第34話 もう何を聞いても
「ん、君達、は?」
吃音で、振り向いた男子が桐生達に聞く。
「ああ、突然すまない。俺は同じクラスだった桐生だ。名前くらいは知ってるだろ?」
「きりゅ、う……ああ、君が、桐生か」
目は虚ろ、精気を感じない藤堂を見て加佐見は心配そうに桐生を見る。
「桐生君……」
「心配するなって。藤堂、聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
「ききたい、こと?」
「ああ、安藤のことについてだ」
単刀直入に。
桐生がそう告げるとさっきまで虚ろだった目が焦点を合わせ、そして露骨に嫌そうな顔になる。
「……今更、なにを、聞きたいんだ? もう、そっとしてて、よ」
「そりゃそうだろうな。でも、やられっぱなしでいいのか? お前、ずっと安藤にやられたトラウマと傷を抱えたまま、ここでひっそり死んでいくのか?」
「……僕だって、なりたくて、こうなったわけじゃ、ない」
「だったら協力してくれ。お前の証言が安藤の天下を終わらせる重要なキーになる」
「安藤の、天下が、おわ、る……」
頭に巻かれた包帯を見る限り、安藤に暴行された時に脳にも障害を負ったのだろう。
うまくしゃべれない様子を見て、桐生も辛い選択を迫っていることに少し躊躇する。
ただ、ここで藤堂が泣き寝入りしてしまったら、安藤を倒す手段はまた一から探すことになる。
心を鬼にして、藤堂に聞く。
「藤堂。安藤を倒すのはお前だ。いくら金を積まれたかは知らんが、世の中金で売っていいものとそうでないものがあることくらい、お前でもわかるだろ」
「……だけど、安藤に逆らったら、ここには、いられない」
「安藤のせいでそうなったってのに、安藤にすがって生きていきたいのか? 俺ならごめんだな。刺し違えてでも、安藤を倒したいと思うが」
「……そんなこと、僕には……」
桐生の強い言葉に反応しながらも、踏ん切りがつかない様子の藤堂を見て、ようやく加佐見が口を開く。
「藤堂君初めまして、加佐見って言います。あの、どうして藤堂君は安藤君にひどいことをされたの? ただの当てつけ? それとも何か理由があったのかしら」
「……加佐見、さん? ああ、君は加佐見さんの娘さんなんだ」
「え? ええと、私の親を知ってるの?」
「あ、ああ。ここに入院していた加佐見さんとは、リハビリでよく一緒になったから、ね。そっか、お父さんにはいつもお世話になったよ。あと、いろんな話も、きいた」
「そうなんだ。その節は父がお世話になりました」
「うう、ん。こっちこそだよ。ええと、安藤に、いじめられた理由、だったね。僕はね、安藤君と、同じ中学で、とても仲が良かったんだ。で、いっぱい悪いことを一緒に、した。だから、高校になって、真面目に更生しようとした、僕が、安藤君の悪事を漏らすのが、怖かったんだと、思う。それだけ、だよ」
遠い目をしながら、藤堂はつぶやくように言って。
そして、ゆっくりと体を動かしてベッドから足を出して床に置く。
「僕は、変わろうとしたんだ。だけど、安藤は、それを、許さなかった。だからこうなった。だから後悔、したんだ。悪いやつは、そのまま悪いやつでいればよかったのに、って。だけど、君のお父さんから、言われた。人は変わることが、できるって。過去の罪は、消えないけど、償うために、生きることは許される、って」
「父がそんなことを? まあ、確かに色々と恨みを買う人だったみたいだけど」
「なんだ、お父さんから、聞いてないのかい? かつてこの町で起きた、大規模な詐欺事件の、当事者に君の、お父さんがいたって、話を」
「……え?」
聞き取りにくい発音で話す藤堂の言葉も、桐生達の耳にははっきり届いた。
この町で起きた大規模な詐欺事件。
そして当事者に、加佐見の父がいた、と。
「そ、それって」
「きりゅ、う君のお父さんが、詐欺師にされた事件のこと、だよ。僕も、ずっときりゅうくんの父が悪者だと思ってた、けど。そうじゃないと、加佐見さんのお父さんから聞いた時は、びっくり、したよ」
「え、ええと。それって生徒会長さんのお母さんが裏切り者だったとか、そういう話? そこになんで父が? ねえ、どういうこと?」
「加佐見さん、落ち着け」
「あ、ごめん……」
取り乱す加佐見を桐生が止める。
そして、状況がよくわかっていない様子の藤堂に対して、桐生が改めて聞き直す。
「なあ藤堂、俺の親父が悪者にされた詐欺事件ってのに、加佐見さんの父親はどう関わったって言うんだ?」
「君の父と加佐見さんの、父親は、協力者だった、らしい。そして、裏切ったと。その時、交際していたのが、妃さんという、女性だったとも。彼女を使って、情報統制して、安藤から見返りをもらって、親友を、裏切ったんだ、って」
「……嘘、だろ?」
桐生は、思いがけない事実を聞いて唖然とする。
そして加佐見も。
今にもその場に崩れそうなほど弱弱しく立ち尽くして。
息をのむ。
「死期を、悟って、後悔したんだと、思うよ。で、身近な僕に話してくれた。安藤なんかに、金に目がくらんで、屈した自分が、情けない、って。鹿黒を殺したのは、俺も同然だ、って。だから、君達二人が一緒にいるのは、不思議な感じがする、よ」
最後の力を振り絞るように藤堂はそう告げて、そのあと体をよろめかせてベッドに横たわる。
「お、おい」
「すー、すー」
「……寝た、のか」
そのまま眠りについた藤堂を見ながら、桐生はここまでかと思い、机の上にあったメモ帳に自身の連絡先を書き残す。
「さて、あとはこいつから連絡が来るのを待つだけ……加佐見さん?」
「私のお父さんが……桐生君のお父さんを、裏切った……」
目を泳がせながら、いつもの毅然とした態度とは打って変る動揺した様子を見せる加佐見。
それを見て、桐生は戸惑いながらも。
敢えて強く、言う。
「……加佐見さんには関係ないだろ。帰らないならおいていくぞ」
「う、うん……で、でも」
「なんだ、俺が加佐見さんを親の仇のように扱ったほうが満足か?」
「そ、それは……」
「もう、今更誰がどう関わってても驚きやしないさ。それに……」
それに。
桐生は、この後の一言を言おうとして躊躇う。
言っていいものか。
ただ、まだ気に病んだ様子の加佐見を見ていると、言うしかないのだろうと。
それが慰みになるなら。
気休めになるなら。
彼女のためになるなら、と。
「……もう、俺は一人なんて耐えられないよ」
「……え? 桐生君、それって」
「勝手に押し掛けてきておいて、勝手にどっかに行ったりすんなって話だ。家でやってもらうことはたくさんある。ほら、帰るぞ」
「……うん。帰ろっか」
そのまま、病室を出る。
そして少し薄暗くなった外に出るとそのまま駅へ。
その間、二人はずっと無言だった。
ただ。
加佐見がどこかに行かないように、なのか。
桐生に逃げられないように、なのか。
二人は駅に向かう途中、固く手を繋いだままだった。
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