第42話 二人との距離
しかし、俺は、夏森さんのことも思い始めていた。
「俺は紗緒里ちゃんに心は傾いてきた。それはお前の言う通りだ。でもなあ、最近、気になる子がもう一人いるんだ」
「気になる子だって? お前、それはどういうことだよ。もう紗緒里ちゃん以外の人に恋することはなかったんじゃないのか?」
「いや、恋というところまではいっていない。でも気になっている子なんだ」
「誰なんだろう?」
「お前もよく知っている子だよ」
「俺の知っている子?」
「そうだ。昔から知っている子」
「うーん、わからないなあ。教えてくれ」。
「俺達の幼馴染と言えばわかるかな?」
「幼馴染?」
「これなら誰なのかわかるんじゃない?」
「うーん」
康一郎は腕を組んで考えていたが、
「もしかして夏森さん?」
と言った。
「そうだ。夏森さんだよ」
俺はその言葉を口にする時、彼女のことを意識して、少し恥ずかしい気持ちになった。
「夏森さんか……。そう言えば、俺にとっても幼馴染だよな。小学校二年生の頃までは遊んだこともあったなあ。もう疎遠になってからだいぶ経つけど。でもお前と鈴乃ちゃんと一緒に遊んだ時は、楽しかったよ。その記憶は残っている。まあ俺は鈴乃ちゃん一筋だったから、夏森さんのことは意識していなかったな。幼い頃からかわいい子だと思ってはいたけど、今はもっとかわいくなっているな」
「俺もそう思う」
「でもお前、彼女とは今まで疎遠だったんだろう? 苗字読みになるぐらい。まあ俺も苗字読みになっているけど」
「最近まであいさつぐらいしかしていなかった」
「それがなんで気になる存在になったんだ? そりゃ、彼女、男子の中じゃ人気がどんどん上がっているけどな。あれだけかわいくなれば、男子だったらほっとかないと思うけど。でもお前、彼女のことは、異性としては興味がないって言っていなかったっけ?」
「そう言ったこともあるな。幼馴染だし、疎遠になっていたから」
「どういう心の変化なんだ?」
「俺、彼女に告白されたんだ」
「告白された?」
康一郎はとても驚いたようだ。
「それはどういうことなんだ? お前じゃなくて、夏森さんの方から告白してきたのか?」
「そうなんだ」
「紗緒里ちゃんと夏森さん。一人はいとこ。もう一人は幼馴染。その二人がお前を恋人にしたいと思っている、ということだな。で、お前はどちらを選ぼうとしているんだ? 紗緒里ちゃんを恋人にしていくんじゃなかったのか?」
「夏森さんが告白する前までは、紗緒里ちゃんのことをだんだん恋し始めていたんだけど……」
「今は違うのか?」
「夏森さんのことは、告白されるまでは、お前の言った通り、異性としては意識していなかったんだ。でも、彼女に告白されてからは、心が動かされ始めている。毎日ルインも送ってくるし、その熱意に応えたい気持ちが少しずつ出てきているんだ」
「ルインはどういう内容なんだ?」
「それはちょっと恥ずかしくていえない」
「愛の言葉?」
「ま、まあそうだ」
「『好き』とか、そういう言葉を送ってくるってことだよな」
「まあ想像にまかせるよ」
「なんか微笑ましいなあ。幼い頃一緒に遊んでいたお前と夏森さんがそういうやり取りをしていると思うと」
康一郎はニヤニヤしながら言う。
なんだかどんどん恥ずかしい気持ちになってくる。
「そう言えば、お前と鈴乃ちゃんもルインで毎日やり取りしているんだろう?」
「そうだけど」
「そこで毎日、愛を語り合っているんだろう?」
康一郎は顔を赤くし始める。
「な、何を言っているんだ」
「『好き』ってやり取りをしまくっているんだろう?」
「そんな、恥ずかしくなってくるだろう……」
「でもいいよなあ。お前達、相思相愛で。あこがれるところはある」
「いつも愛の言葉をやり取りしているわけじゃないぜ。いろいろなパターンがあるんだ。体の心配をしてきたりすることもある」
康一郎はテニス部なので、いいプレーができるように、いつも体を心配しているよようだ。
ここまで愛されているというのは、いいことだ。
「俺のことはいいよ。それよりお前の話だ。二人とどうしていきたいんだ?」
「そうだなあ……」
俺はしばらくの間、悩んだ。
紗緒里ちゃんと夏森さん。
一人はいとこ、もう一人は幼馴染。どちらも大切な存在だ。
しかし、今どちらの方が、恋という意味で好きかと言われたら、紗緒里ちゃんの方だ。
彼女とは、いとこというところを乗り越えようとしている。
しかし、夏森さんとは、まだ幼馴染というところを乗り越えられていない。
俺は紗緒里ちゃんとの関係を進めるべきだと思う。
俺は、
「紗緒里ちゃんとは、これから恋人どうしになっていきたいと思っている。夏森さんとは、これからも仲の良い幼馴染として過ごしていければいいと思っている」
と康一郎に言った。
「お前がそう思うのなら、それで進むべきだな」
と言った。
「その道を進もうと思っている」
「だけど、夏森さんは悲しむことになるな」
「そこは俺もつらいところだけど、納得してもらうしかないと思っている」
康一郎は少し腕を組んで考えていたが、
「とにかく、これはお前が決めることだ。一番お前がいいと思う方向へ進むしかないと思う」
と言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます