第245話
目の前にあるのは、巨木にぽっかりと空いたうろの様な迷宮の入り口。
『地底の小部屋』と言う名の迷宮だが、冒険者が付けた名は『地底のゴミ捨て場』。
出て来る魔獣の種類はそれなりに多いが、どれも本来の強さと比べると格段も見劣りする。
そんな所にやって来たのはとある目的の為だが、その前に色々と下準備をしなけりゃならない。
「さて、迷宮に入る前に確認だが、今回の目的は『スー』の
先程、アイツから預かった鞄からポーションを取り出し、スーに渡す。
出て来る魔獣が見劣りすると言えども、迷宮に挑む以上、今までの怪我も治療して万全な状態で挑みたい。
アイツが用意した物だから、効果は折り紙付きだ。
「……大丈夫なんでしょうか……」
受け取ったスーがそんな事を言っているが、依頼された以上、封印する以外の手段を探す。
その為にも、まずは発動条件だけでも知っておかねばならない。
一応、事前に調べてはみたのだが、確認された『狂戦士』の発動条件はかなり幅が広く、コケただけで発動した事もあったと思えば、戦場で致命傷を受けたら発動したりと参考にならない。
ただ、事前に話を聞いた限りでは、発動条件に予想が出来るのだが、確定では無いからな。
「今回相手をするのは雑魚ばかりな上に、此処で出て来るのは、実力が全て見劣りする魔獣だからな、余程の事が無い限り問題は起きようが無い」
「師匠の場合、何が出て来ても問題無いと思うのですが……」
ノエルがそんな事を言っているが、俺にだって出て来て欲しくない相手くらいはいるぞ。
特に強くも無いのに雑魚ばかりを延々と召還したり、特定の奴を倒さなければ延々と増殖し続ける相手とかな。
面倒臭いったらありゃしねぇ。
そんな事をしていたら、スーが渡したポーションを飲み干しパァッと光る。
スーが困惑した様子でオロオロしているが、別に問題が起きた訳じゃない。
「よし回復したな、もう包帯を外しても大丈夫だぞ」
「ぇ、こんな簡単に!?」
「アイツが特別に作ったヤツだからな、細かい所は気にするな」
スーが包帯を外すと、そこには傷跡も無い真っ新な肌。
それを見たノエルが息を呑んでいるのが見える。
此処に来る前、事前の顔合わせをした際にスーの巻いている包帯をノエルが交換していたので、どの程度の怪我をしていたのかは聞いていた。
その怪我の大半は、『狂戦士』のスキルである『
『狂暴化』は人体が耐えられる力を遥かに超えた力を発揮する為、皮膚が裂けるのは当然として、筋断裂や骨折なども起こす。
スーの場合は筋断裂や骨折が起きる前に、教師陣に取り押さえられていた為、裂傷が殆どだったが、ほぼ全身に生々しい傷跡が残っていたらしい。
それが全部綺麗さっぱり無くなったのだから、驚くのも無理は無いだろうが、アイツが作ったヤツだからな。
昔の傷も含めて、全部治せる様にしてあったんだろう。
ただ、流石に時間が経過し過ぎた左目は、このポーションじゃ治せなかった様だな。
……まぁアイツならそれも治せる様なポーションも作れるだろうが、絶対に他人の前で使う訳にはいかねぇな。
「さて、それじゃ……」
「む、そこにいるのはレイヴンか?」
入ろうとしたら、その迷宮の中から出て来たのは、少し前に王都にやって来たというロベリア達のチームだった。
何でも仲間を探しに王都に来ていて、ギルドで話を聞いて俺を加入させたいようだが、俺からはお断りしている。
それでも事あるごとに偶然を装って、こうやって来るのだ。
「またお前達か……何の用だ?」
「またとは失礼だな、私達も此処に訓練に来ていただけなのだが……」
ロベリアがそんな事を言っているが嘘だな。
訓練の為に、態々弱い相手と戦う必要が無い。
確かに、弱い相手なら事故が起こる事は無いだろうが、弱体化している個体は普通の個体と比べて動きも遅く、力も弱いから訓練には圧倒的に不向きなのだ。
俺達の様に検証したり、連携を確認するとかならそれでも問題は無いのだろうが、ロベリア達の使っている武具は一級品、そしてチームを組んで長い筈だ。
今更、武具の検証や連携の確認をする必要も無く、態々この迷宮に来る理由が無い。
となれば、考えられる事は一つ。
俺を待ち伏せしていたと言う事だろう。
仲間の誰かが耳が良いか、聴覚を強化するスキルを持っていて、俺達の話を聞いていたんだろう。
恐らく、アイツに会う為に学園に行った時、俺を尾行していた奴等がそうなんだろう。
「なら問題は無いな、俺達は俺達でやる事があるんでな」
「……あぁ、そちらも気を付けてな」
ロベリア達を警戒しつつ、俺達は『地底の小部屋』に入る。
うろの中には地下へと降りる階段が続いており、降りていくと、左右に無数の扉が続く長い通路が現れた。
ギルドの調査では、この通路はかなりの長さがあり、扉の数は100を超える。
だが、先程も言ったが得られる物があまりにも少ない為に、冒険者も殆ど来ない。
だから、扉は閉まっているが、ほぼ全て空き部屋と言う状態だ。
「………師匠、彼女達は?」
ノエルが此処まで無言で付いて来たのだが、階段を降り切って背後を確認し、そんな事を聞いて来た。
まぁ言うのは簡単だが、目的が分からんからなぁ……
「なんでも、最近王都に来た連中らしいが、どうにも俺を加入させたいらしくてな」
「大丈夫なんですか?」
「問題は無い。 それに今は依頼中だから途中で放り出す事は出来んし、この依頼がどのくらい長引くか分からんしな」
そう言いながら、スーの姿をもう一度確認する。
赤毛を肩辺りで切り揃え、来ている服は7分丈のシャツにズボン、身体の急所を守るだけの革鎧。
兜は無いが、その代わりに頭部を保護する為の魔道具の耳飾りを付けている。
そして、腰には鞘に収まった長剣。
飾り気も無く、別段特徴の無い剣だが、多少雑な扱いをしても大丈夫な様に作られているらしいのだが、聞いた話では、既に数本駄目にしているという。
なお、そのスーのフルネームは、『スー=エル=ガーウィグ』。
ガーウィグ子爵家の長女で、兄が二人いるらしいが、両親も含めて溺愛されているらしく、彼女が身に着けている装備一式は、その家族からの提供物。
具体的には、父親からは服、母親からは魔道具、長男の兄からは剣、次男の兄からは防具。
職業が『狂戦士』である為に、家族からも恐れられていると思ったが、かなり溺愛されているんだな。
……これ、クレスの依頼って事で引き受けたが、勝手にやってるのは不味いんじゃねぇか?
一度、ガーウィグ領に行って話をした方が良いかもしれんが、今は取り敢えず、目的を果たすとしよう。
「さて、それじゃ早速始めるが……まずは目当ての部屋に当たらんと話にならんからな……」
そう言いつつ、部屋の扉を開ける。
そこは、宿とかの部屋っぽい広さで、中央に一体だけ何かが立っていた。
確認し、溜息交じりに腰に差してあった短剣を引き抜いて一瞬で投擲。
その影に短剣が頭部に突き刺さってバタリと倒れる。
「
部屋に入って短剣を回収し、ゴブリンの姿を確認すると、光の粒子になって消えていくが、その場に残ったのは、小指の爪程の長さしかない牙が1本。
普通ならゴブリンは魔法も使う為に、小さくても魔石を残したりするのに、此処のゴブリンを倒しても、残るのは使い道の無い小さな牙1本じゃ、冒険者から『ゴミ捨て場』なんて呼ばれる理由は分かるな。
牙は回収せずに外に出てから扉を閉め、少し待ってから同じ扉を開けると、今度は体育館程の大きさの部屋になっていた。
そのまま外から気配を探るが、かなり離れた所に気配があるんだが、その気配はかなり小さい。
今回もハズレか……
「……気配が小さい……多分、マッドラットか何かだな……」
先程と同じ様に短剣を投擲すると、遠くの方で光の粒子が昇るのを見てから扉を閉める。
こんな広い部屋に入ってまで、態々小型魔獣を確認して仕留めるのは非効率だからこの手に限る。
それから同じ様に扉を開けて中を確認し、ハズレでも倒しながら次々と扉の中を確認していく。
そうして十数回、扉を開けて閉めるを繰り返した結果、遂に目的の部屋を引き当てる事が出来た。
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