第19話 家に迎えにきた紗緒里ちゃん
朝。俺は午前六時に起きた。
これから顔を洗って、家事をしなければならない。
その中でも一番大きいのは食事を作るということだ。
面倒だが、仕方がない。
昨日紗緒里ちゃんが、
「朝ご飯も作りたいです」
と申し出てくれた。
一瞬、その申し出を受けるべきだったかなあ、と思う。
起きてすぐに食事を作り始めるのは、いくら一人暮らしになれているからと言っても、つらい気持ちになるのはしょうがないことだと思う。
しかし、すぐに思い直す。
まだ付き合っていないから、俺は彼女の申し出を断ったんだ。ここでやっぱり作ってくださいと言ったのでは、かえって彼女に嫌な思いをさせてしまうと思う。
それに、もし付き合ったとしても、朝から彼女にこういう負担をさせるのはかわいそうだと思う。
それは、毎日こうして朝ご飯を作る俺自身が良く分かっていることだ。
ここは我慢しなければならない。
朝ご飯は、味噌汁と卵焼きとご飯。それにソーセージと野菜を添えたもの。
それを食べた後、片付け、食器を洗う。
これもまあ面倒だが、食器を洗わないと、夜、晩ご飯を食べる時に困ってしまうので、きちんとしておく必要がある。
その後、やっと少しくつろぐ時間がある。
わずか数分であるが、ジュースを飲んで、心と体を休めるのだ。
それにしても、今日は昨日までの気分とは違っている。
のずのさんに振られてつらい気持ちになり、その状態がまだ続いていた俺だが、昨日、紗緒里ちゃんに出会ったことで、気持ちがどんどんいい方向になっている。
こうしてくつろいでいると、だんだん紗緒里ちゃんと一緒に登校することへの期待が膨らんでくる。
俺は身支度をし、登校の為の準備を整えた。
そろそろ七時三十分だな。
ピンポーン!
俺は玄関へと向かった。そして、ドアを開ける。
「おにいちゃん、おはようございます」
頭を下げる紗緒里ちゃん。制服姿。かわいい。
「おはよう」
「おにいちゃん、もう行けますか?」
「うん。大丈夫だ」
「じゃあ行きましょう」
「うん。行くことにしょう」
俺は戸締りをすると、彼女とともに学校へ向かって歩き始める。
「おにいちゃんとこうして一緒に学校へ行けるなんて、うれしくて夢のような気がします」
「そう言ってくれると俺もうれしんだけど」
外はよく晴れている。
風はまだ少し冷たいところがあるが、陽射しは温かい。
紗緒里ちゃんは夢のようだと言ったけど、俺もそういう気持ちにだんだんなってくるような気がする。
「おにいちゃん」
「うん?」
「手をつなぎたいんですけど」
甘えた声で言ってくる紗緒里ちゃん。
「手を?」
「ダメですか?」
「うーん」
俺としても手をつなぎたい気持ちはある。その柔らかさ、温かさを味わえたら幸せな気持ちになれるだろう。
でも彼女はいとこだ。そういう気持ちを持っていいのだろうかとどうしても思ってしまう。
「ほんの一瞬でいいですから。お願いします」
「一瞬だけ?」
「そうです。それくらいなら、まだ付き合っていないわたしたちでも、いいと思うんですけど」
彼女もそう言っている。少しだけならいいじゃないか、どうして悩む必要がある。
キスするわけではない。
手をつなぐことは、ちょっと仲が良い男女の友達ならしていることだ。
「わかった。じゃあ、ちょっとだけ」
「ありがとうございます」
紗緒里ちゃんは、俺の手に向かって、その手を差し伸べてくる。
ああ、なんか胸がだんだんドキドキしてきた。
そして、彼女の手が俺の手を握った瞬間……。
俺の心は一挙に沸騰し始めた。
昨日もそうだったのだが、手をつなぐというだけで、心が沸き立ってしまう。
やっぱり俺は彼女に恋し始めているということなんだろう。
それなら、ちょっとの時間ではなく、しばらくは手をつないでいてもいい気はするのだが……。
彼女は少しの時間、俺と手をつないでいたが、
「約束なので、ここまでにします」
と言って、手を戻した。
残念そうな表情になる紗緒里ちゃん。
しかし、俺の方も残念な気持ちになる。
もう少し彼女と手をつないでいたかった。それどころか、だんだんキスしたい気持ちにもなってきた。
いや、こんな気持ちになってはいけない。自分からちょっとだけ、と言っておいて、何を思っているのだ。
「これから毎日、ほんのちょっとの時間でいいから手をつなぎたいです」
「そ、そうだな」
「いいんですか?」
「まあ、いいだろう」
「うれしい。ありがとうございます」
紗緒里ちゃんは今すぐにでも踊り出しそうな勢いだ。
俺達は、隣り合いながら。学校へ向かう。
「でもいつかは、ずっと手をつないだまま学校に行きたいですね」
そう言って微笑む紗緒里ちゃん。
俺が今すぐ決断すれば、できることではあるんだけれど……。
でも長い時間となると、恥ずかしくなる気持ちが抑えられなくなるのではないかという気はする。
今は短い時間だからなんとかなっているが、長い時間になるとその恥ずかしさに耐えきれることができるのだろうか。
彼女への想いのことで悩んでいるところはもちろん大きいが、それと同時に、この恥ずかしい気持ちをどうコントロールしていけばいいのか、というところもある。
俺はそれだけ彼女のことを異性として意識し始めているということだろう。
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