第131話




 バーンガイア国とヴェルシュ帝国の境目にある小さな町。

 そこのさらに外れ、ボロボロの小屋の前に二人の男が立っていた。


「……本当に此処なのか?」


「住民の話だと、確かに此処なんだが……これは本当に人が住んでるのか?」


「……確かめてみるしかあるまい」


 そう言いながら、ボロボロの扉を軽くノックする。

 叩いただけで、扉の表面からパラパラと木屑が落ちて行く。

 しばらく待つが、返事は無い。

 もう少し強めに叩きたいが、これ以上強く叩くと扉が壊れそうだ。


「参ったな……どうする?」


「どうすると聞かれてもなぁ……ドミニクさんいないんですか!?」


 困った末に、一人が声を掛けてみると、中でゴソゴソと何かが動くような音が聞こえて来た。

 どうやら、家主は寝ていたようだ。


「……誰だよ、こんな朝っぱらから……」


 そんな事を言いながら扉を開けたのは、小さい丸眼鏡を付けた、くすんだ金髪に無精髭を生やした男だった。


「君がドミニクだな? それと、もう昼だ」


「んな事は分かってるよ、ただ。場を和ませようとしただけだっての」


 ドミニクと呼ばれた男が、眩しそうに眼を細めながらそんな事を言っている。

 そして、我等の姿を見て、顔を顰めた。


「……金ならねぇぞ?」


「我等は借金取りでは無い、君に話を聞く為に苦労して此処までやって来たのだ」


「……態々貴族様の使いが、俺みたいなのを探すってのはどういう理由何で?」


 その言葉に我等は顔を見合わせる。

 此処に来るまで一度も、我等は誰にも身分を明かしていないのに、彼は我々が貴族の使いと見抜いた。

 それこそ、我等の格好も冒険者の装いをしているのに、どうして見抜けたのか……


「……不思議に思ってるだろうが、見た目を冒険者にしたって、そんな小綺麗な格好した冒険者なんている訳ねぇだろ」


「小綺麗だと?」


「あぁ、付けてる革鎧は汗染みもねぇ、下の服にも汚れが殆どねぇ、極め付けは剣だ、柄に付いてるのはあの『龍殺しルーデンス』の紋章、つまり、お前らは貴族の使いか黒鋼隊って事だ」


 どんなに気を付けても、汚れは回避出来ない。

 ここに来るまでに、ある程度ははしたが、それでも足りなかったらしい。

 我々の素性はバレてしまったが、それでも此方も仕事をしなければならない。


「取り敢えず、我々の素性は分かっているようだが、先ほど言った通り、いくつか確認したい事があってな」


「……俺の事を調べてるなら知ってるだろうが、俺がなのを知ってて言ってるんだよな?」


「知っている。 その原因がその足と言う事も含めて、な」


 そう言うと、彼が右足を引き摺った。

 彼の事を調べていたら、彼の右足は膝から下が義足らしく、その原因と言うのが、彼がまだ冒険者として活動していた時に、とある貴族の子息に迷宮探索の護衛として雇われた際、彼の忠告を無視した子息が魔獣を刺激して大怪我を負い、別の護衛により囮として足を切られた。

 何とか生存して地上に戻ると、彼のミスとして報告されており、碌な治療も受けられず、脚を失う事になった上に、その貴族からとんでもない額の賠償金を請求されてしまった。

 貯金を崩し、持っていた装備もギルドで売りに出して、何とか賠償金を払い終えた頃、実は子息の傷は大した事は無く、最初から彼が持っていた装備の一つを手に入れる事が目的だった事が分かったのだ。

 だが、彼自身がその装備を売らずに取っておいた事で、それを知った貴族が憤慨していたらしい。

 それを知った彼は当然の如く怒り狂ったが、相手は貴族であり、高ランクではあったが平民の冒険者では揉み消されて終わりだ。

 その後、その貴族はあの手この手で彼から奪おうとしたが、彼が国から逃走した事で結局は奪う事が出来なかった。

 そうして、彼は貴族によってあらゆる物を奪われた事で、大の貴族嫌いとなっていた。


「その上で、聞かねばならんのでな」


「あぁそうかい、知ってて聞くんならどうぞ?」


 そうして彼に質問をしようとした瞬間、我等の背後から複数人の人の気配を感じ取り振り返った。

 そこにいたのは、明らかに一般人と呼ぶには無理がある男達だった。

 それを証明するように、彼の方から『ゲッ』という声が漏れていた。


「ドミニクよ、好い加減、借金返してくれねぇか? こっちだって慈善事業って訳じゃねぇんだぞ?」


 顔に傷がある男がそんな事を言うが、この男の話通り、彼には借金がある。

 と言っても、実はここにいる借金取りは、全員ちゃんと正式に認められている所の金貸し業者達。

 悪質な所の金貸しは、まだ利用していないらしい。

 このままだと、そっち方面からも借金しそうだ……


「すまないが、彼の借金と言うのは……」


「コイツ、こんな性格だから仕事が長続きせず、そのせいで方々から借りまくってて借金塗れなんでさ」


「まぁ、町じゃコイツの世話になってる奴等もいるんで、俺等も言いたかないんだけどな、流石にそろそろ返して貰わねぇと困るんだよ」


 彼は偶に町の方で仕事をしたり、町の困り事を解決している事で、それなりに信頼は得ているが、その性格と義足で長続きせず、生活する為に止む無く借金している状態らしい。

 彼自身もソレは気にはなってはいたようで、最近では錬金術で新薬を作ろうと考えて、借金して薬草を集めていたらしい。

 結果は思わしくは無いようだが……


「取り敢えず、我等が聞きたい事があるので、少しだけ待って貰えるか?」


 借金取り達には悪いが、此方が先だったので、流石に先に話を聞かせて貰いたい。

 そして、家の中に入ってみるが、本当に必要最低限の生活家具しか置かれていない。

 ゴッゴッと義足の足音が響き、彼が椅子にどっかりと座る。


「わりぃな、椅子は俺一人分しかねぇんだわ」


「構わんさ、さて、我々が聞きたいのは、かなり昔の事だが……とある貴族から、その子息の家庭教師を引き受けたと思うんだが、その内容を確認したいのだ」


「……なんて貴族だ?」


 彼がこめかみの辺りをトントンと指で叩いている。

 アレで思い出しているのだろうか?

 隣にいる同僚に貴族名を話すべきかアイコンタクトを取ると、頷いている。


「シュトゥーリア家だ」


「……あぁ、あの訳の分からねぇ仕事の依頼してきた貴族か」


 確認は取れたが、契約内容については守秘義務がある為、話す事は出来ない、と言われてしまった。

 当然だな。

 貴族嫌いだとしても、流石に仕事はキッチリしている。


「話して貰いたきゃ、関係者が居なけりゃ出来ねぇよ、分かったら帰った帰った」


「成程、逆にと言う事だな?」


 シッシッと彼が手を振っているが、彼は致命的な事を言ってくれた。

 コレで、彼が当時、バート様に対してどんな教育をする様に依頼されたか分かる。

 と言う事で、彼を連れて行く為に、借金は一時的に我等の方で立て替えておこう。

 調べていた時に、借金がある事が分かっていたので、隊長にも場合によっては借金を立て替える事も了承済みだ。

 外にいる借金取り達に、『とある事件の重要参考人かもしれない』と説明して、借金に関してはルーデンス家で一時的に立て替える事も説明しておいた。

 我等が身分を明かした事で借金取り達はそれで納得し、支払いに関しては、彼をルーデンス領に送り届けた後、速やかに払う事を約束して契約書を作って置いた。


「で、馬車か何か用意されてんのか? まさか、この足の俺に『歩け』なんて言わねぇよな?」


「大丈夫だ、ちゃんと馬車を用意している」


 そうして、彼と共に我等はルーデンス領へと戻る事になったのだが、彼の借金は総額で大凡金貨50枚と言う、割ととんでもない額であった。

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