第29話 魔王さまがそうなんじゃ
「なんだ、お前、こんなところまで俺に会いにきたのか? 可愛いところもあるじゃないか」
「いえ、わたしは道に迷っただけで……」
「いいじゃないか。ふぅん……こうして見ると、お前、結構かわいいじゃないか」
不躾な目で舐めるように見られる。
わたしは結構、この王子には同情的だった。もっと普通の家庭に生まれて、親の愛情を受けて育っていればもう少しまともだったのでは、と。
でも、そういう目で見られるのは全くもって、不快としか言いようがない。
「……お前、俺が好きなんだろう? また婚約してやってもいいぞ?」
「はあ?」
「だってお前、俺は嫌だって言ってたのに、お父様に頼んで俺と婚約させてもらってたんだろ?」
「違います。わたしは『命令』されていたんです」
王太子パンブレッドと婚約しなければ、王宮勤めを辞めさせると言われて、しょうがなく受け入れた。今になって思うことだけど、きっと、わたしが封じられた魔族の力を持って生まれてきたのだと気がついた国王陛下が、万が一でもわたしが国の外に出たりしないようにするために、そう命じたんだと思う。
「なあ……」
「やめてください、人を呼びますよ」
「こんなところ、まともな奴は来ねえよ。なあほら、こっち来いって……」
近寄るときつい酒の匂いがした。王子の手がわたしに伸びる。そして。
「あびびびびびびっ!?」
王子は感電した。
わたしはそれに懐かしさすら感じていた。そして、驚きもする。
(……わたし、この力まだあったんだ……)
この力は元々、魔王さまの力だったはずだ。全部、返してしまったと思っていたけれど。
つい、呆けて痺れている王子パンブレッドを眺めてしまう。
「……くそっ、お前、相変わらず……ふざけやがって……!」
「きゃっ」
パンブレッドがふらつきながら、足元の石をわたしに投げつける。大した痛さじゃないけど、反射的に身構えてしまう。ボーッとしてないでサッサと逃げて仕舞えばよかった。
と、そこで、わたしの視界が陰った。
「……おい、何をやっている」
「……!? 魔王さま!?」
なんでここに。
魔王さまがわたしを庇うようにしながら、パンブレッドを睨みつける。
「……呆れた。お前が王になっていれば、素晴らしい国の王になっていたことだろうな」
「お、お前はっ!」
「どうしてそう、触れもしない女を自分のものと思えるのだろうな?」
皮肉たっぷりに魔王さまがため息をつけば、王子は地団駄を踏み、魔王さまを睨みつける。
魔王さまは何も言わず、ただ手をかざした。わたしにはその魔力の流れが見えた。
「ぐっ、ぐううう!」
「おとなしく過ごしていればよいものを、バカな奴だ」
王子は魔王さまの魔力によって縛り上げられ、そしてそのまま憲兵隊に引き渡されていった。
未遂とはいえ、婦女暴行の罪は重く懲役刑は免れないらしい。
「……大丈夫だったか?」
「は、はい。わたしは、なんとも。どうして魔王さまはあそこに……?」
こんな人通りのない道。お店も何もない。わたしはぼんやり歩いててたどり着いてしまったけど、たまたま運良く知り合いに出会えるような場所じゃない。
「……お前の中に、まだ俺の魔力が残っているから、もしお前が力を使ったのならば、今どこにいるのかがわかるんだ」
「ええっ!?」
なんだか言いづらそうにしながらも、魔王さまは教えてくださった。
「……その力は、自分が拒絶したいと感じた相手をはじくことができる。この力が使われたのなら、あまり良い場面ではないだろうと」
「それで、きてくださったんですね」
魔王さまが来てくれなくても、多分──わたしは大丈夫だったと思う。
けど、魔王さまが心配して駆けつけてくれたことが、嬉しかった。
「ありがとうございます……」
「……すまん、その、言っていなくて」
「コレ、魔王さまのお力だったんですね。電撃ビリビリ」
力を使うと、わたしの居場所がわかるということについてだろう。魔王さまはバツが悪そうに、整った眉尻を下げていた。
「魔王さまがきてくださって、私、ホッとしました。でも、私、そこらの男の人に襲われたって平気ですよ。ホラ、それにまだ使える別の魔力もありますし……」
「……メリア。お前は……いや、君はもう、普通の女の子だろう」
真剣な眼差しで投げかけられた言葉にきょとん、と目を丸くしてしまう。
「ちょっと強い力を持っていても、君は……普通の女の子だ」
「え、えっと……」
魔王さまが何を言いたいのかわからなくて、口ごもってしまう。おずおずと背の高い魔王さまの顔を見上げると、なぜか魔王さまの頬が少し赤く染まった。
「……抵抗できる力を、たとえ持っていたとしても、嫌な気持ちにはなるだろう? 気をつけていてほしい。大丈夫だ、なんて言ってしまわないでくれ」
「……ええと」
「君は、その、かわいいから……」
「……」
返すべき言葉がすぐに出てこなかった。魔王さまが頬を赤らめて、照れ臭そうに言うものだから、わたしもつられて顔が火照ってしまった。
「……すまん、その、そういうことを言おうとしたわけじゃないんだが、なんだ。……あまり、無理をしないように」
「は、はい。ありがとうございます」
なんで二人して照れ合っているんだろう。
魔王さまに、年頃の女の子扱いをしていただくのはこれで二度目だなあとなんだか懐かしくなる。前はわたしが魔王さまの下着を洗おうとして遠慮された時に言われた。
「あの、わたしの……この力……魔王さまにお返ししないで、いいんですか?」
触れられた時に嫌だと思ったら電撃ビリビリする力。便利な力、だと思う。これから王になろうとしている魔王さまには、こういう自衛の力は役に立つんじゃないだろうか。
でも、魔王さまは首を横に振る。
「俺の力がお前を守ってやれるなら、それ以上のことはない。……いつか、君が……この人ならばと思える、そういう人物に会えるまで、きっと君を守るだろう」
そう言って、魔王さまは微笑んだ。あまりにも優しい眼差しを受け、胸がふわりとしたものに包まれた気持ちになったわたしは目を瞬く。
「……でも、それなら、魔王さまがそうなんじゃ……?」
「……………………え」
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