第273話




 課外授業と言う事でガーウィグ領に来ておるのに、何もしておらんのは流石に問題になるじゃろうって事で、本日は特別授業を行う事にしたのじゃ。

 そして、教室代わりにターマイル殿の屋敷の庭の隅を借りておる。

 屋敷の部屋で無いのは、今回やろうとしておる授業が、場合によっては汚れてしまうからじゃ。


「という訳で、今回の特別授業じゃが、ヴァルとケンが気にしておった『魔獣と魔物の違いについて』じゃ」


「先生、どっちも同じなんじゃないんですか?」


 カーラがそう質問して来たのじゃが、確かに大まかに分ければどっちも似たようなモノじゃ。

 だが、実際は別物なのじゃ。


「魔獣と魔物、これは両種族の成り立ちが違うのじゃ」


「成り立ちですか?」


 ミニンの言葉に頷きながら、今回の授業で使う為に用意したを、インベントリから地面に取り出したのじゃ。

 取り出して地面に並んだのは『ゴブリン』と『ラッシュボア』。

 どっちも割とポピュラーな魔物と魔獣の代表格じゃな。

 両方とも、此処の森の中でクモ吉が倒して手に入れたモノじゃ。

 蜘蛛糸を罠の様に使って絡めとった後、口と鼻を塞いで窒息させてから血抜きしたので、此処で解体しても多分大丈夫なのじゃ。


「魔獣は基本的に既存の動物がマナによって変異した存在なのに対し、魔物はマナそのものが形作り、それが長い時間を経て固定化した存在じゃ」


「へー、そんな違いが……」


「でも見た目だけじゃ分かりませんよね? 何か決定的な違いってあるんですか?」


「『魔石』の有無じゃな。 魔物はほぼ魔石持ちじゃが、魔獣は進化個体でないとほぼ魔石を持っておらんのじゃ」


 ワシらが『シャナル』で『パイクラビット』を狩っておるのに、魔石が殆ど手に入っておらんかったのはコレが原因じゃ。

 で、魔石と言うのは、一種の『マナ貯蔵庫』の様な物であり、普段使わぬマナが溜め込まれておるんじゃが、マナを使う魔物であればほぼ持っておるのに対し、魔獣の場合、下位種は体内のマナを常に消費して肉体を強化しておる為に魔石が出来難く、中位種くらいからマナに余裕が出てくるようになって魔石が形成されていく訳じゃ。

 これだけ聞くと、魔獣の方が魔石は小さくなるんじゃないかと思うじゃろうが、魔獣は最終進化個体になると、今度はその中に溜め込んでおるマナが洗練されていき、純度が高くなっていくのじゃ。

 思い出して欲しいのじゃが、ワシが倒した魔物の中でも最強の一角である飛びトカゲワイバーンの魔石は、中にゴミが入っておって曇っておった。

 魔物の場合、サイズやマナの含有量は多いのじゃが純度が低い事が割と多いのに対し、魔獣の魔石はサイズやマナの含有量は比較的少ないのじゃが純度はかなり高い物が多い。

 まぁ問題は、そこまで高純度の魔石を持っておる様な魔獣は、どうしてもかなり少なくなってしまうんじゃがの。

 それに、高純度の魔石持ちともなれば、相当な年月を経た魔獣になるんじゃが、それはその分、長く戦い抜いて生きておるめちゃんこ強い魔獣という事にもなる。

 そんなめちゃんこ強い魔獣を討伐出来る様な者は……

 まぁ絶対おらんとは言えんけど、かなり少ないじゃろう。

 裏技でワシが魔石にマナを注入する方法があるんじゃが、アレはワシにしか出来んから論外じゃし、何より属性を選ぶ事が出来ぬのじゃ。

 この属性付きと言うのも重要な所じゃ。

 例えば、火の属性を持った魔石を、風を生み出す魔杖に組み付ければ、ソレだけでトンデモない威力を出す事が出来るのじゃが、コレが水を生み出す魔杖に組み付けると、互いの属性が干渉しあって対消滅してしまい、碌な威力にならぬ。


「勿論、例外もあるのじゃ。 それが『特殊個体』や『特異個体』、冒険者連中からは『レア』なんて呼ばれておる魔獣は、下位種の個体であっても体内マナの量が多く、その結果、魔石を持っておる事が多いんじゃ」


 そして当り前じゃが、そう言った個体は最終進化個体になると、同種の最終進化個体と比べてもめっちゃ強くなるのじゃ。

 そう考えると、ベヤヤも特殊個体なのかと思ったのじゃが、他のエンペラーベアを見ておらんから何とも言えぬし、今では神獣(仮)となっておるから、同種とは隔絶した強さになっておるじゃろう。


「さて、それでは実際に皆でラッシュボアを解体し、ゴブリンからは魔石を取ってみるとしようかのう」


「私達で解体するんですか?」


 ライムの顔から血の気が引いておるが、これは必要な事じゃぞ?

 理由の一つとしては、魔物や魔獣の体の構造を実際に知る事が出来れば、スムーズに討伐する事も、急な事が起きても対処が出来る様になるからじゃ。

 例えば、ラッシュボアは前足の骨格は左右への可動域が広いのに対して、後ろ足の骨格は左右への可動域が低く、直線の速度は抜群に早いのじゃが、左右への小回りや急な進路変更は苦手なのじゃ。

 なので、盾役が前から押さえ込み、左右や後ろから仲間が攻撃する事で、実は安全に狩る事が出来る。

 他にも、前方から狙うと頭蓋骨や肩甲骨は硬いが、横腹の部分から頭の方へと槍を突き入れると、高確率で急所となる心臓や肺を傷付ける事が出来るのじゃ。

 そして、この異世界のゴブリンは、見た目が人間に似ておるから、可動域は人間と同じと思いきや、実は肩甲骨が人の物より小さく、両腕が背中の方までグリンっと動くのじゃ。

 更に、腕が人より多少は長い為、意外とリーチが長い。

 具体的には、直立状態で人の腕は太腿程度までじゃが、ゴブリンは膝位まで届くのじゃ。

 何より、ゴブリンは全体的に細いのじゃが、それでもマナを使って『身体強化』に近い事をしておるようで、力は結構強い。

 狡猾な所を除いても、油断すると駆け出しでも危険じゃったりする。

 まぁ一番の理由としては、今日のお昼は解体したラッシュボアのお肉を使うからじゃ。

 上手く解体すれば、美味しく調理してやるからのう、ベヤヤが。




 丸太を組んで吊り場を作り、ラッシュボアを吊り下げながら、ヴァルとミニンとカーラが解体していく隣で、ケンとライムがゴブリンから魔石を取っておる。

 地面が多少残っておる血糊で汚れるんじゃが、地面を滑る様にしてプルンが吸収して綺麗にしていく。

 ベヤヤが用意した巨大なバケツにラッシュボアの臓物がドチャドチャと落ち、ヴァルとカーラが二人で脇にどけておる。

 その臓腑じゃが、ベヤヤが回収しておる。

 まぁ、内臓もちゃんと処理すれば美味しくなるんじゃが、ラッシュボアの内蔵と言うのは美味しいんじゃろうか?

 因みに彼等が使っておるのは、ワシが用意した短剣じゃ。

 業物、と呼べるような物では無く、そこそこ切れ味が良いという程度じゃ。

 それを使って毛皮を剥いでいくのじゃが、まぁ初めてじゃからミスも目立つのう。


「うへぇ、気持ち悪い……」


 ケンがそう言ってゴブリンの胸部から魔石を取り出したのじゃが、サイズは小粒。

 それをバケツの水で洗って机の上に置いたんじゃが、この魔石は小粒過ぎて使い道が無いのじゃ。

 数を集めて魔粉にしたり、魔法陣を書く際のインクに使ったりする程度じゃな。


「此処まで曲がる……凄い……」


 ライムがゴブリンの腕を掴んで動かしておるのじゃが、右腕を背中に回して指先が左肩に付いておる。

 コレは初めて見ると、確かに驚くじゃろうな。

 途中途中で交代しながら、全員で解体作業と調査をし、何とかラッシュボアの解体が終わったのじゃ。


「ガァ、ガウゥ……(まぁ、使えん事は無いか……)」


 そんな事を言いながら、ベヤヤがラッシュボアの半身のアバラと後ろ足の一本を回収して、早速調理してくれたのじゃ。

 アバラは一本ずつにバラし、それぞれタレを塗って持ち運び出来る簡易竈で炙り、モモ肉は1センチくらいの厚みに削いだ後、別のタレに漬け込み、フライパンで一気に焼き上げておる。

 その隣では、小さくて残っておったアバラに残っておるラッシュボアの肉を、クモ吉が糸を使ってこそぎ取っておるんじゃが、こそぎ取った肉は一塊にして小皿の上に置いておる。

 そして綺麗な骨を作っておるが、アレはその内ベヤヤが使うんじゃろうな。



 そうして完成した料理を、一心不乱に全員が搔っ込んでおる。

 アバラを炙った方は適度に脂が落ちておるのに、齧る度に肉の味とタレの味が口に広がり、焼かれた肉は厚みがあるのに、サクっと嚙み切れる。

 タレの味から生姜焼きに近いんじゃろうが、コレはもう店で出せる様な料理じゃろう。

 主食としてコワを炊いたご飯もあるんじゃが、もうね、組み合わせが最高なのじゃ!

 ただ唯一の心残りは、コレにみそ汁が欲しいんじゃが、まだ味噌は出来ておらんから、今回は口当たりがさっぱりとしたスープじゃ。

 ベヤヤがこっそりと調味料を作っておる中に、味噌に似ておる物があるから、完成が待ち遠しいのう。

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