第3話 凛
「そうなんだ、地域の時に少し手伝ったことはあるけど、よくは知らないからなあ」
凛がジョッキのビールを持ち上げながら言った。一口でほぼ半分を飲み干している。相変わらずの
「あ、ということは今、入っているあの美人さんの面倒も見てるわけだ。お風呂とか下着の洗濯とか、ふうん、鼻の下延ばしながら、変態」
何言ってるんだか、と剛太郎は思う、そんなわけはないことぐらい、さすがにわかっているはずだ。このご時世、そんなことがあったら、あっという間に世間から袋叩きだ。
美人さんとは香川香音、覚せい剤の所持と使用で逮捕された二十二歳の女性だ。実をいうとあげたのは凛なのだ。着任早々、偶然市内のパチンコ店の前で職質をかけた相手だった。
凛が赴任してすでにひと月以上がたっている。剛太郎としては同期会、と言っても二人だけなので単なるデートと変わりはない、をできるだけ早くやりたかった。
非番が合わない、事件が起こる、いや実際は事件を凛が挙げたから、今日まで開けなかったのだ。
「美人さんて、香川さんのこと? あんまり趣味じゃないなあ」
「そっか、剛太郎はずっと私一筋だもんね」
思わずビールを吹き出しかけた、こんな冗談言うようになったのかと剛太郎は凛を改めて見た。
「違うの?やっぱり留置場にいる美人さんの方が」
「なわけないだろ、外山一筋だよ」
「んー、早く部長になったら考えてあげる」
「ま、そのうち受験するさ」
「早くしないと、わたし」
なんだ、誰かとくっつというのか、冗談じゃない、そんなことは……。
「署長になっちゃうよ、パートナーが巡査じゃ、さすがにまずくないか?」
そういって凛は笑った。
ありえるかも、と剛太郎もつられて笑いながら思う。
凛は、生まれも育ちも東京だ。それがなぜ府警を受験したのか。剛太郎には不思議だった。
こういう言い方をするのはどうかと思うが、警察官になりたいなら、警視庁が一番楽だ。なんといっても採用人数が違う。何を好き好んで東京から京都に、と、わかっている者なら普通そう思うはずだ。
「京都が好きだから、他に意味なんてないよ」
学校時代に尋ねたことがあったが、凛はの答えはあっさりしたものだった。
その時はそうかと思ったが、最近なんとなくではあるが、それだけではないものを剛太郎は感じている。
凛は卒配の派出所勤務で、女児を連れ去ろうとした男を現行犯逮捕した。わずか二週間のことだ。すぐさま署長の目に留まり、署の捜査課に引き上げられたという。
その後もちょこちょこと手柄を上げ、同期のトップを切って部長試験にも合格している。そんな彼女だけに、署長になっちゃうぞというのは、あながち冗談とも思えなかった。
凛の携帯が鳴ったのはちょうど三杯目のジョッキを開けたときだった。
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