第5話 捜査は始まった
本部から捜査一課が来て、捜査本部が立てられるとなると所轄はてんてこ舞いになる。総務だけでは手が足りず地域の人間も雑用に追われることになってしまう。
もちろん、だからと言って本来の仕事をしなくていいというわけにはいかない。つまり非番が吹っ飛ぶことになる。
世間では、労働時間がとか残業がとか言っているが、公務員なのにそんな言葉が無意味となる職場もあるのだ。
応援の人々は道場で寝泊まりすることになる、自分の家に帰って眠れるだけでも剛太郎は幸せだと思わなくてはならないだろう。
次の朝には事件の概要が剛太郎たちにもわかってきた。
被害者の片山杏奈は、河川敷に全裸で放置されていた。死因は手指による扼殺。親指の後が喉にはっきりと残っていたという。
遺留品はスマホや生徒手帳、高校の制服と下着。これらはきちんと重ねられ遺体のそばに置かれていた。
もっとも下着は強引に剝ぎ取られたのだろう引き裂かれていた。さらに腹部にはこぶしで数回殴打された跡がはっきりと残っていた。司法解剖の結果は出ていないが性的暴行を受けていることは明白だった。
留置場係の面々の表情には悲痛なものがあった。多少とはいえ知り合いなのだ。警察官としては当然のこと一人の人間としても許せるものではなかった。
「係長、なんか似たような事件が」
坂本主任だ。
「ああ、五年前の豊岡の件だろ、今のところはっきりしたことは言えないが、一課も同じことを考えているに違いない」
そうなれば兵庫県警との合同捜査、近畿管区警察局までが出張ってくることになる、総務は頭を抱えているだろう。
捜査本部の費用は本部からも出るが、すべてというわけではない。所轄の持ち出しがかなりある。それに捜査本部には酒やつまみも差し入れることになるが、この金は所轄が苦労して積み立てている、いわゆる裏金がつかわれることになるのだ。
「当分経費節約になるので、みんなそこら辺のことよろしくな」
「なんか大きい事件でも起こった? 署の前にマスコミめちゃくちゃいるけど」
検察の調べから返ってきた香田が昼食を食べながら聞いた。
彼らに気が付かれないよう、検察庁や裁判所への移動はそれなりに注意を払っていたのに、香田は意外と目ざとかった。
「そう言えば、ここんところ新聞の切り抜き多くないですか」
「要するに、いずれここに入ってくるか、俺らの知り合いが関係してるということかな」
三谷が鋭いところをついてきた、さすがに幹部だ。ロリコンという性癖で職を棒に振ったのが、もったいない気がする。
「佐久さん隠しても無駄ですよ」
「やだなあ三谷さん何も隠してませんから」
三谷がニヤッと笑った。
「女子高生が殺されたんですよね」
なぜそれを、剛太郎は思わず坂本主任と顔を見合わせた。
「三谷さん何か知ってるのか、事件について」
坂本主任がつい口走った、というより事件に関係している可能性も否定はできないのだ。もちろん三谷本人ではなく知り合いがという意味だ。
「図星ですね、テレビ欄に載ってますよ。それにきっとそのうち週刊誌にも乗るでしょうし」
「そうか、それはうっかりしてた、まあそういうことだ、そのうち話してやるよ」
「俺らがいるうちに捕まえてくださいね。女の子殺すような奴、ぼこぼこにしてやる」
冗談とも思えない、だからこそ隠しておいたのに、ワイドショーはいらん番組を作るなよ、と剛太郎は心底思った。
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