第256話
冒険者ギルドで屋敷の片付けと言う募集を出したが、受けるランクに制限を設けた。
コレは簡単な依頼と言う事で、駆け出しや下位のランクで燻っている冒険者への救済措置なんだが、やってくるのは少年少女ばかり。
それも、武器や防具は最低限、中にはただの板切れに持ち手を付けた粗末な盾に、ボロボロの棍棒だけという奴もいた。
コレだと外に出て依頼を受けるのは、ただの自殺行為だ。
だが、可哀想だからと言って手助けするつもりは無い。
ここで手助けすればソレが噂になって、毎日人が押し寄せて来る事になる。
「さて、取り敢えず、依頼を受けているから知ってるだろうが、まずは屋敷内の物を庭に運び出してくれ」
『ゴースト』との戦闘の際、いくつもの家具や物は壊れているが、無事な物も多い。
そう言った無事な家具や道具で使えそうな物は、商業ギルドで引き取る事になってる。
中には固定されている物もあるが、そう言った物は後で外す予定だ。
依頼を受けた少年少女達が、屋敷の中からどんどん物を運び出していく。
重い物は少年達が、小物とかは少女達が運び出している。
それを見ながら、ギルドの職員が来た際に分かる様にリストを作っていく。
売り払う物は机や椅子、銀食器があるが、どれもが古くて流行遅れの為、安く買い叩かれるだろうが、別に金が欲しい訳じゃ無いから問題無い。
そうして纏めていると、太陽が頂上を超えた辺りで、いくつもの荷台を馬に引かせた職員がやって来て、庭に並べられた荷物を見て若干顔を引き攣らせている。
まぁソレなりに大きい屋敷の家具全部だからな。
リストを見つつ、職員が一つ一つ査定をしていくが、それなりに時間が掛かる。
少年少女達は運び終わって暇をしている訳では無く、運び終えたら部屋の掃除をさせている。
そして、全部買取に出したが、総額でも金貨2枚と凄まじく安い。
古い上にデザインも流行から外れていて、ある程度手直ししたとしても、格安で売る事になるから、ギルドとしてはこれ以上の値段だと赤字になるだろう。
別に金が欲しい訳じゃ無いから、その額で売り払い、依頼完了と言う事で少年少女達も帰って行った。
そして、ガランとした屋敷のエントランスで、これからの予定を考える。
まず必要なのは家具ではなく、防具や治療する為の道具類。
家具は最低限、ベッドとか机、椅子がいくつかあれば良いだろう。
どうせ、訓練する為の場所として購入し、此処に他人を招いたり生活する訳じゃ無いから、調度品を揃える必要は無い。
そして、シャナルで既にいくつか家具を購入し、
取り敢えず、適当な部屋にベッドを出して横になる。
あぁ、そういや、俺の事を嗅ぎ回ってる奴等がいるから、それ対策もしなけりゃいけねぇか。
そう考えつつ、その日はそのまま眠りについた。
次の日、学園に行って進藤達を連れて屋敷に戻り、早速、訓練を開始する。
「さて、まず『
学園の図書室で、
その『職業』は『狂言師』と言うモノなのだが、日常的から本当の事を喋れなくなってしまう代わりに、魔術の威力や発動速度が異常に強化されるという『職業』だ。
日常生活にまで支障が出る為、どうにかしようと研究された結果、力だけを使う事が出来る様になった訳だ。
それが、自身の中に『もう一人の人格』を作り、その人格に『職業』のデメリットを担当してもらうという事なのだが、この方法をそのまま使う事は出来ない。
所謂、二重人格や多重人格という物だが、『狂戦士』の場合、デメリット部分が危険過ぎて下手をすると、『狂戦士』の人格に乗っ取られる可能性がある。
なので、コレからやるのは、俺が思い付いた方法になるのだが、当然、危険も伴う。
別室でノエルにスーの準備をして貰いながら、俺と進藤は、エントランスの中央に一枚の絨毯を敷いている。
「それで、どうするんだ?」
「『狂戦士』だが、発動すると周囲全てを敵として、全力を超えた力を発揮して暴れ回る。 その際、意識が飛ぶ訳だが、発動しても意識を保てれば良いって事になる。 その為の訓練をするんだが、かなり難しい」
具体的な話はノエル達が来たらだが……
そうしてこっちの準備が終わった頃、ノエル達が部屋から出て来た。
ノエルはいつもの格好だが、スーは動きやすそうな服装に、両手両足に拘束具の様な鉄輪を付け、首にも黒い鉄輪の様なチョーカーを付けている。
そして、コレからやる事を説明する。
「スーがやるのは、この絨毯の上で座禅を組み、自身の中にいる『狂戦士』の自分との対話だ。 最初の内は一人で潜るのは難しいだろうし、恐らく難航する」
「聞く限り、危険は無い様に思えるのですが?」
ノエルの言葉に頭を横に振った。
確かに、話を聞くだけなら安全そうだろうが、このやり方には一つだけ落とし穴がある。
「このやり方は、下手をすると潜った状態で戻って来れず、『職業』に人格を完全に乗っ取られる危険性がある。 勿論、それの対策もしたのがそのチョーカーだ」
言われたスーが自分の首にあるチョーカーに触れる。
見た目は普通の鉄輪だが、精神内に潜った後、戻る為の目印となる。
慣れないうちはコレを使わないと、自分の精神世界で迷子になり意識不明になるだけじゃなく、『狂戦士』の場合、意識を失った事で自身を守る為に暴れ回る危険性がある。
そうなった場合にも備えて、両手足にも拘束する為の鉄輪を付けている。
この鉄輪も魔道具であり、発動させると重力操作で一気に重量が増加し、動きを止める事が出来る。
その間に、俺が干渉して引き戻す。
本当は意識を飛ばす魔道具を予定していたが、意識が飛ぶと『狂戦士』が出てくる可能性がある事に気が付き、用意した魔道具を変更して調整した。
アイツはコレを予想してた様で、代わりの魔道具を作ってあった。
「取り敢えず、まずは座禅を組み、大きく呼吸をしながら目を閉じて精神を集中し、自分と言う水の中に潜るという感じを強く持て」
スーが絨毯の中央で座禅を組み、目を閉じて深呼吸をしながら集中し始めたのを感じると、その正面に座って同じ様に目を閉じ、スーの意識に干渉して、ゆっくりと精神世界に案内する様に誘導する。
この誘導する感覚を覚えてしまえば、一人でも出来る様になるが、相手は『狂戦士』だ。
一人でやるにはリスクが大き過ぎるから、一人でやる事は絶対にさせるつもりは無い。
そして、スーの意識が精神世界に入ったのを感じ取る。
「精神世界では意識をしっかりと持て、今いる場所をしっかりと意識しておけ、そこが帰る場所になる」
さて、後はスーが『狂戦士』と出会えれば……
そんな事を思っていたら、スーの身体がビクンと跳ねた。
瞬間、俺が反応するのと、スーが飛び掛かって来るのはほぼ同時だった。
「師匠!」
ノエルが慌てて反応したが、少し遅かったな。
飛び掛かって来たスーは、両手足の魔道具によって絨毯の上で倒れた状態で藻掻いている。
その眼は見開いているが、瞳孔は開き切り、ギリギリと歯を食いしばっている。
やはり、一筋縄ではいかなかったか……
俺がスーの背後に回って後頭部を掴むと、
そして、一気に干渉し、精神世界の中で漂っているスーの意識を引き上げる。
その際、精神世界を少し見る事が出来るのだが、スーの精神世界はグチャグチャに荒れまくっており、とてもじゃないが正常な状態とは言えない。
「ハァッ……ハァッ……ハァッ……」
精神世界から戻ったスーは、荒い息遣いで胸の辺りを押さえている。
短時間だったとはいえ、『狂戦士』が無理に動いた事で、身体は短距離走を何度も走らされた様な状態だから、肉体的にも消耗しているんだろうが、精神的にも疲労している。
この訓練は一日一回、俺がいる時にのみやる事にしたが、俺が気になったのは、スーの精神世界の事だ。
普通、精神世界と言うのは個人個人で違うが、基本的には家や森と言った自身に関わりのあった場所に影響を受けて、ある程度は統一性を持って構築される。
それなのに、スーの精神世界は荒れまくって統一性が無い。
コレが『狂戦士』の影響による物なのか、それとも何かしらのトラウマによる物なのか、一度、スーの家族に話を聞いた方が良さそうだな。
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