両手をあげながら二人の前に姿を現す。

「突然人の宿におしかけるほうが非常識だと思うが」

 ベッドにスーツのまま横になりながら峻一朗がそう言い放つ。

 うやうやしく小太りの中年は頭を下げる。

「当王国外務次官たる私、ズビニェク=ベナークの迎えでございます。どうかお静かになされてわれらの招待を受けていただけないでしょうか」

 後ろから屈強な男性が何人も姿を現す。手には銃を構えて。

「ディナーは用意してくれるのかな」

 峻一朗の問いにベナークはまた恭しく礼をする。


 揺れる馬車。中にはベナークと『招かれざる客』の二人だけである。その気になれば、この場を脱出することは難しいことではない。ナージの持っていた拳銃——ウェブリーMkVIはいまだ懐の中にあった。相手もそれを承知の上で、『拉致』したのである。

 暗い街中を疾走する馬車。黒い車体が闇の中に溶け込む。

 いくつもの門をくぐり、馬車は玄関に横付けされる。

 馬車の扉が開き、ベナークが二人をいざなった。

 がっちりとした石造りの建物。人気が全く感じられないのが不思議であった。複雑な通路をしばらく歩いたのち、大きな扉の前にたどり着いた。その扉に描かれていた紋章——鷹に鷲の紋章。手も触れていないのにその扉がゆっくりと開く。

「こちらの部屋でしばしお待ちを」

 そう告げるとベナークは姿を消した。

 大きなテーブルに着席する二人。

 しばしかけていると、顔をベールで隠したメイドが二人、皿を運んでくる。テーブルに並べられる料理。派手さはないが、手の込んでいることがわかる料理である。

「いただくとしよう」

 峻一朗は並べられたフォークに手をかけ、ゆっくりと食事を味わう。しぶしぶではあるがナージもまた。

『毒を恐れないのかね』

 誰もいない空間から声がする。

「列車で昼食にありつけなかったので。それもご存じでしょう」

 峻一朗は見えぬ声の主にそう答える。

「なにより私を殺してしまっては、困るのはあなたでしょう。陛下——」

 最後の一言に重みを付けて峻一朗はつぶやく。

 それまで無人かと思われた黒い空間の中から、人の気配が感じられた。『招かれざる客』を迎える主の存在が——

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