一日目のきっぷ
猿橋
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春の『青春18きっぷ』は、なんといっても桜巡りがお勧めだ。俺の考えた最高のプランを紹介しよう。
『青春18きっぷ』一日目は、東京から中央線で甲府を経由して名古屋を目指す。東海道本線を使う表ルートの方が時間が短くてメジャーだが、裏ルートも見どころがたくさんあるし、何よりも車窓からの眺めが素晴らしい。東京から甲府までは早くても2時間半以上かかるから、日本三大奇矯の猿橋がある途中の猿橋駅で降りるといいだろう。
06:34 東京
|JR中央線
08:20 猿橋
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「いかにも寂れた郊外って感じ」
”あいつ”の旅程表に従って東京駅から乗った中央線を猿橋駅で降りた。東京駅を出たときは朝早い出勤客で車内が混んでいたが、新宿を過ぎると一気に乗客が少なくなり、乗客の半分くらいは高尾山目当てと思しき、リュックを背負った年配客で占められていた。高尾を過ぎると、乗客はロングシートに二、三人とさらにまばらになり、猿橋駅で降りたのは乗客は私を含めて10人もいないだろう。
駅のホームには『日本三大奇矯 猿橋』という大きな縦看板が立っている。この手の日本三大○○は、たいていガッカリするものだと決まっているけれど。
私はリュックを背負って駅の階段を上り、有人改札で青春18きっぷを見せる。
「どうぞ!」
駅員はちらっと私の出した”きっぷ”を見ると、笑顔で私を通した。
『青春18きっぷ』。春、夏、秋と発売される日本中のJR普通列車が乗り放題になる”きっぷ”だ。なぜ、”切符”でなく、ひらがらの”きっぷ”なのかは知らない。五日間有効で12050円、一日あたり2410円ととても安い。利用期間中であれば連続した五日でなくてもかまわないし、一枚のきっぷを複数人でシェアして使ってもよい。もともとは長期休暇の学生向けに企画されたきっぷだが、若者だけでなく誰が使ってもよく、最近では若者よりも定年退職した年配客の方が多いらしい。
”あいつ”も学生時代だけでなく、社会人なってからもよく使っていたが、安いだけあって特急や新幹線には乗れない。暇な学生ならともかく、忙しい社会人にもなってわざわざ使うなんてバカじゃないかと、私はいつも”あいつ”に言っていたが、”あいつ”は、安いだけじゃないんだよと笑って返すのが定番のやり取りだった。
今回は、私にとって初めての『青春18きっぷ』の旅だ。たいして興味は無かったが、”あいつ”が勝手に送ってきて返すこともできないので、”あいつ”の作った【俺が考えた『青春18きっぷ』東京発三泊四日決定版!】に従って、今朝、東京駅を出発した。コロナ禍だが、一人旅なら感染のリスクも低いだろう。
私は駅舎から出ると、スマホの地図に従って駅を右手に甲州街道を歩き始めた。車がビュンビュンと車道を走りすぎるが、歩道を歩いている人間は私の他に誰もいない。公共交通機関が発達している都心と違い、車社会の地方ならではの光景だ。
三月も終わり近くになり、最近はすっかり春めいて来ていたが、今日は寒さが戻り手足が冷たい。家を出たときに思ったよりも寒かったので、いったん戻ってダウンジャケットを持ってきて正解だった。
甲州街道を10分ほど歩くと、”猿橋へはこちら”の看板が見えた。道を渡って細い通りを進むと猿橋公園に着いたが、それらしい橋はどこにもない。公園の案内図を見ると目的地はまだ随分と先のようだ。看板の立っていた場所ではなく、先の交差点を曲がらなければいけなったらしい。
まぁ、いい。車の通りの激しい道よりも公園の中の方が歩きやすい。昨日の雨で湿った遊歩道を歩いていくと川に出た。中央線に沿って流れる桂川だ。川原に植えられている桜の木は本数は少ないが満開だ。
青春18きっぷは、春、夏、秋に販売されるが、春のきっぷは、桜がちょうど満開の時期に合わせて使うことができる。生まれて初めての青春18きっぷで、桜巡りの旅だ。昨日まで降っていた雨も上がり、天気にも恵まれて清流と桜のコントラストが美しい。
だが、ゆっくりはしていられない。この駅で過ごせる時間は一時間。私は数枚スマホで写真をとると、猿橋へと続く道を上っていく。誰もいない自然道を進むと、お目当ての猿橋に到着した。
「へー、思ってたよりすごいじゃん」
さすがは、葛飾北斎や歌川広重が浮世絵にした日本三奇橋の一つだ。橋脚を使わずに両岸から張り出す四層のはね木によって支えらる木橋で、伝説では紀元610年ごろ橋の工事が難航した時に、猿が連なって川を渡る様子をヒントに建てられたという。その後何度も建て替えられ、現在の橋は1851年の橋を復元したものだ。
こんな場所が東京から2時間弱の場所にあるとは。たしかに乗り降り自由の青春18きっぷでないと、なかなかこういうところには来ないだろう。”あいつ”も、なかなかやるではないか。
橋の欄干や、橋の上からパシャパシャと写真を撮っていると、残り時間があと30分になった。帰りは公園を通らずに最短で甲州街道に出て、駅へと一目散に歩く。道の両側にはやたらと蕎麦の店がある。どこもまだ閉まっているが、ここら辺の名物なのだろう。
私は出発10分前に駅に戻り、青春18きっぷを見せて改札を通ると、次の目的地へと向かう電車に乗った。
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