6.黒骨の騎士と白騎士ジークハルト

 白騎士ジークハルト率いる中隊二百余名の兵士たちは大陸側のヴォナキア王国から離島シルベルフを目指し、海辺の寒村へ差し掛かった。

「しかしまあ、よくこんな大勢生き残ってましたね。テリドア陥落の時だいぶ死んだと思ったんですが」

魔法剣士マインラートは魔女の髪から作られた魔法封じの縄で手を縛られ、鞍上あんじょうの白騎士ジークハルトに引っ張られていた。

「黙らないなら舌を切るぞ」

「おっかねーこの姐さん。おっかなくない? あんたの上司。ねえ?」

マインラートは近くの歩兵に話しかけるも、ジークハルトによく訓練されている兵士たちは魔法剣士と一切口を利かない。

「ほんと真面目一辺倒で愛想ねえな」

反吐を吐くマインラートの口元はいつも通りニンマリしている。


 中隊率いる白騎士ジークハルトは、森の中に隊員を待機させ、己は直属の部下を二名連れてマインラートと背後に隠して一軒の家へ向かった。庭先に立っていた寒村の名もなき主婦は豪奢な鎧に身を包んだ騎士を見てびっくり。洗濯物の入ったカゴを取り落としてしまった。

「ご婦人、話が聞きたい」

「へ、へえ。何でございましょう?」

「この辺りから離島シルベルフへの船は出ておらぬか?」

「……そりゃ本気でお聞きなさっているので?」

「無論だ」

「そりゃあ……ごめんなさいよ、お力にはなれません。昔はあたしたちも漁業をしておりましたよ。でももう魚は捕れないし、捕っちゃいけんのです。ごめんなさいよ、本当に」

主婦は話をするのも恐ろしいと言った風に家へ引っ込んでしまった。

「魚を捕ってはいけない……?」

「何でしょうね? 捕れない、ならまだ分かりますが」

「うむ……少し聞き込みをしよう。一度戻るぞ」

「はっ」

 白騎士ジークハルトは隊員たちに野営をするよう言いつけ、自らは鎧を脱ぎくたびれた薄茶色のマントを巻き付け旅人風の装いをした。ジークハルトは肩まである薄金の髪に太陽のようなオレンジ色の瞳、花の蕾のような淡いピンクの唇をした、まだ若く美しい女性であった。

「ほんとあんた、黙ってりゃぁお人形さんみたいに美しいのに」

「黙れ」

「へいへいっと。イテッ、あたた……」

左目を痛がったマインラートをチラリと見ると、その場に座り込んでいた魔法剣士を放ってジークハルトは部下の元へ行く。

マインラートはフォンザーに呪いをかけられた左目の痛みであの日以降ろくに眠れず、憔悴してきていた。ジークハルトはその手に消炎用のニオイの強い薬草と包帯を持って戻り、マインラートの眼帯を外すと揉んだ薬草を彼の瞼の上に載せ包帯で押し付けていく。

「急〜に優しくありません? 気味悪ィんですが」

ヘラヘラした口元を作る余裕もなくなったマインラートをジークハルトはオレンジ色の瞳で睨みつける。

「勘違いするな。これからお前の治療目当てで来たと先程のご婦人の家に行くのだ。お前はだ」

「ああ、なるほど……」

ジークハルトからの応急処置を受けるとマインラートは彼女に腕を引かれ立ち上げられた。二人は魔女の縄でお互いの手首を縛り、それが外から見えないよう腕を組んだ。

「行くぞ」

「へーへー」

 ジークハルトは婦人の家へ行き、仲間の魔法使いであるマインラートが重傷で白魔法使いがいるシルベルフへ行きたいのだと話すと、ひとまず家の中へ招いてくれた。

婦人は潮風に当てられた独特の臭さが漂う家の中、なけなしのヤギ乳を温めてジークハルトとマインラートに出してくれた。

「どうもありがとうございます」

「いいえ、ろくなモンもありませんで……」

「ご婦人。先ほどの話、詳しく聞きたいのだが」

「あたしから言えることはございません。ほんと、申し訳ないのですが」

「魚を捕ってはいけないのだったな?」

婦人は気まずそうに目を泳がせると俯いて家事へ戻ってしまった。ジークハルトは魔女の髪をマインラートにしっかり結んでからその後を追い、台所で芋を刻む彼女に迫る。

「こっそりでいいから話を」

「……この村に長く留まらない方がよろしいです。本当に。見たところ立派な騎士様でしょう? 川を越えて街まで行けば商業船も出てますから」

「極秘任務の最中なのだ。商業船には乗れぬ。密航をする必要がある。どうか頼む」

事情を聞くと主婦は芋を切る手を止めジークハルトに耳を貸すよう片手を上げた。白騎士は婦人の口元で耳をそばだてる。

「この村は随分昔に妖精に呪われたのでございます。魚を捕ると村人が一人ずつ死ぬ呪いです」

「何だと?」

「だから船も出せません。海賊すら寄り付かない恐ろしい海になっちまったんです」

「そうか……」

「二つ隣の村へ行けばまだ海賊もうろついています。せめてそちらに」

「……ご婦人、貴女の家族は?」

「とうに死んじまいました。息子も夫も……」

「身寄りは?」

「あったら……とっくに越してたでしょうねえ」

「……そうか。不躾なことを聞いてしまった。すまぬ」

「いいえとんでも。こんなに綺麗な方と話せてあたし久しぶりに嬉しかったんですよ、本当に」

「この村の長は?」

「海が荒れてからは引きこもっちまいまして……。もう二年になるかな? 一番大きな家ですから行けば分かりますよ」

「そうか、恩に着る」


 ジークハルトは両手を縛ったマインラートと肩を組んで村長の家を目指した。

「妖精の呪いィ?」

「ご婦人はそう言っていた」

「まあ妖精もヒトを呪いはしますが、そんな漁業を封鎖しなきゃいけない規模の呪いをかけるなら大妖精級の大物じゃないと無理ですよ。そうじゃなきゃ、魔物の類いです。魔物だとしても大物ですよ」

「少なくとも小物ではないと」

「ええ、まあね……」

マインラートの足取りが段々と怪しくなってきたため、ジークハルトは彼を負ぶって村長の家へと急いだ。


「お頼み申す! どうか!」

 ジークハルトが懸命に村長の家の戸を叩くも、大きな家からは誰一人出て来ない。痺れを切らしたジークハルトはマインラートを降ろして石を握り窓を割った。鍵を開け、開けた窓からなんとか体を捻じ込むと彼女は小剣を抜き周りを警戒しながら玄関を目指した。不思議と誰にも会わないまま玄関にたどり着き、内鍵を解放するとマインラートは倒れたままだった。彼は顔色が悪くなり脂汗をかいている。

「おい、しっかりしろ!」

「いやー……そろそろ死ぬんじゃないかな俺」

「喋る気力はあるようだな」

ジークハルトはマインラートを担いで居間へと向かった。明かりはついていたが人はいない。

 そのまま村長の執務室へ向かうと、そこには椅子の上に腰掛けたまま絶命している太った男がいた。白目を剥いた男は首を押さえたままの姿勢で、ハエが集っている。

「うっ、これは死んでから何日も経っているな……」

「……死んでるなら返って都合がいい。話が聞けますよ」

「貴様にそんな力が残っているのか?」

「うーん、一度眠らないと厳しいかもですね……。つーかなんか食べたい」

「食欲があるならまだ大丈夫だな」

 ジークハルトはやむを得ず家探しを開始。台所で硬くなったチーズを見つけた彼らは暖炉に火を入れ、炙って柔らかくすると焼き固めたクラッカーに載せて食べた。

「このクッキーかっっった! 何すかこれ!」

「口の中でふやかして食え。これはグリシュナ陛下が考えていた携帯食糧だ。現地で食糧を得られずに彷徨うより国内で作った確実に食えるものを持ち歩く方がよいとのお考えでな。私たちは試作品を持たされていたが、まさかそのまま使うとは思わなかった」

「あの怖えお人そんなことまで考えてたんですかい? 兵士のために?」

「陛下は政治の腕は確かだった。民と貴族院と軍部では人気が分かれていたがな」

「へえ、そうなんだ……」

「お前それでも緑の騎士マーリンの弟子か?」

緑の騎士と言うのはテリドア帝国における色の称号の一つで、白騎士や黒騎士などの他の色とは違い、兵士ではなく衛生兵である後衛担当の魔法使いに代々付けられる称号だった。魔法剣士マインラートは、その緑の騎士の称号を得た魔法使いマーリン……名前をかのエルフィンの大魔法使いマーリンにあやかって付けられたトーラーの男の弟子だった。

「あんねえ、俺は弟子っつっても三番目。教えは一番弟子が独り占めしちまったんですよ、ジジイの実子だから! 二番と三番の俺らは政治には首突っ込めなかったの!」

「ふぅん、そう言うものか」

「その一番弟子が師匠共々あの夜に犬死にするし、二番弟子のあいつは合流する前に酒に失敗して川で溺死だぜ!? 俺が何とか黒騎士に追いついただけ褒めて欲しいね!」

「私が褒めてやろうか?」

「やめろや気持ち悪ィ」

 マインラートはチーズの塊の大半を食べ、気力を取り戻すと死んだ村長の前で包帯を外し始める。

「何をしている?」

「竜の呪いってのは使いようがあるんですよ。魔女の髪は外してもらえません? 魔法使いたいんで」

「……逃げるなよ」

「逃げられるかよこの体で」

ジークハルトがマインラートの腕から魔女の髪を外す。マインラートはぐっと伸びをして、薬草から出た汁気を袖で拭くと息をついて目を閉じた。

「……今から独り言増えますが、話しかけないでくださいね。集中したいんで」

「わかった」

ジークハルトが一歩下がるとマインラートは赤紫色の瞳を開いた。

「ぐっ……痛って……!」

痛みに顔を歪めながらもマインラートは死体を見続ける。すると彼の視界では闇が立ち込め辺りを覆い、死体のすぐそばに夜空の翼を得た人型のファヴイールが瞼を閉じた状態で現れる。

「どうもー竜の子……なんか見た目変わりましたね。そちらが精霊界でのお姿でしょうか?」

マインラートの言葉にファヴイールは瞼を上げる。威力を増した黄金の瞳に睨まれ、魔法剣士の神経に激痛が走る。

「あっ、ぐあっ……!!」

マインラートは膝を折りそうになりながらもファヴイールに待ったと片手を上げる。

「お怒りなのは分かります……でもちょっと待ってもらって……いやほんとすいません殺してしまって……」

ファヴイールの幻影は何も言わずマインラートを見下ろしている。

「そこにいる死体なんですが、海辺の村の長なんです。明らかに呪われて死んでるんですが、ええと村人の話だと妖精の仕業らしいんですよ。でもほら、妖精つったって大から小までいらっしゃるっしょ? どの妖精かなぁ、とか……心当たりございません?」

ファヴイールは隣で果てている太った男をチラリと見やった。

「そ、そうそう。彼なんです」

ファヴイールはしかし男を一瞥しただけでマインラートに視線を戻す。

「ああいや、お叱りは後々受けるんで……」

闇竜は魔法剣士を睨んだまま夜空の翼を広げた。星を抱く透けた羽根がマインラートの視界を覆っていき、彼は思わず仰け反る。

「いや、あのちょっと待っ」

ファヴイールは大きく一つ羽ばたいた。突風に煽られた魔法剣士はそのまま背後に飛ばされ、部屋の壁に叩き付けられた。

「いっっってぇ!!」

ファヴイールの幻影は消え、マインラートの視界は正常に戻っていた。

「ああ、くそ」

「……黒騎士と話していたのか?」

「まあ、端的に言うとそうです。竜の呪いってのは呪いの中でも強い部類で……噛み砕いて言うと竜の魔力に体を支配されるんですよ。使いようがあるって言ったでしょ……」

「竜の力の一端を受けた部分を使えば、竜の力を行使出来るのか」

「物分かりがいいですね……そう言うことです。まあ本人から許可が得られないと今みたいに叱られて終わり……なんですけど……」

マインラートはそのままくてっと首をもたげる。

「! おい!」

「すいませんちょっと……休ませて……」

「おい!」

ジークハルトが揺さぶるも、マインラートは脂汗をどっと吹き出して気を失ってしまった。

「……呪いは呪いと言うことか。何もわからない状況は困るが……」

消耗したマインラートと絶命した村長を見比べ、ジークハルトは舌打ちをした。

「ここにいても仕方がないな」


「うぅ……」

 魔法剣士マインラートは天幕の下で目を覚ました。頭を木槌で殴られたような痛みの中ぼやけた視界に誰かが立っている。二、三度瞬きをすればその者ははっきりと見えた。それは先刻自分を壁に叩き付けた闇竜ファヴイールだった。

「どわぁ!! ……ビックリした」

相変わらず魔女の髪で縛られているマインラートは跳ね起きて、己を冷たく見下ろすファヴイールを見つめ返す。彼は先程と違い魔法剣士を静かに見つめていて、怒りの感情は感じ取れなかった。

(今なら冷静に話せる……?)

「おい、起きたのか? どうした?」

そこへ旅人姿の白騎士ジークハルトが入って来た。マインラートはすぐ彼女を見てしまい、あっと苦い顔をした。ファヴイールもテントに入って来た白騎士に反応して彼女を見つめる。

「よりによって今来ないでくださいよ〜。アンタまで黒騎士に見つかったじゃないですか」

「何?」

ジークハルトは室内を見渡す。

「……彼がいるのか?」

「俺を通してですが、まあ。あんたの右斜め前辺りに」

「この辺か」

ジークハルトは一歩前へ出た。ファヴイールは彼女を金の瞳で見つめている。

「そうです、その辺」

「私の声はあやつに届いているのか?」

「多分聞こえてます。俺の耳経由で」

「そうか」

ジークハルトは小剣の柄に手を置き胸を張る。

「黒騎士フォンザー・ベルエフェ。まず死んだのか死んでいないのかハッキリしろ。今どこにいる?」

闇竜ファヴイールは口の端を上げると、フーッと彼女に息を吹きかけた。するとジークハルトの薄金の髪が風で揺れる。

「……ん? あ?」

「……何故風が吹いた?」

「幻影じゃねえのか、今そこにいるんだあいつ」

「何?」

「正確には精霊界であんたの前に立ってるんですよ。あ? んん? じゃあやっぱり肉体はもうないのか?」

ジークハルトは再び目の前にいるであろう黒騎士を想像し、頭のありそうな高さにそっと手を伸ばした。

「……こちらから精霊には触れませんよ」

マインラートの忠告が耳に入らなかったのか無視したのか、ジークハルトは黒騎士の頬を撫でるような動作をした。その仕草に愛情を感じ、魔法剣士は目を丸くする。

(まさか白騎士の姐さんは黒騎士に惚れてたのか? いやそんな、一つも噂はなかったのに?)

ジークハルトは残念そうに視線と手を下ろした。そんな彼女をファヴイールはじっと見下ろしている。

「……あんた黒騎士のこと好きなの?」

「ばっ! 口を慎め!!」

ジークハルトは小剣を抜いてマインラートへ向けた。マインラートは驚いて両手を上げ、ファヴイールは呆れて明後日の方向を見つめる。

「男と女だからとすぐそう言う話へ持っていくな! 恥を知れ!」

「いやぁだってそんな情熱的に見つめてたら……ねえ?」

マインラートは思わず傍らに立つ、己を呪った男に聞いてしまう。ファヴイールは魔法剣士にやれやれと首を振るもののその場からは動かない。

「あー、姐さんのおかげで生っぽい反応もらえました。精霊界と生物界で隔たれてますがやっぱりこの場にいますね」

「そ、そうか……」

ジークハルトはエヘンと咳払いをして小剣をしまった。

「まだこの辺に立っているか?」

「はい、動いてません」

「そうか。ではいくつか話をするぞ、黒騎士。我々はお前と姫を追い離島シルベルフへ向かっている」

「は? それ言っちゃうんすか?」

「黒騎士と言う男はただでは死なん。己が死のうが何になろうが、与えられた任務は達成する。そう言う男だ。それを見込んで話をしている。お前はハルサラーナ姫を安全に逃すため、離島シルベルフの妖精の国へ向かった。そうだな? 我々もそこへ向かう。何としてもだ」

腕を組み真剣に話をするジークハルトをファヴイールはニンマリとした顔で見つめている。

「……おもしれ〜、みたいな顔してますね」

「必ず追いつく。必ずだ。そして私が、お前の手からハルサラーナ姫を取り戻す」

ファヴイールはふっと笑ってジークハルトから視線を外した。

「鼻で笑ってます」

「余裕ぶっているのも今のうちだ。予言だが何だか知らんが、姫はテリドア帝国の王族だ。我が中隊が必ず保護し、祖国へ取り戻す!」

鼓舞するようにジークハルトが握り拳で己の胸板を叩く。ファヴイールは口の端を上げたまま随分と柔らかい眼差しで白騎士を見つめた。

(は? 何? 両片思いとか言うやつ?)

「……俺の前でイチャつかないでください」

「ばっ……黙れ!! どこをどう見たらそうなる!!」

「いやだって……」

言葉を続けようとしたマインラートはファヴイールが動いたことで押し黙り目を丸くした。闇竜は目の前に立つ白騎士ジークハルトに顔を近付け耳打ちを始める。

(は?)

ジークハルトも目を丸くして視線を彷徨わせる。

「……何?」

彼女は見えていないのにファヴイールが己の腕に添えた手を支えるように肘先を上げた。

(おーいおいおいどうなってんの。依り代なしで精霊界と生物界で交流してやがる)

二人は内緒話を終えると体を離した。

「……本当だな? 本気にするぞ?」

ファヴイールは口の端を上げると一歩下がり、体の色を薄くしていって……二人の前から消えてしまった。

「……消えたわ」

「そのようだな」

「そのようだなじゃねえ! 依り代も召喚陣もなしに精霊界と生物界で交流すんな! 歴戦の魔法使いもビックリだわ!!」

ジークハルトはマインラートのわめきをよそに顎に手を当て思案する。

「聞けよ」

「……黒騎士は私たちが着く頃には姫ともども妖精の国にはいないと言った」

「は? ……あ、ああーそうか……」

ジークハルトが見るとマインラートは苦虫を噛み潰したような表情をしていた。

「一人で納得するな。説明をしろ」

「……俺が奴を殺しちまったせいで向こうの方が有利になっちまったんだ。ちきしょう、あのまま不便な生き物の肉体に縛り付けておけばよかったんだ!」

「おい」

ジークハルトが頭を抱えた魔法剣士に近寄ると彼は顔を上げた。

「精霊ってのはですね、そもそも我々生物とは違う世界で生きてます」

「その程度の基礎なら知っている」

「妖精の国と言うのは生物界と精霊界の狭間にあるんです。どっちからでも入れるんですよ」

「ふむ、で?」

「奴は俺が殺したから精霊界側からシルベルフへ入れるんです。そして精霊界ってのは生物界と違って、物同士の距離なんてのは距離のうちに入らないんですよ。物体を無視すんの」

「ふむ?」

「壁が立ってても家が立ってても精霊界では物を無視して中を通れたり、海や川で隔てられてる向こう岸にも歩いて行けんの! わかります!?」

魔法剣士の言いたいことがわかったジークハルトはなるほどと頷く。

「今やつは! 精霊だから姫君や仲間を連れて精霊界をウロウロ出来るんですよ! そうなったら時間も場所も関係ねえ! 好きな時に好きな場所に出られるんだ!」

再び頭を抱えた魔法剣士の前でジークハルトは納得するしかなかった。

「私たちがこれから愚直に妖精の国へ着いたとしても、精霊界側から島の外へ出られては行方がわからなくなる」

「そう言うこと! ちきしょう短絡的に生き物を殺すなって師匠に散々言われたのが今更ありがてえわ! 最悪!」

「……黒騎士は私に会いたいと言って来た」

「……は?」

「だからシルベルフを目指すな、南下して元ピグルーシュ王国の首都パスバハを目指せと」

「な、何です? 待ち合わせ場所を指定して来たの? あいつ」

「うむ」

「……罠では?」

「奴は勝つためなら何でもしたが、敵を陥れて嘲笑うようなことはしない男だ」

「へ、へえ……。じゃあ南下します?」

「そうしよう。だがその前に、黒騎士はこの村の呪いを解いてからだと言った。明日また私とお前で村へ行くぞ」

「え、ええ……?」

困惑しっぱなしの魔法剣士を放ってジークハルトはテントから出て行った。マインラートは、もう勝手にしてくれと寝床の上に体を投げ出した。




 日が大水の彼方から顔を出す頃、マインラートは寝ぼけ眼のまま旅人姿のジークハルトに連れられ砂浜の上に立っていた。ジークハルトは腕を組んだまま海を見ており、呪いを解きに行くようにはとても見えない。

「……呪いを解くんでしょ?」

「黒騎士を待っている」

「はぁ? あいつ来んの?」

「来る。こちらでも待ち合わせた。私にもわかるように姿を見せると」

「は? 何それ。精霊界から降りて来るっての? そりゃあまぁ好都合と言うか……待って? 姿を見せるって本当に言った?」

「そうだと言った」

ジークハルトが振り向くとマインラートが青ざめているので彼女は訝しむ。

「どうした?」

「……俺の人生短かったなぁって」

「奴に殺されると?」

「どう考えてもそうでしょ」

二人が戯れていると朝日が翳り、周囲の空が時計の針を巻き戻すがごとく夜に逆戻りを始める。

「ああ、うわぁ……俺の人生終わった……」

「……何が起きている?」

「見りゃ分かるでしょ。んですよ」

辺りがすっかり暗くなり、大水の向こうから浅瀬を歩く水音が聞こえて来る。ジークハルトが目を凝らすと、深い海を物ともせず歩いて来る大柄な者がいる。段々と近付いたそれは、馴染みのある宝石のように煌めく黄金の瞳を持つ、一見トーラーにしか見えない黒髪の男だった。ツノはなく、カラスの羽根のような漆黒のマントを着て、内側の服はサラリとした夜空のような色合いの一枚着だ。剣帯を腰巻き代わりに身に付けているものの剣は差していない。

男は二人の前に歩いて来るも、陸には上がらず波打ち際でピタリと足を止めた。

「……黒騎士か?」

「……お前の言う黒騎士が」

相変わらず低く心地のいい声で彼は喋った。

「フォンザー・ベルエフェと言う帝国兵を指すなら、そやつはとうに死んだと言っておく」

「うわ、本物だ……」

思わず呟いたマインラートをファヴイールはキッと睨んだ。

「いっっっ……!!」

目に走った激痛により魔法剣士はその場に膝をつく。マインラートからジークハルトに視線を戻したファヴイールはふっと息をついた。

「お前が鎧を脱ぐとは珍しいなジークフローラ」

「その名で呼ぶな!!」

白騎士は抜いた小剣を闇の竜へと向けた。

「美しい容姿もその反応も相変わらずだ」

「黙れ……!」

戯言たわごとくらい許せ。お前とは実質十年ぶりだ」

「……っ」

白騎士の持つ小剣はワナワナと震えている。

「剣がないな。己の物とは別のを一振り持っていただろう」

「何故それを……」

驚愕するジークハルトことジークフローラの前でファヴイールは目を瞑る。

「ん……。なるほど部下に預けたか。己のテントか? いや直属の部下か」

ファヴイールは目を開けて右手を掲げた。するとその手にストンと棒鍔クウィロンの形がUのように湾曲した、薄暗い中でも星のように輝く美しい剣が落ちて来た。

「な!!」

「これは私が姫に返しておく」

「ふざけるな! 今すぐ返せ!」

ジークフローラを無視してファヴイールは聖剣を剣帯に巻き付ける。二人のやり取りを見ていたマインラートは脂汗を流しながらゆっくり立ち上がった。

「白騎士さん、あんたそいつに足跡をつけられたんだ。おかしいと思ったんだ。召喚式もなしにヒトと精霊が話をするなんて」

「どう言うことだ」

「あんた自身が依り代なんですよ、そいつの」

マインラートの言葉にハッとして白騎士は闇竜を見やった。

「いつどこに印をつけられたか分かりませんが、多分あんたは何度も黒騎士の瞳を見てたんでしょ。ダメなんですよ竜の瞳を直に見ちゃあ……。昨日も言いましたけど竜ってのは精霊なんです。時間と物体は無視出来んの。死んで半竜半人から解放されたドラゴニーズはね、魂が半分精霊だから転生はせずに精霊界に招かれるんです。その時生き物の部分、ヒトの部分はごそっと抜け落ちちゃうんですけどね」

マインラートの説明を受けながらジークフローラは唇を噛みファヴイールを睨む。

「俺たち魔法使いがやる足跡の付け方は竜の子から習った古いものなんです。まあ俺も今の今まで弟子時代の勉強なんざ忘れてましたが……。竜は自分を見たことがある生き物や土地、森とかあらゆるものの記憶を遡れるんです。だからあんたの目を通して記憶を遡れるし、あんたが立ってる場所もわかる。あんたの持ち物を自分の物に出来るんです。今のそいつはね。精霊さんですから」

「くっ……!」

「その男の言葉に補足してやると、お前は己が貴族の血筋だと言うことを軽く扱って来た。そちらも裏目に出たな」

「あー、このお嬢さんそうなの?」

「誰がお嬢さんだ!! 口を慎め!!」

「ジークフローラは三代前のカリダラ王朝の系譜だ。カリダラ王朝の系譜からはハルサラーナ様の祖母、グリシュナ皇帝の母君ワタイヒ様が出ている」

「あ、お姫さまとそんなに血筋近いのこの人?」

「うむ、身内も同然。それもあって私から姫を取り戻したいのだろうな。カリダラ王朝系譜はエルフィンの血筋だ」

「へーっ……。そりゃ血を軽く扱いすぎだな。あんたそりゃあ簡単に足跡も付けられるわ。軽率すぎ」

「だ、黙れ……」

「エルフィン血統なら魔法だって簡単に覚えられたろうに。魔法対抗とか習わなかったんすか?」

「その娘は魔法の勉強はことごとく嫌っている」

「素材がとんでもなくいいのに何てもったいねえことを……」

男二人から好き勝手に言われたジークフローラは顔を真っ赤にして膨れている。そう言う年相応の反応をすると可愛いのに、とマインラートは心の中で思った。

「で? 呪いの原因はわかったのか?」

「それをこれから調べるんですよ」

「何だ、手掛かりの一つもないのか」

「この男がお前のせいで倒れて撤退を余儀なくされた」

「ほう、そうか。多少嫌がらせの効果は出たな」

ファヴイールはそう言い放つと水面から降りてトーラーの素足でサクサクと砂浜を進み始めた。

「お前たちの出発が遅れては困る。早々に向かうぞ」

「……ですってよ」

ジークフローラはむくれたままズンズンとファヴイールの後について行った。マインラートはやれやれと首を振り、二人の後に続いた。


「俺てっきりあんたになぶり殺されると思ったんですけど」

 村長の家の前まで来たマインラートがぶっきらぼうに言うと振り向いたファヴイールはニマリと口の端を上げた。

「うーわ、やな笑い方……」

「殺しはしない。百にも満たない魔法使いの小僧ならあと百年はいたぶれる」

ファヴイールのその言葉に魔法剣士はぞっとした。

「俺この目ん玉の痛みとジジイになるまで付き合うの? 死んだ方がマシ……」

 ファヴイールを先頭にして三人は家へ踏み入った。ジークフローラが開けた玄関や侵入した時に割った窓ガラス、二人でチーズを暖炉で炙った状態も全てそのままだった。

「あのあと誰も来てねえのか、ここ」

「そのようだな。ご婦人も村長が死んだことには気付いていなかったし」

「婦人?」

ファヴイールはジークフローラの顔を見た。

「村の外れにご婦人がまだ住んでいる。他の家の者は見かけておらんし、知らぬ」

「ふむ」

ファヴイールは中空を見て何か思案するも、すぐに村長の執務室へと足を向けた。

 三人で再び腐り果てた太っちょの村長の元へ行く。村長は相変わらず己の首を押さえたまま苦悶の表情を浮かべている。

「何度見ても酷い死に方だ」

「呪われてますでしょ?」

「呪いだな」

「何に呪われたんだかまだ痕跡を調べられてねえんです。ご婦人の話じゃあ、妖精の仕業だそうですが」

「うむ。ジークフローラ」

「その名はやめろ」

「婦人から話を聞いたのはお前だな?」

「そうだ」

「記憶を詳しく読みたい。ここへ」

ジークフローラはムスッとしたものの大人しくファヴイールの前へ行く。竜は白騎士の額に手をかざすとじっと目を瞑る。

「……なるほど」

「何かわかりました?」

「この村長が相当な愚か者だと言うことはわかった。本人に話してもらおう」

「死者に話を?」

「夜の者には容易いことだ」

ファヴイールは人差し指を鳥の鉤爪のように変化させると村長の額をスッスッとなぞる。するとその額には不思議な紋様が浮かび、村長は白目を剥いたままビクッと体を震わせた。

「うっ……! 動くのか!」

「動くでしょうねえ。夜の者に起こされたんなら」

「精霊に呪われた愚か者よ。私の声が聴こえるな?」

「ひぃい……ひぃいいい……苦しい……苦しいよぉ……助けて…助けてくれ……」

「未来永劫呪われたか。嘆かわしいな。余程のことをしたとみえる」

「俺は……うう……村のためなら良かれと思ったんだ……。ううう……」

「何があった?」

村長は苦しみながらもファヴイールを見上げる。

「俺は……俺たちは……この辺で一番の漁師だった……。美しい海に愛されてた……。青緑の美しい海……水霊が愛した貴婦人の袖の海……。いつかは忘れた……美しい鱗の魚がいた……。七色の鱗をした魚だ……大きくて……美味そうだった……。剥いだ鱗を貴族に売ればいい儲けになると思って……」

「あーあ、本気でバカですね」

「ん?」

「魚に見えても魚じゃなかったんでしょ。この海峡を守ってた水霊そのものだったか、水霊が愛した伴侶か何か……。それで? その虹色の魚を獲っちまったんで?」

「三匹いた……三匹……美しい……一匹獲ったら漁師の一人が……家が燃えた……。二匹目を獲ったら村人が次々死んだ……わからない……流行り病のようなもので……」

「あんたも死んだ?」

「ああ、あ……」

「本気で愚か者っすねえ……。そりゃ呪われても仕方ねえや」

ファヴイールはじっと村長を見下ろしていた。竜は彼の額に手をかざすとサッと横へ払う。額の紋様が消え始めると村長は再び苦しみ出す。

「助けて! 助けてくれえ! 見捨てないで……精霊さま……!!」

「お前たちが先に彼女らを見捨てたのだ」

「あああ……!!」

村長の死体は脱力し、椅子からずり落ちた。腐り果てた肉の塊が崩れる音は生物的な嫌悪をもよおし、ジークフローラは思わず口を押さえて目を逸らした。マインラートとファヴイールは男の死体を呆れた目で見て、黙って部屋を出る。

「ま、待て。では結局妖精の仕業なのか?」

「妖精よりもっと位が高い精霊さんのまっとうな怒りでしょ。生き物の死を見守る夜の竜が助ける価値なしって判断すんだから」

「ジークフローラ」

「その名はやめろと!!」

「名と言うのは重いものだ、ジークフローラ。エルフィンの血を継ぐお前ならやれることはある」

「わ、私にか? 魔法も使えぬのに?」

「お前は魔法云々以前の自分の性質をわかっておらん。今回はそちらが役に立つ」


「ご婦人!!」

 ジークフローラが村はずれの家へ行くと名もなき婦人は椅子に座って俯いていた。

「ご婦人、すぐ村を出た方がいい。安全なところまで私の兵士たちが送る」

婦人はジークフローラを見て、さらに後ろへ立ったファヴイールを見上げた。

「おんやまあ、美しい方が二人も」

「えっ? この人精霊見えてんの? ……ああ、そう言うこと」

「一人で納得するな!」

「立派な騎士さま、貴女……お名前は?」

「え? わ、私か? 私は、その……」

ファヴイールを見上げると彼は静かに頷く。

「……ジークフローラと申します」

「ああ、綺麗なお名前だねえ。魂をよく表す綺麗な名前だ」

「ご婦人……?」

「それは水霊だ」

「えっ!?」

ジークフローラはぎょっとしてファヴイールと婦人を見た。

「ど、どう見てもトーラーだが!?」

「今の私と似たようなものだ」

「ん? どうだ?」とファヴイールは腕を広げた。彼を竜だと分かっているからそう接しているだけで、トーラーの中に混ざってしまえば見分けがつかないことをジークフローラは改めて認識した。

「な、なるほど……」

「水霊よ、お前が呪った漁師の一族は絶えた。そろそろ土地を回復させても構わんだろう」

「それがね、もう……人が憎いばっかりで他を思い出せんのですよ。海がどれだけ綺麗だったとかねえ……」

「……亡くなった伴侶と息子殿はもしや……」

「獲られた七色の鱗の魚だろう」

「何と……」

言葉を失ったジークフローラは無意識に水霊の手を取っていた。白騎士は俯いてぽつぽつと身の上を話し始める。

「私も……父を早くに亡くしたんです。伯父が代わりに育ててくれました。魔法より剣の才があると知って私は武術にのめり込んだ」

水霊は静かにジークフローラの言葉を聞く。

「男に生まれていればどれだけ良かったか……。何度もそう思いましたし悔やみました。息子だったら二人の父に胸も張れたのにと。でもどうやっても私は女だし、それ以外にはなれないと最近ようやく感じて……」

「そうね、他のものにはなれないのよね」

「はい……。容姿を褒められるのすら嫌でした。女だと言う現実を突きつけられるから。だから鎧を着たら寝室に戻るまで一切脱がなかった。でも昨日……貴女に褒められた時は嫌だと思いませんでした」

「貴女は綺麗な人よ。本当に」

「……ありがとうございます」

「いいえ、お礼を言うのは私の方。ありがとう。久しぶりに貴女のような心の清い人に会えたわ」

ジークフローラが顔を上げると、そこにいたのは穏やかな顔をした七色の鱗と青緑の美しい髪を持つ女性だった。

「水霊さま……」

「ありがとう、勝利をもたらす気高い花ジークフローラ。貴女の旅路に神々のよきお導きがありますよう」

水霊は水滴となり空気に溶けて消えて行った。ジークフローラの手には……七色に光る大きく美しい鱗が三枚残された。

「夫と息子の鱗も持っていたのだな。袋にでも入れて首から提げておけ。守り袋になる」

「……いやあのお二人が美しいこたいいんですが、いないもの扱いされるとなかなかきますね?」

「お前は私から恨みを買っておろう」

「あー、はいはい。自分が呪った漁師と同質だから目に入れたくないのね、すいません」

ジークフローラは七色の鱗をじっと見つめて、大切にその胸に抱き締める。

「やはりカリダラ王家の者は武人より巫女向きだな」

「あ、へー。そうなんだ」

「ジークフローラ」

「……何だ」

「この剣をどう手に入れた?」

ジークフローラが振り向くとファヴイールは剣帯から外した聖剣を両手で掲げている。

「……正直わからん。部下曰く私は急に森へ一人で踏み入って、しばらくしても戻って来ないので探しに行ったらその剣を抱き締めて森の中で気を失っていたらしい」

「その時のことは覚えていないのか」

「全く。だが……それはハルサラーナ様へ返さねばならない、と何故か思った」

ファヴイールは静かにジークフローラの表情を見つめ、一度瞼を閉じると彼女に聖剣を差し出した。

「ではやはり、お前が姫に手渡さなければならぬ」

「……元よりそのつもりだ」

ファヴイールから聖剣を受け取るとジークフローラは己の剣帯に剣を巻き付けた。

 ファヴイールは静かに、だが満足そうに目を細めると砂浜で夜空の翼を広げる。

「……何をする?」

「もうじき朝になるから夜は去る、それだけだ」

「ま、待て!」

ジークフローラはファヴイールの胸ぐらを掴んだ。

「先に答えろ……お前は本当に私の父を殺したのか!? フォンザー!」

ファヴイールは夜空の翼を広げながら乙女の瞳を覗き込んだ。

「今更何と答えて欲しい? あれは嘘だ、お前を惑わす世迷言だ。俺は潔白だ、とでも?」

ジークフローラは竜の翼に覆われながら両頬を大きな広い手で包まれる。

「その目で見たはずだ、ジークフローラ。あの日、黒騎士フォンザー・ベルエフェがお前の父の首を刎ね飛ばすのを」

「……嫌だ!!」

ジークフローラがファヴイールの手を払い除けると夜は翼をより濃い闇へと変える。

「ジークフローラ、過去は変わらない。フォンザー・ベルエフェの欠片を持つ私がお前の父の仇である事実は動かぬ」

大水の向こうから陽が差す。星空は透けていき瞳を閉じる。

「南へ行け、ジークハルト。パスバハでお前を待つ」


「隊長!!」

 二人の部下に揺り動かされ白騎士ジークハルトはハッと目を開けた。

「隊長! 大丈夫ですか!?」

「……っ!」

砂浜に座り込んでいた白騎士は鎧を着たまま立ち上がった。目の前には貴婦人の袖の海。大きく荒れ、しかしこれから穏やかになるのであろう気配を感じる。白騎士は手に何かを握っていた。そっと開けば、そこには七色に光る大きな魚の鱗が三枚。

「幻……ではないのか」

「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ……。お前たちから見て、私はどうなった?」

「ええと、村跡の廃墟に着いたら急に気を失われて……なあ?」

「はい。マインラートも共に気を失って、十分程度でしょうか? どうやっても起きないのでどうしようかと」

「……そうか」

ジークハルトが振り向けば、魔法剣士マインラートが魔女の髪で手を縛られたまま砂浜に仰向けに転がっていて、澄み渡る青空を眺めていた。外れた眼帯からは赤紫に金色が差した左目が覗いている。

「……おい、起きてるな?」

「うるせえな

俺も同じ物を見たよ、とはマインラートは言わなかった。憎まれ口を叩く魔法剣士の態度でジークハルトは何故かほっとした。

「次にお嬢さんと言ったらその舌引っこ抜くぞ」

「やってみろ」

白騎士は七色に光る鱗を革袋へしまうと首から提げ鎧の下に隠した。

「離島シルベルフへは渡らぬ」

「えっ?」

「ここから南下するぞ。だがその前に物資の調達だな。キャラバンを頼るか、キャラバンになり切るか……ひとまず作戦会議だ。戻るぞ!」

「イエス・サー!」

「マムでいい」

「はっ? ……い、イエス、マム!」

「立てマインラート」

「具合悪ィから起こして」

魔法剣士の首根っこを雑に掴むと、ジークハルトはそのまま彼を引きずって行く。マインラートは口の端をやれやれと上げて、いつものニンマリ顔に戻った。




──『黒骨の騎士と運命の子Ⅰ カリバーンの乙女』・完


次作:『黒骨の騎士と運命の子Ⅱ 二つの国の王女』


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