浜松

##############

 二日目は、東海道線を東に進む。最初の目的地は浜松だ。あまり知られていないが日本三大砂丘の一つ、中田島砂丘があるぞ。ちょっと遠いのでバスを使う。そして、なんといっても浜松城。桜が満開の季節に行けば、素晴らしい光景が目に入る。昼食は浜松餃子を召し上がれ。


09:01 名古屋

 |JR東海道本線

09:57 豊橋

10:07 豊橋

 |JR東海道本線

10:42 浜松

##############


 今日は東海道線を静岡方面へと途中下車をしながら進む。最初の目的地は浜松だ。浜松へは名古屋から直通の電車がないので豊橋で乗り換える。豊橋は愛知県、浜松は静岡県なので、一本で行けないのは何か地域の事情なのだろうか。豊橋まではクロスシートの快速で、とても快適だ。名古屋を出るとすぐに田園風景が広がり始める。都市部では名古屋も東京もあまり変わらないが、中心部から少し離れるだけで、どこまで行っても景色の変わらない東京との違いを実感する。


 豊橋に行く途中に岡崎城もあるが、JRの岡崎駅からは離れておりバスが必要となる。名鉄の東岡崎駅からなら歩けるが、残念ながら「青春18きっぷ」が使えないので、今回はパスだ。


 豊橋駅始発の電車に座って乗れるよう、乗り換えの豊橋駅では寄り道をせずに、すぐに浜松行きの電車に乗りこむ。同じ東海道線でも、今度の電車はロングシートの車両だ。向かいの窓から浜名湖が見えるよう進行方向右側の席に座った。


 静岡県内の東海道線は日中は各駅停車しかなく、しかもほとんどの車両がロングシートのため、『青春18きっぷ』の難所とも言われている。時間を節約するため熱海から豊橋間は別料金を支払って新幹線に乗る、俗に「ワープ」と呼ばれる手法も有名だ。だが、”あいつ”の作った今日の旅程は、そんな各駅停車の旅を楽しめるよう、静岡県内の名所巡りとなっている。


 豊橋を出てしばらくすると新幹線の線路と交差し、運が良ければ、車窓から浜名湖を眺めながら、浜名湖の前を新幹線が通る姿を見ることもできる。今日は、残念ながらタイミングが合わなかったが、新幹線好きの子どもがいたら、はしゃぐこと間違いない。


 普段新幹線を使っていると浜松駅は素通りだが、初めて降りた浜松駅は思っていたよりもずっと大きく、都心のターミナル駅と遜色ない。中央線沿いに比べると東海道線沿いはずっと栄えている。さすがは、中学生の事に習った太平洋ベルト地帯だ。


 ”あいつ”のお勧めの中田島砂丘は駅から距離があるためバスを使う。浜松のバスはナイスパスという独自のICカードを使っており、Suicaとは互換性がないのが残念だ。昔のようにバスに乗るときに乗車券を取り、車内で両替をして降りる時に料金箱にお金を入れて降りた。駅から砂丘まではバスに揺られて15分ほどだ。


 砂丘入り口には「中田島砂丘」と彫られた大きな石碑が立っており、石碑裏の階段を上ると巨大な砂丘が眼前に広がった。早速、砂丘を登りはじめると、砂の中に靴が深くずっしりとめり込んだ。スニーカーが砂だらけになってしまうが、裸足で歩いてケガでもしたらたいへんだ。ざくさくと砂を踏みしめながら、砂丘を登っていく。スポコン漫画では砂浜を走るのが定番だが、これは相当足腰が鍛えられる。


 はぁはぁと息を吐きながら頑張って最後まで登り砂丘の頂上に立つと、眼前に果てなく太平洋が広がる。太陽の光が海に照りかえされて眩しい。右と左はどこまでも続く砂の山、後ろを振り返ると平野に浜松の街並みが広がっている。観光客は私の他には10人ほどとまばらで、観光地化された鳥取砂丘のようにラクダもいない。強い海風で髪がたなびき、荒涼とした光景は自然の厳しさと美しさを体全体で感じさせる。


 寂寥感。この光景を一言で表すなら、この言葉が一番ふさわしいだろう。そして、今の私にも。


 砂丘の上からは、海外ではしゃぐ親子連れが見えた。”あいつ”なら、きっと一人旅でも、同じようにはしゃぐのだろう。


 私は、海風に吹かれながら砂丘の上でしばらくのあいだ海を眺め、一人寂しさに浸った。この孤独は今の私には必要なものだから。悲しみを悲しみとして、寂しさを寂しさとして受け止めることが、下手な慰めよりも私の心を癒してくれる。そして、冷たい海風がもう十分だろうと私に告げ、海を背に砂丘を下った。


 帰りのバスまでは時間があったので、近くの公園を散策した。草原のような園内にはヨーロッパにあるような風車が立っており、小高い丘に登ると近くの風景が一望できた。荒涼とした砂漠の世界のすぐそばに、おとぎ話にでてくるような緑の世界がある。まるで北風と太陽のおとぎ話のように、何かを私に語りかけてくるようだ。


 来てよかった。都会のような中心部から少し離れるだけで、豊かな自然環境が広がる地方都市の心地よさ。もし、東京から引っ越す必要があれば、こういうところに住んでみたい。


 バスで再び中心部に戻ると、次は駅の反対側の浜松城行きのバスに乗る。最寄りの停留場で降りると、浜松城の天守閣が見えた。ちょうど桜の時期のため、天守閣へと続く道は、朝のラッシュ時の電車のように混んでいる。天守門へと続く人波が進むは桜の道だ。そして、天守門をくぐると浜松城の天守閣が現れた。


 美しい。只ひたすらに美しい。


 桜の花が咲き誇る枝の合間から除く黒い天守閣は、人工物と自然が完璧なコントラストを作る。この城と桜の絶妙な組み合わせは、いったい誰が考えたのだろうか。日本人のDNAというと大げさだが、この光景には誰もが心を鷲づかみにされるだろう。


 日本の城には白い城と黒い城がある。秀吉時代に建てられた黒い城と、徳川時代に建てられた白い城だ。秀吉が黒を好み、家康が白を好んだからだと言われているが、家康が天下取りの夢を掴んだ城が黒い城とは歴史の不思議さを感じさせる。天守閣に登ると浜松の街を一望できたが、かつて家康はどんな光景を見たのか。


 浜松城の裏には日本庭園があり、緑の木々の染まる生命力あふれる春の光に輝いていた。帰りはバスでなく、諏訪神社を参拝がてら浜松の駅へと歩いていった。遅めの昼食は、浜松餃子だ。浜松はウナギも名物だが、さすがに二日続けてウナギは贅沢すぎる。


 だが、残念! お目当ての店はランチタイムの餃子が売り切れだった。浜松城に行く前に寄ればよかったが後の祭りだ。しかたないので何か適当に食べようと駅ビルに入ると、たまたまランチタイムを営業中の居酒屋で、浜松餃子ののぼりを発見。他のお客さんが海鮮丼やらビーフシチューなどのランチメニューを頼んでいるのを横目に、浜松餃子を注文した。


「おいしい!」

 餃子が来る前に、出されたお茶のおいしさに思わず、心の中で誉め言葉が出た。深い香りと柔らかなのど越し、普段飲んでいるお茶と全然違う。さすがはお茶の産地、静岡県だ。無料で出されるお茶でも侮りがたい。逆に浜松餃子は、正直、普段食べている餃子との違いはわからなかった。もちろん、おいしかったけど。


 いろいろな場所を廻った結果、”あいつ”の作った旅程時間を少しオーバーしてしまったが、東海道線は本数が多いので大丈夫。私は次の目的地へと移動した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る