第173話




 ワシは久方ぶりにベヤヤを連れて、森の中を歩いておる。

 この森は『シャナル』の近くにあるのじゃが、エルフや住民は一切近寄っておらぬ。

 その理由を村長に聞いたのじゃが、何でも森に入った住民は軒並み酷い目にあって、今では誰も入らなくなっておるらしい。

 酷い目と言っても、別に命の危険がある訳では無く、入った住民が採取をしていると、頭の上から害虫が降ってきたり、置いた道具が無くなっていたり、採取した物によく似た別の物にすり替わっておるというものらしい。

 ここだけ聞くと子供のイタズラに聞こえるのじゃが、話では近くに子供はおらぬし、そもそも、子供が森に入る事は禁止しておる。

 原因を突き止めようとした事もあったらしいのじゃが、そう言う時に限って何も起こらぬ。

 そして、この森に入る理由じゃが、単純に食糧になる木の実やキノコ類以外にも、結構珍しい薬草の類が多いのじゃ。

 なので、ワシが採取ついでに調査に来た訳じゃ。


「しっかし、何もおらんのう」


 思わず呟いてしまうが、コレは若干不自然なのじゃ。

 森と言えば、大抵はパイクラビットやネズミの様な魔獣が多く生息し、ある程度奥に入れば、引っ切り無しと言っていい程に襲い掛かってくるのじゃ。

 まぁベヤヤがおるから、と言う理由もあるんじゃろうが、それでも一匹も見掛けぬのはちょっと可笑しいのう。

 ベヤヤも退屈なのか、欠伸しながら倒木に生えておったキノコを採取しておる。

 適当に採取しておる様に見えて、ちゃんと毒キノコは弾いておるのは流石じゃのう。


「さて、ワシも採取しなければ……」


 原因調査もするが、薬草はあっても困らぬし、小屋の畑に移植しても良いしのう。

 ちょっと木陰の所に生えておる小さい薬草を発見!


「ふむ、品質も中々じゃのう」


 土と一緒に根っこもちゃんと採取し、手製の小さい麻袋で根っこ部分を保護して移植に備えておく。

 種があればそっちを採取するんじゃが、残念な事に時期ではない。


___________________________


 名前:ムーングラス

 品質:高品質

 状態:栄養満点

___________________________



 このムーングラスじゃが、通常の薬草と一緒に使用すると、その効能を引き上げてくれるのじゃ。

 その上がり幅は品質に影響され、品質が高ければ高い程、上昇量も多くなるのじゃが、その事もあって採取され尽くされて、今では滅多に見付からぬ。

 もしも、栽培が成功すればかなり便利になるじゃろう。


 と考えておったのじゃが、ワシの人差し指がクイックイッと引っ張られる感覚があったのじゃ。

 それを受けて、ワシが傍らを見ると、そこに置いておったムーングラスが、ただの雑草にすり替わっておる。

 ふむ、やはりワシでも察知出来ぬか。


「ま、人間相手ならそれでも通用するんじゃろうが、今回は相手が悪かったのう」


 そう言いながら、ワシは手に巻き付けてあったを一気に引いたのじゃ。

 この糸は、ワシのとんがり帽子の中に隠れておるクモ吉が出した特別頑丈な糸じゃ。

 まだ試してはおらぬが、オーク程度なら拘束出来るんじゃなかろうか、と言うくらいに頑丈なのじゃ。


『キャァァァァァァァッ!?』


 そんな悲鳴と共に、遠くからムーングラスが飛んできたのじゃ。

 ワシはムーングラスを空中でキャッチし、それと同時に帽子の中からクモ吉が飛び出して、何かを空中で捕まえたのか、空中でプカリと浮かんでおる。

 そのまま、そのを糸でグルグル巻きにし始め、拳くらいの大きなの糸玉が出来上がると、そのままポトリと地面に落っこちたのじゃ。

 耳をすませば、『モガーッ!?』とか『キィーッ!』とか聞こえて来るんじゃが、どうやら、人間の感覚は誤魔化せても、ベヤヤやクモ吉の様に特に感覚が強い相手には通用せぬようじゃな。


「さて、この世界の『妖精フェアリー』種は交渉とか出来るんじゃろうか?」


 糸玉を拾い上げ、クモ吉の頭を指でコシコシと撫でながら、糸玉をベヤヤに手渡す。

 そして、糸玉を解すと小さい少女の顔が現れた。

 見た目は少女じゃが、妖精と言うのは特殊な妖精魔法と呼ばれる魔法を使う為、侮れぬ。

 ワシの察知も掻い潜ったのも、この妖精魔法が原因なのじゃ。

 で、ワシが危惧しておるのは、妖精と言うのは大体2種類おり、イラズラをするが他種族と交渉出来て共存出来る種と、他種族に対してイタズラをするだけの害虫と呼ぶしかない種がおるのじゃ。

 もしも、この妖精が害虫種ならば駆逐しなければならぬ。

 害虫種の場合、今は平気じゃが将来的に『シャナル』の住民に対して『チェンジリング』をする可能性が高いのじゃ。

 それ以外にも、イタズラがエスカレートしていって、人を殺害する様な事態になる可能性も否定出来ぬ。

 今は頭上から害虫を落とすだけじゃが、それがエスカレートし毒虫や毒草なんかを落とされたら致命的なのじゃ。

 さて、この妖精はどっちじゃろ?


「さてさて、ワシ等は此処で薬草の採取しとるだけなんじゃが、何か用うかの?」


『此処はあたし達妖精族の森! 此処にあるのは全部あたし達のモノなの! 勝手に獲ったら駄目なの!』


 糸玉になった妖精がそんな事を言っておるが、この様子なら交渉出来るタイプかの。

 それなら、駆除する必要性は無いんじゃが大丈夫かのう。


「そうは言っても、別に名前を付けとる訳でもなかろう? それで所有権を主張しても無意味じゃと思うんじゃが……」


『ヒト族は勝手に入って来て全部根こそぎ持っていくの! 絶対駄目なの!』


「まぁ、そう言う者が多い事は事実じゃが、ワシ等はそんな事はせんよ。 それに、妖精がおるならむやみやたらに採取はせぬ様に通告も出来るし、何なら保護区として上に掛け合っても良いのじゃが……」


 交渉出来る妖精であるならミアン殿に言って、妖精が住む森として特別保護区としても良いしの。

 妖精種にしか作れぬ素材もあるし、末永く共生したいしのう。


『もう此処しかあたし達が暮らせる森は無いの……』


 この妖精が言うには、本来は色々な場所に妖精は住んでおったが、クリファレスやヴェルシュでは開発が進んでどんどん森が無くなり、此処以外の妖精は壊滅し、何とか此処まで森や林を経由して逃げて来て隠れ住んでおるらしい。

 取り敢えず、ミアン殿に報告して交渉するつもりじゃが、どの程度妖精が住んでおるのか分からん。

 その為には、この妖精だけでも懐柔して情報を手に入れねば……


「グァ?(どうすんだ?)」


「うーむ、別に敵対する訳では無いから、狩り尽くすなんて事はせんけど、妖精は貴重じゃからのう」


 ベヤヤが糸玉を見下ろしながら聞いてくるのじゃが、個人的には保護すべきじゃろうと思っておる。

 問題は妖精を保護するにあたり、妖精を狙っておる馬鹿共をどうするか、と言う事じゃ。

 何故に妖精が直接狙われるかと言えば、妖精の羽根から採取出来る『妖精の鱗粉』と言う特殊素材が原因じゃ。

 古い書物の中に『寿命を延ばす方法』として、その『妖精の鱗粉』を使った特殊なポーションの記述があり、時の権力者が『不老不死』を願って乱獲しておった時期があるのじゃ。

 ただし、現在はそのポーションの製造方法は完全な間違いであり、『妖精の鱗粉』を使ったとしても寿命は延びぬ、と判明しておるのじゃが、それでも不完全な情報だけが残って手に入れようとする馬鹿がおる。


「取り敢えず、お主にはこのままミアン殿……まぁこの地一帯を任されておる偉い人と話し合って貰う事になるのう。 もしも駄目だったとしても、ワシが住んでおる山に移住すれば保護はしてやるからの」


 そうして、ワシは糸玉片手に『シャナル』へと戻り、ミアン殿に大至急会談を申し込む事になったのじゃ。

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