第48話 だんだんと日常になっていく

「おい安藤、お前ちょっと面貸せや」


 安藤が復学して数日は穏やかな日常だったが、事件はクリスマス当日に起きた。


 教室の隅で控え目に座る安藤の席を囲むように、他のクラスからやんちゃそうな見た目の連中が数人ぞろぞろと。


「な、なんの用事だよ」

「いいから来いよ。昔はお前、俺たちの話なんか聞かずにあっちこっち連れまわしてただろ?」

「そ、それは……悪かったと思ってる」

「謝って済むなら警察はいらねえよ。いいから、ちょっとこい」


 絡まれる安藤に対し、桐生と加佐見はその様子を少し見守る。

 

 藤堂への謝罪の日から、桐生は敢えて安藤とは何も会話をしていない。

 なれ合いはしない。

 ただ、過去をいつまでも責めるつもりもなく。

 頼ってきたらその時は、なんて思っていると安藤と目があった。


 その目を見て、桐生は動く。


「おい、やめとけ」

「……桐生、お前安藤を庇うのか?」

「そうじゃない。いつか安藤にも言ったが、殴るも蹴るも好きにすればいいさ。ただ、やるなら堂々と公衆の面前でやれ。日陰でこそこそっていうのが好きじゃないだけだ」

「……ちっ。かっこつけやがって、お前だってほんとは安藤のことが憎いはずだろ」

「ああ、もちろん。でも、憎んでこいつが金でもくれるっていうならいくらでもそうするけど。一銭の価値もない今のこいつを殴って何になるんだよ」

「相変わらず口が減らねえやつだ。もういい、しらけた。勝手にしろよ」


 連中が散ると、安藤は恐る恐る桐生を見て「ありがとう」と。


「礼なんかいらない。それより、たまには自分でやり返せよ」

「俺にそんな資格、ない」

「まあ、確かに。ただ、集団でいじめられていい人間ってのも、存在しない。そんなやつはどこにもいない」

「……すまなかった。桐生、お前にも随分ひどいことをした」

「……謝って済むなら警察はいらない、か。その通りだ。いくら歩み寄っても俺たちは水と油だ。卒業したらもう会うこともない。ただ、今はクラスメイトだ。俺の目の前でいじめられるようなことはするな。目障りだから」

「……ああ。お前って、優しいんだな」

「やつれて目まで悪くなったのか。ま、いいけど」


 安藤と話す桐生の姿を、加佐見は少し遠目で見ながら笑う。

 そして、桐生が戻ってくるとすぐに声をかける。


「蓮、なんか随分大人になったね」

「ガキだよ。だから、安藤のことを心の底から許せないままだ。受け止めることも、受け入れることもできない。そんな器量は俺にはない」

「でも、ああやって蓮と話してる時の安藤君、見たことないくらい穏やかな顔してたよ。ほんとは仲良くしたいんじゃないかな」

「……十年後だ」

「え?」

「十年経って、たまたま再会することがあったらその時は昔話として笑ってやるよ。でも、今はまだ……」

「ごめん、蓮がいままでどんな酷いことされてたのか、聞いてたのに調子にのって」

「いいよ。でも、いつかは過去も薄れていく。今こうしてることも、あの頃に感じていた苦痛も、懐かしい青春の思い出だ」

「青春、か。うん、でも今はまだ青春真っ只中だよ。思い出にするには早いって」

「そうだな」

「今日は何の日か知ってる?」

「わかってるよ。ケーキ、買ってかえろっか」

「うん」


 今日はクリスマス。

 午前中の授業が終わると、カップルは浮足立った様子で皆さっさと学校を後にする。


 桐生と加佐見も。

 一緒に学校を出てそのまま向かったのは駅の近くにあるケーキ屋。


 小さな店の前には、サンタクロースの帽子をかぶったエプロン姿のおじさんが並んでいる客に順々とケーキを渡している。


「あれ、ここって予約してないと買えないとこだよね」

「予約してるんだから問題ない」

「そうなの? ふふっ、蓮って案外まめなんだ」

「案外は余計だ。千雪が前にここのケーキ食べたいって、言ってただろ」

「覚えててくれたんだ。うん、嬉しい。蓮、ありがと」

「俺も食べるんだから別にいいよ」

「もう、素直じゃないなあ。でも、そういうとこも、大好き」

「……俺も好きだよ。だからこうやって、好きな人のために頑張れる」

「うん。私もだよ」


 ケーキを受け取って、二人で家に帰る。


 そして二人でケーキを箱から出すと、とても二人では食べきれないほど大きなケーキだった。


「こんなに大きいとは思わなかった」

「もっとちっちゃいサイズでよかったのに。張り切りすぎだよ蓮ってば」

「すまん」

「んーん、大丈夫。それじゃせっかくだし、妃先輩たちにも声かけてみる?」

「みんなそれぞれお祝いしてるんじゃないか? 邪魔したら悪いだろ」

「確かクリスマスは何もしない予定だって言ってたよ。ほら、牧会長と妃先輩ってそういうの疎そうじゃん」

「確かに。でも、いいのか?」

「なにが?」

「だって、ほら、二人っきりの方が、というか」

「ふふっ、蓮ってば、私と二人っきりじゃないとヤダ?」

「そ、そうは言ってないって」

「可愛い。でも、これからもずっと一緒なんだから。たまにはみんなで、っていうのもいいんじゃない?」

「そうだな。うん、呼んでみるよ」


 そのあと、妃たちに声をかけると人を集めてくれて。


 生徒会のメンバーが初めて、桐生の家にやってきた。


「おお、広い家だな。桐生君と加佐見さんの愛の巣か」

「先輩、おっさんみたいなこと言わないでください」

「はは、こうして人の家に招かれるのは久しぶりでな。興奮しているのだ」

「まあ、何もないところですけど、どうぞ」


 そのままリビングへ通して、三人にお茶を出していると加佐見がケーキを持ってやてくる。


「はい、切り分けておいたのでいっぱい食べてください」

「お、やっぱりクリスマスはケーキだな。牧、神原、いただこう」


 少し思った形とは違うけど、こういうクリスマスもいいかと。

 皆がケーキに舌鼓する顔を見ながら桐生は、少し顔をほころばす。


 そして、食べ終えた後皆で三学期のことについてや、妃の卒業後についてなど語り明かし。


 夜まで、そんな楽しい時間は続いた。

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