第24話 伝統あるボンクラ

 ──そして、それから少しして。



 わたしたちは正面突破でお城に乗り込んだ。


 と、いうのも、聖女のエミリーが国王陛下が捜索中のわたしを連れて、ついでに王子も引き連れて戻ってきたのだから、追い返されるはずもなかった。

 魔王さまとイージス、ディグレスさんがついてきたことも「メリアさんを見つけ出すのに協力して下さった人たちです!」とエミリーが一言言えば、それでクリアだった。


 しばらくずっと捕らわれて縄に縛られていた王子だけど、今は体のどこにも縄はない。無いけれど、実は目に見えないだけで魔王さまがずっと魔力で手足を拘束しているらしい。おかげで王子は自分の庭である王宮に戻ってきても大人しかった。


「……エミリー。急に姿をくらませて心配したが……メリアを連れ戻してくれたのか」

「はいっ、しばらく帰還せずすみませんでしたぁ」


 エミリーが国王陛下にフワフワと謝る。結構なフワフワ具合だが、エミリーの喋り方自体はいつもこんな感じだ。そして、『聖女』ゆえにそれが許されてきていた。


「……ついでに我が愚息も拾ってきたか。こんな息子だが、一応王家の血筋ではある。エミリーよ、よくやった」

「ありがとうございますぅ」

「……!!! ……!」


 本当なら王子はここで二言三言は文句を言うだろう。だが、王子の口は魔王さまの力によって塞がれていて、目を血走らせることくらいしかできなかった。


「……して、この者たちは」


 国王陛下は目線で魔王さまたちを指し示す。


「はいっ。メリアさんを保護してくださっていた方々たちですぅ!」

「……『保護』? メリアを?」


 エミリーの言葉に国王陛下の豊かな眉山が歪んだ。


「エミリーよ。それは一体」

「国王よ、貴様ならわかるだろう。外の世界の住人、俺たちは『魔族』だ」

「……。エミリー!!!」

「は、はいいっ」


 国王陛下の怒号に、反射的にエミリーはピシッと背を正し、敬礼した。


「エミリー、『聖女』であるお前がこやつらの正体がわからなかったわけではないだろう! どういうことだ!? 魔族を滅ぼすのが、お前の役目のはずだ!」

「べ、別に、魔族を滅ぼすためだけに力があるわけではないですもぉん……」


 小声でもにょもにょとエミリーが喋る。


「そう恐れるな。別にお前を取って食おうというわけじゃないんだ」


 国王の慌てぶりを鼻で笑い、魔王さまが国王陛下に近づいていく。『魔族』と聞いて足が竦んでしまったのか、側近の兵士たちはそれを止められず、魔王さまはカツカツと足音を響かせながら王座に向かう。


「……話をな、しにきたんだ」


「……ッ!!!」

「ああ、なに。悪いことをしたのは、お前じゃ無いよな? ……お前の先祖。俺たちを騙したのは、先祖のやったことだ」


 王座に座る陛下を青い瞳で見下ろして魔王さまは子どもに言い聞かすかのように言った。国王陛下は眉間に皺を寄せながら視線を彷徨わせる。


「聖女に頼んだんだ。お前と話がしたい、って」

「……!!!」


 ぐっ、と陛下は何かを堪えたような表情で歯を食いしばっていた。対して、魔王さまは悠然と国王陛下を見下ろしている。


 なんで国王陛下はこんなに魔王さまに怯えているのだろう。

 人類の脅威、圧倒的力を持つ存在への恐怖はわかる。だけど、国王陛下の抱く恐れはそういう恐怖ではなくて、もっと違う、明確な心当たりについて、それを指摘されることに怯えているのが見てとれた。


 単純に魔族の力を恐れているなら、もっと違うアクションになると思う。あんな、青い顔で王座に座ったきり硬直はしていない、もっと逃げ惑ってもいいはずだ。


 ──わたしは陛下の様子を、冷めた目で見ていた。元雇用主であるこの人のことを、真実を知った今、まるで信用する気になれないからだ。


「……ぷはっ! ち、父上!」


 緊張感漂う王の間に、王子の裏返った声が響いた。魔王さまの魔力による口の拘束が解かれたらしい。ただし、まだ身体の自由は奪われているようだったが。


「な、なぜ、黙り込んで魔族の言いなりになっているのです! 聖女エミリーはこやつらに騙されているのです、どうか王! 貴方のお言葉でエミリーの目を醒ませてください! 聖女エミリーさえいれば魔族など恐るるに足らずでしょう!?」


 この期に及んで王子はまだエミリーは王家の助けになってくれると期待しているらしい。王子のキラキラとした瞳に、エミリーは眉間に皺を寄せながら顔を逸らした。


「……大したものだな。よほど教育が良かったと見える」


 魔王さまがはあ、とため息をつく。


「まあ、王子は特別だと思いますが……」

「お前はこのボンクラどもがたまたまボンクラだと思っているのか?」

「えっ、ええっ!?」


 思わず口をついて出てしまった言葉に、魔王さまは薄く笑ってみせる。

 ボンクラは……ボンクラじゃないの? 


「たまたまボンクラに育ったわけじゃない。コイツらは数百年単位の筋金入りのボンクラ一族なんだよ」

「ど、どういうことです?」


 魔王さまの傍らでは国王陛下が苦虫を噛み潰したような顔でわなわなと震えていた。この感情が憤怒なのか、恐怖なのかはわからない。


「この国はその昔、『魔族と魔物は人類を脅かす害悪である』と吹聴し、魔王と魔族を封じ込める役目を引き受けた。その報酬として、世界中の国からこの国の王家は莫大な寄付を受け取っている」


 王の間に、魔王さまの声だけがシィンと響く。

 陛下は青い顔をしていたけれど、王子はきょとんと父親と魔王さまの顔を交互に見て、呑気に首を傾げていた。


「おそらく、今も……だろ? 腐った王家を継ぐ人物は愚かであればあるほど都合がいい。下手に賢い人間が王家を継いで、この実情を知って妙な義憤に駆られても困る。どうも、このバカ王子はまだ俺たちのことを何も知らなかったようだが、自分で何も考えられないような立派に愚かな王になってから、『王家と魔族の歴史』を教える手筈だったか?」


 陛下はぐ、と唸り声を抑える。


「どれだけお粗末な政治をしたところでこの国に生まれた人間は国の外には出られない。外には魔物がいるからな。そもそも、外国を知る機会もほとんどないんだから、自分の国の在り方に疑問を持ったりできないんだ。国の外に出るような要人たちはこの環境のおこぼれをもらっているし、文句は言わない、と」


 魔王さまは切れ長の瞳をますます細く狭めて言った。


「数百年、円熟されてきた伝統あるボンクラどもだ。コイツらは」

「……ぐ、ぐぬぬ……」

「世界中からの寄付金、それに加えて聖女を王家で囲って荒稼ぎ。……どれだけ私腹を肥やしているかな?」


 魔王さまはそう言って、国王陛下の腹肉をぶに、と摘んだ。……確かに、よく肥えている。バッと陛下は座り込んでいた王座から立ち上がり、魔王さまの手を振り払う。


「きっきさま! なぜそれを!」

「一つ、俺がお前たちに騙されて封印された張本人だから。もう一つは、全てを見通す『千里眼』の力を持った魔族がいるから、だ」


 魔王さまの言葉に国王陛下はじわじわと笑みを浮かべ、「ハハハ!」と高笑いを一度すると、ふんぞり返った。


「──は、ハン! そんなもの……証拠も何もない、言いがかりではないか!」

「証拠……そうですね」


 ディグレスさんが静かに呟く。眼鏡をかけていない彼のむき出しの瞳はギラギラと怪しく煌めいていた。国王陛下がヒッ、と息を呑むのが離れた位置にいるわたしにもよくわかった。アレは、人ならざるものの眼だった。


「……長い時を経て、劣化してはおりますが……。当時の王家が遺した魔族と魔物がいかに有害かを示した文書と、これらを封じる代わりに各国の王から多大な寄付金をもらうという契約書があります。この王家の紋章、お変わりないですよね?」


 ピラ、とディグレスさんが黄ばんだ紙を陛下に見せつけた。陛下の目が右から左、上から下へと動き、そして最後見開かれた。


「貴様、これをどこから!?」

「『千里眼』でちょっと見て、保管場所を知りました。それで、健脚自慢の彼にちょっと行って取ってきてもらったんです」

「ハハ、城の廊下は広くて走りやすくていーなー」

「は!?」


 いつの間に。わたしまで国王陛下と同じ顔をしてしまった。

 イージスはケロッと笑っているけれど、力を取り戻したイージスの素早さは異次元じみていた。本気で走ると、本当に姿が見えなくなるのだ。


 正面突破で城に乗り込み、王の間に案内されていくまでの間に、ディグレスさんが『千里眼』で契約書を見つけ出し、それをイージスがピュッと走って取りに行く。むちゃくちゃだ。


 ──しかし、そういうむちゃくちゃなことができるのが『魔族』なのだと、そういうことらしい。


 当時、この国の王家から……ううん、世界中の人間たちから危険視されていた理由も、頷ける。


「……貴様らが害悪というのは正しいことなのだからな! その契約書の存在が我らが王家を脅かす証拠には……」


「魔族が人類を害す存在であるということこそが、虚偽ならどうだ」

「…………ッ。そんなもの、証明できんだろう!」

「ディグレス」

「ええ、我が王。……ここにいる人たちに、全て、お見せすればよろしいのですかね?」


 ディグレスさんはゆったりと頷く。


 ここにいる人たちとは──。


 国王陛下が訝しげに眉を寄せるのと、王の間の扉が開かれるのはほとんど同時だった。


「……ッ!!!」


「──ストラリア王国、国王陛下。彼らの訴えは、真実なのですか?」

「ミカエル国王陛下、あなたは……。いや、この国は何を礎としたのですか……?」


 国の聖女として働いていたわたしは、彼らの顔は見覚えがあった。何度も外交の際にお会いしている。


 各国の要人、あるいは国王たちがズラリと、王の間に立ち並んで、我が国……『ストラリア王国』の国王を囲んだのだった。

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