第228話




「うわぁぁっ!? 離せっ! 何しやがる!?」


 背後から襲い掛かられた生徒は、右足をブラックウルフに噛み付かれ、そのパワーで振り回されておる。

 ダメージそのものは『身代わり人形』が引き受けておるから、重症にはなっておらぬが、生徒を振り回しておるから、周囲は救助の為の攻撃が出来ぬ。

 『身代わり人形』があるから攻撃しても良いじゃんって思うじゃろうが、その『身代わり人形』が問題となっておる。

 もし、『身代わり人形』があるから大丈夫だろと攻撃して、『身代わり人形』の許容量を超えてしもうたら、その瞬間、大惨事確定じゃ。

 バーラード学年主任殿も、それの可能性に気が付いて、短杖を構えてはおるが手出しが出来ておらぬ。

 ノエルが駆け出すが、ブラックウルフが気が付いて噛み付いた生徒を振り回して、足が止まってしまっておる。

 いやまぁ、外道とも思われるじゃろうが、ワシは向こうの生徒がどうなろうとも、別にどうでも良いんじゃよ?

 バーラード学年主任殿の生徒なのじゃから、向こうが対処すべき事じゃし、その結果起きた事に対しての責任を取るのもバーラード学年主任殿じゃろう。

 じゃから、ノエルよその「どうしますか?」って視線を向けるでない。


「……仕方無いのう……」


 まぁ此処であの生徒を見捨てて大怪我でもさせたら、バーラード学年主任殿がまた何か言って責任転嫁して来そうじゃし。

 しかし、生徒を咥えられたあの状態では、ワシも迂闊に手出しが出来ん。

 まずは、あの生徒を救助する事が先決じゃな。

 と言っても、魔法とか魔道具を使うまでもない。

 確か鞄の中に~と……あったあった。

 肩掛け鞄の中から取り出したのは、何の変哲も無いただの白い毛玉。

 大きさ的にはテニスボールくらいじゃのう。


「ほいっとの」


 それをブラックウルフ、の手前辺りに放り投げる。 

 毛玉がぽてんと落ちると、ブラックウルフがその毛玉に気が付く。

 瞬間、ブラックウルフが生徒をバーラード学年主任殿の方にぶん投げ、一目散に校庭の出入り口の方へと走っていきおった。

 まぁ予想出来るじゃろうが、あの毛玉はベヤヤの毛を手入れした時に出た毛を、「その内使い道があるじゃろ」と集めて毛玉にしておった物じゃ。

 当然、ブラックウルフは遥か格上の存在であるベヤヤを恐れる。

 その結果、毛玉であってもブラックウルフにとっては、畏怖する存在が近くにいるのではないか?と誤解する。


「くっ早いっ!」


 ノエルが追い掛けようと駆け出しておるが、まぁ逃げに徹したブラックウルフの逃げ足は相当な物じゃのう。

 ま、問題無いじゃろう。

 何せ、その先には……


「話だと此処にいるって事だが……」


 そんな事を言いながら、不用意に入って来た青年に対し、ブラックウルフが噛み殺そうと飛び掛かろうとした。


「あ゛?」


「!? キャィンキャィン!?」


 その一言でブラックウルフが急停止し、若干情けない声を上げながら股の間に尻尾を挟んでプルプル震え、両腕を組んで若干不機嫌そうな表情の青年の前におる。

 たった一言で戦意喪失させるというのは流石じゃのう。


「師匠! どうして此処に?」


「あぁ、ちょっとあってな、で、コレは何だ? 魔獣相手の実習でもしてたのか?」


 ノエルが追い付いて尋ねると、兄上からはそんな返答があったのじゃ。

 その視線の先は、吹っ飛ばされて大騒ぎになっておる相手の生徒達の姿がある。

 しかし、何かあったのであれば、学園に到着した時に念話で知らせて来るじゃろうと思ったんじゃが、何かあったんかのう?


「いえ、実習では無く、ちょっとした問題でした。 それより流石ですね、あのブラックウルフがこうもあっさり……」


「早く檻を持って来な! チンタラしてるんじゃないよ!」


「ニカサ様、余り興奮なさっては……」


 ニカサ殿が、他の教師達に怒鳴って指示を出し、カチュア殿がそれを宥め様としておるが、本来指示を出すはずのバーラード学年主任殿はどうしたんじゃと思ったら、ぶん投げられた生徒が直撃したのか、倒れて他の生徒達に介抱されておる。

 いや、避けるか何か出来んかったのか……


「ん? おや、ソイツを止めてくれたのはアンタだったのかい」


 ニカサ殿が兄上に気が付いて、杖を突きながらこっちにやってくる。

 その後ろでは、複数人の教師達が、巨大な檻に繋がった棒を担いで運んでおるが、その様子は江戸時代とかで移動する際に使用されておった駕籠かごみたいじゃのう。

 まぁアレと違って、4人で担いでおるが。

 そして、ブラックウルフの近くに来ると、おっかなびっくりと言う感じで檻を下ろし、扉を開けておるが、この後はどうするんじゃ?

 そう思っておったら、別の教師達がみたいな棒を持って来て、それでどうにかブラックウルフを檻の中に入れようとしておるが、さすまたを近付けるとブラックウルフが威嚇する様に唸り声を上げ、それにビビって教師共が後退りして、という事を繰り返しておる。

 いつ終わるんじゃろうか、と思って見ておったんじゃが、ニカサ殿が大きく溜息を吐いて兄上の方を見ておる。


「ハァァ……こうも情けないとはねぇ………頼めるかい?」


「……面倒なんだが?」


「後でお高い茶菓子の一つでもくれてやるよ」


「……ったく……おい、


「ヒャィン!」


 ニカサ殿の御願いで、兄上がブラックウルフに指示を出すと、ブラックウルフが一鳴きして檻の中へと跳び込んでいった。

 そして、兄上が扉を閉めて鍵を掛けると、それを担いで教師達が運んでいったのじゃ。

 この後、あのブラックウルフは学園で管理される事になるのじゃが……

 いくらテイムを解除したからと言って、いきなり人を襲うと言うのは考えられぬ。

 余程長い間虐げられていたとかならともかく、あのブラックウルフの戦い方を見るに、あの生徒はブラックウルフを手に入れてからそう時間は経っておらぬのじゃろう。

 あの生徒の実力では、ブラックウルフと直接戦闘してテイムしたとは考えにくい。

 ともなれば、あのブラックウルフを手に入れる手段は少ない。

 他人から譲渡されたか、何処かの商人から購入したか。

 どちらにしても、碌でも無い相手じゃろうから、ちゃんと調査せねばならんじゃろう。

 そこら辺の事は、ニカサ殿経由で学園長に報告して貰って、ワシは兄上の話を聞かねばならん。




「で、急にやって来たのはどういう訳なのじゃ? ワシ相手なら学園の近くであれば『念話』で通じたじゃろ?」


「……取り敢えず、宿も家も借りてないと思ったら、こんな所にいるとはな……」


 兄上がそんな事を言っておるが、今おるのは『錬金科』の使っておらぬ倉庫の一つ。

 ワシはギラン殿の許可を得て、その倉庫にちょっと手を加えて、生活出来る様にしただけじゃ。


「コレの何処が『ちょっと』なんだ?」


 壁には魔道具で冷蔵庫と調理場を作って、仕切りの所に風呂場を作り、ロフトベッドと作業場があるくらいじゃろ?

 他には、実験もして空気が澱むと大変じゃから、空気清浄機能を付けたエアコンとか、外から中が見えぬ様に偽の映像を窓には映しておったり、中の音を拾えぬ様にこの部屋を包む様に断絶結界機能を付けておいたり……

 あぁ、定期的に童女神シャナリー殿に食べ物とかを渡す為に、姿見もちゃんと置いてあるけども、その程度じゃよ?


「……まぁ今更か……取り敢えず、ここでの会話や念話は外には絶対に漏れないんだな?」


「兄上が何を警戒しておるかは分からぬが……少なくとも現時点でワシが考え得る限り、これを突破するのは無理じゃと思うが……」


 本当に何を警戒しておるんじゃろう?

 そう思っておったら、兄上が椅子の一つに腰掛けたので、ワシも向かい合う様に反対側の椅子に腰掛ける。


「まず、俺は此処に来る前に『ガチャ迷宮』に行っていたんだが、確定だ。には地球人が関わっている」


 兄上の言う『ガチャ迷宮』と言うのは、此処王都の近くに出来たという謎の迷宮で、部屋にある壁の穴に硬貨を入れると、その部屋にスライムが湧いて倒すと、その硬貨の金額に応じてレアなアイテムが手に入ったりする可能性があるという、何ともアレな迷宮じゃ。

 そして、ワシ達はそのやり口から、恐らく地球からの転移者が関わっておるんじゃなかろうかと予想をしておったのじゃが、直接的な被害が無い事から半ば放置しておったのじゃ。

 で、兄上は王都での依頼を受けておる合間に暇が出来たので、様子見も兼ねて行ってみたらしい。

 

「ふむ、確定、と言うけども、そう確信が得られる物が見付かったのじゃ?」


「……こんなん異世界にあってたまるかってのがな」


 兄上が収納袋からをズルリと取り出すと、机の上にゴトンと鈍い音を立てて置いたのじゃ。

 平たく黒い本体に筒状のパーツ、その先端部にはタバコの箱程度の大きさのV型の箱の様な物。

 うむ、確かにが異世界にある筈は無いのう。


「バレットM82A1」


 それは地球では『対物ライフル』と呼ばれる、大口径の狙撃銃じゃ。

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