ゆきこの離島日記
澄田ゆきこ
0日目 なぜに離島に
離島日記一日目は、とりあえずことの顛末を説明するところから始まる。大学一年生(当時十九歳)の時に生家である父子家庭から逃れた私は、その後も一人で生計を立てるためにあれこれ動き回る日々だった。奨学金も学費免除も受けることができ、成績も実家を出てからうなぎのぼり。地獄みたいな実家を出て平穏な日々をようやく手に入れた。
はずだった。
そんな私の前に壁が立ちはだかったのは大学三年生の時。人生最大の岐路、就職活動である。私はこれにとことん向いていなかった。生きる目的も意味も小説にしかなかった私は、とりあえず一人で生活を続けるということしか労働のモチベーションもなく、人生設計の中心として「労働」を据える就活文化にことごとく適応できなかった。理由はそれだけではないが。
この詳細については後日「就活クソッタレ備忘録」(仮題」に詳しく記す予定であるが、とりあえず就活とやらに翻弄され心身ともに私は疲れ切った。三年春にはメニエール病を発症し、四年秋からは心療内科にもお世話になることに。
やりたい仕事もないのに就職活動をせざるを得ない毎日。当然のように何もかもうまくいかない。まわりだけどんどん先に進んでいく。私だけが宙ぶらりんのまま。精神的に追い詰められた末に私が泣き言を口にしたのは、中学生の時に離婚し別家庭をもっていた母であった。
母はその頃、両親(つまり私にとっての祖父母)の生活補助のために、実家のある離島に行かねばならないことが決まっていた。そんな母から、「卒業したらあなたも島で何か月かゆっくりしてみる?」という誘いが振ってきた。これこそ僥倖。渡りに船。棚からぼたもち。私は喜んでその話に飛びついた。半ば冗談だったらしい母は困惑していたが、私の押しに負けて最終的には私を受け入れた。
家を出てからずっと、目の前のことを必死にやり過ごすので精一杯で、将来のことも、これからのことも、自分が何をしたいのかも、ゆっくり考えてみる時間がなかった。空白のない毎日は私の心を確実に苛んでいた。少しだけ、休憩がしたかった。立ち止まりたかった。
その頃おりよく、アルバイト先から社員登用の話が振ってきた。「四月から離島で何か月か過ごすことになる」ことを伝えたところ、幸いなことに(表面上は)快く了承してもらえた。他の会社に就職すればこうはいかない。私はこれ幸いとばかりに就活をやめた。
就活をやめたかっただけかもしれない。逃げたかっただけかもしれない。
けれど私にとってこの二カ月は、きっと人生で大切な時間になるはずだ。その第一歩目として、この日記を書く。
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