第26話 その一報を待つ

「……かかってこないな」


 風呂から出て、扇風機で火照った体を冷やしながら桐生はある人物からの連絡をリビングで待っていた。


 高田萌。

 安藤に交際を申し込まれ、そして断れずにいる同級生。

 彼女を救済することが、生徒会から課せられた課題。

 ただ、桐生は彼女をきっかけにあることを考えていた。


「でも、結局は高田さん次第だよな」


 と、残念そうにならないスマホを見てつぶやくと、キッチンからその様子を見ていた加佐見が、また少し拗ねたような顔をする。


「桐生君、ずっと高田さんの連絡待ってる。なんかやきもちだなあ」

「仕事だろ。それに、最初っからうまくいかなかったら元も子もない」

「わかってるけど……私の相手してくれないもん」

「……全部終わったら」

「え?」

「全部終わったら、飯でも行こう。その、なんだ、打ち上げってやつ、か」


 拗ねる加佐見を見て柄にもなく、桐生はそんな言葉を口走って、すぐに目を逸らす。 

 

「……ふふっ、それで機嫌とってるつもり?」

「別に、加佐見さんの機嫌なんて俺はどうだっていいけど」

「ふーん、そうなんだ。でも、約束だよ? 全部終わったら、ディナーデート。桐生君のおごりね」

「それはまあ……でも、今は目の前のことに集中したい。それはわかってくれ」

「うん。それじゃ私、先に寝るね。また明日、おやすみ桐生君」

「おやすみ」


 先に、加佐見は部屋に戻る。

 そして桐生はそのまま電話を待つ。

 もうすぐ日が変わる。


 やはり高田は頼ってこないのか。


 そう諦めかけて部屋に戻ろうかと思ったその時、スマホが鳴る。


「……もしもし、桐生ですが」

「高田だけど」


 高田から。

 少し不服そうな様子が声から伝わってくる。


「なんだ、遅かったな」

「今日中でしょ一応。で、あんたの話、聞かせなさいよ」

「まず最初にそっちからだ。救われたいのか、それとも一生安藤に怯えながら暮らしたいのか、どっちだ」

「……救ってっていえば、あんたが救ってくれるの?」


 高田の声が上ずる。

 ただ、桐生は冷静に返事をする。


「救わない。ていうか、俺ごときが誰かを救うなんて無理だ」

「……なにそれ。だったら」

「だからお前がやるんだよ。なんでも人任せにして、助かろうなんて都合よすぎるだろ。助かるための協力はしてやるけど、結果として自分を助けるのは高田さん自身だ」


 桐生は、妃に話をされた日からずっと考えていた。

 相手を救うとはなんだろう。

 安藤から救われる方法とはなんだろう。

 自分が他人にできることはなんだろう。


 そして、一つの答えにたどり着いた。

 

「目の前の嫌なことに蓋をしても、それは目を逸らしただけだ。根本的な解決になってないし、いずれまた、安藤は高田さんを苦しめる」

「……わかってるわよそんなこと。でも、安藤にどうやって対抗すれば」

「安藤じゃない。その脇を狙うんだよ」

「脇?」


 桐生は、安藤が群れて行動することを知っている。

 それはひとえに己に対する自信のなさから。

 だからその群れを崩してやって、安藤を丸裸にしてやることから始めようと。

 そして、そうやって最後には安藤を叩かなければ、結果として誰も救われないと。

 

「ああ、だから脇だ。安藤の金魚の糞がうようよいるだろ。あいつらとの関係性を崩して、安藤の牙城を崩すところが高田さんにできることだよ」

「……私、安藤をつぶすなんてことに協力すると言った覚えはないんだけど」

「でも、そうしなければいつまでもこのままだぞ。誰かに庇ってもらっても、そいつがいなくなったらまた安藤はやってくる。救われたきゃ戦え。その気がないなら一生安藤に怯えながら日陰で暮らせ」

「……で、何をすればいいの?」

「ああ、それについてだが」


 桐生は、高田に自分の考えたプランを説明する。

 高田はそれを電話の向こうで静かに聞いていた。

 やがて、すべての内容を言い終えると、高田が不満そうに声を発する。


「……そんなにうまくいくかしら」

「行くさ。安藤は育ちがいいからな、基本的に人を疑わない。疑う必要のない環境で育った故の弊害だ」

「まるで詐欺師ね、あなたって」

「違う。詐欺師の息子だよ」


 敢えて父親に関する細かい説明はせず、桐生は端的にそう返してから「明日の朝六時に正門で」と。

 それに対して高田は何も言わず電話を切る。


 長い電話が終わり、桐生はその場のソファに勢いよくもたれかかる。


「ふう……電話は苦手だ。表情が見えないからな」


 話が前に進んだ手ごたえと、一方で明日果たして自分の予想したとおりにことが運ぶかという不安が、桐生の中で同居する。

 それに、高田がうまくやれるかどうか。

 どこまで桐生を信じて動いてくれるか。

 それはもう、賭けとも呼べないものだった。


「……でも、それしかないんだよ。安藤がいる限り、ずっとあいつに怯えて暮らすことになる」


 桐生も。

 妃生徒会長も。

 世話になった店長や、島田も。


 安藤一家のせいで、苦汁をなめさせられてきた。


 それに神原や高田も。

 もしかしたら加佐見だって。

 このままだと、これから安藤という暴君に振り回されることだろう。


 だから皆を救う方法は安藤を徹底的につぶすしかない。

 そのための第一歩が明日の一戦だ。


「……寝よう。明日は早い」


 桐生は、もう一度大きく息を吐いてから部屋に戻る。


 そして今日は勉強机に向かうこともなく、そのままベッドに寝転んで目を閉じた。


 

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