第23話 わたしの魔力②


「馬鹿者、何をしようとしているんだ!」

「何って……。魔力を返していただこうと……」

「ソレ以外にもやり方はあるだろう!?」

「でも、それだとメリアさんは痛いじゃないですか」


 ソレ……って、マウストゥマウス……のことだよね。魔力の受け渡しってそんな物理的な方法でできるんだ……。


 二人はナニを話しているんだろうとぼーっと眺めていると、魔王さまがこちらを振り向き、コホンと咳払いをした。


「……メリア。身体的な接触による魔力の受け渡しと、血による受け渡し、どっちがいい」

「え、ええと、じゃあ、血……の方で……?」

「ありがとう、少し痛い思いはさせるが、あとで治そう」


 魔王さまは苦い顔で、わたしに二択を選ばせてくれた。選ばせてはくれたけど、なかなか難しい二択である。わたしの答えに、魔王さまは深く深くため息をつかれた。


 魔王さまは小さなナイフをどこからか取り出し、そしてわたしに手渡す。


「……すまないが、指先をほんの少しでいい。これで傷を作ってくれ。その血を飲ませてもらう」

「は、はい」


 言われた通りにわたしはナイフの先っちょをちょん、と当てて、軽く皮膚を切った。こんな小さな傷でいいのかと魔王さまを見上げると、魔王さまはこれでいいと頷かれた。


「では、お手を失礼」


 ディグレスさんが恭しく礼をし、まるでエスコートを請い願うように跪いてわたしの手をとり、そして指先に口付けた。


 今度は感電ビリビリはしなかったようだ。


「あ、あの、これ、血、足りてます? 大丈夫ですか? ホントに」

「……大丈夫ですよ。もう、これで、『視えて』ます」


 ニコ、とディグレスさんが微笑み、眼鏡を外す。金色の瞳を初めて直に見る。心なしか、鋭い目つきが少し和らいでいた。


「オレもやっといた方がいいの?」

「……そうだな」

「んじゃ、オレも!」


 イージスもサクッとわたしの手を掴んで、指をジュッと吸った。


「いだいっ!」

「あ、わりぃ。よくわかんねーから。あ、でも、なんか元気になってきたな」

「……女の子の指吸って元気になった、って言わない方がいいよ、イージス……」


 イージスはなんの悪気もないカラッとした笑顔を浮かべる。吸われた指先が痛い。ジンジンする。


「メリア。消毒しておこう」

「ま、魔王さま、ありがとうございます」


 魔王さまは準備が良くて、消毒液とガーゼも用意してくださっていた。わたしの指を切って、魔力の受け渡しをお願いするというのは、魔王さまの予定にあったのだろう。

 魔王さまの白魚のような指が、わたしの手を包み、消毒液を染み込ませたガーゼで傷口を優しく拭いてくださった。


「……すまないが、俺も、魔力を返してもらわないといけない。……いいだろうか」

「あっ、はい、もちろん!」


 小さな傷口で、ガーゼで拭き取りまでしてもらったからもうほとんど血は止まっている気がする。もう一度、ナイフで切ったほうが良いだろうか。そう思っている間に、魔王さまは私の手をとり、口付けるように唇をそこに添えた。


「……」


 一瞬で離れたディグレスさんと違い、魔王さまのそれは長かった、気がする。実際に長かったかはわからない。


「ま、魔王さま」


 なんだか気恥ずかしくなってしまって声をかける。

 しばらくして、魔王さまはやっとわたしの手を解放した。


「……すまん、もう、大丈夫だ」

「よ、よかったです。……あれっ?」


 わたしは急に足の力が入らなくなって、ガクッと膝を折った。前向きに倒れそうになったのを魔王さまが抱き留める。


「身体に今まであった魔力が失われた分、体内のバランスが崩れて不調が出ているんだろう。すまない、今日はもう休んでくれ」

「は、はい」


 バクバクと心臓が高鳴る。動悸がして、頭がクラクラとした。

 ……魔王さまの体の温もりが気持ちいい。


「……部屋まで運ぼう。みんな、少し待っていてくれ」


 魔王さまはそう呼びかけると、わたしを横抱きにして食堂を出て行った。


「あ、あの、重くないですか?」

「……重くない。お前は軽い。それに、お前から魔力を返してもらった今、俺は絶好調だ」

「そ、そうなんですね。あの、アレっぽっちの血でいいんですか?」

「血の量自体は問題じゃない。……大丈夫だ」

「そ、そうですか」


 わたしはなんだか恥ずかしくて、もごもごと話してしまう。


「……部屋の中に入っても平気か? ここで降ろすか?」

「えっ? ええと……」


 聞かれて、わたしはなぜか迷ってしまう。魔王さまが部屋の中に入ることに問題はない、でも、ここで降ろされても、いくらフラフラとはいっても、部屋の目の前まで来ているなら、さすがにもう大丈夫だ。

 何を迷っているかわからないわたしは、部屋の中まで連れて行ってほしいとお願いしてしまった。魔王さまは静かな声で「わかった」と頷く。


 魔王さまは飾り気のないわたしの部屋に入り、真っ直ぐにベッドまで向かって、ゆっくりとわたしの身体をそこに横たえた。


(……)


 魔王さまの体が離れると、また動悸がしてきた。


「……これから、みんなとは城へ乗り込む計画について話し合う。お前には後から説明しよう。だから、今日はもうゆっくりと休んでいてくれ」


 魔王さまはわたしの額を撫でる。離れていった温もりが、また触れてきてくれて嬉しいと思った。

 ──これは、身体の中にあった魔力をみんなに返したからだろうか。身体の調子が整わない、それ以上に、なんだか身体に穴が空いたような、そんな気持ちになっていた。


 魔王さまの手が離れていく。気がつけば、わたしは魔王さまの手を掴んでいた。


「……魔王さまに触れてもらっていると、安心します……」

「…………」


 魔王さまの眼がこれ以上なくまんまるく、キョトンとしているのを見て、わたしはようやく我に返る。


「すすすすすみません!? あの、なんか、なんでしょうね!? 人肌恋しいみたいな!?」

「い、いや、構わん」

「す、すみません……」


「……俺たち魔族には、魔力回路という器官がある。それによって、身体中に魔力が巡っていくのだが」


 魔王さまがぽつり、ぽつりとお話し始めるのを、わたしは身を小さくしながらおとなしく耳を傾けた。


「魔力が封じられた身として産まれてきたお前にも、魔族のものとは違うかもしれないが、同じような器官があるんだろう。血液が流れるように、魔力が身体の中を流れていく感覚が、あるはずだ」


 身体の中を流れていく感覚──それには心当たりがあった。サアッと、音を立てて身体の中を巡っていくもの。それが魔力だったと知ったのは最近のことだったけれど。

 強い力を使うと、全力で走ったときと同じように動悸がしたものだった。


「お前の身体にある魔力の多くは、俺のものだった。だから、俺の身体に戻っていった魔力が、お前にとっては恋しく、懐かしく……感じられて、そうなるのではないだろうか」

「なっ、なるほど!?」


 魔王さまの言っていることは三割ほども理解できてないけど、わたしはコクコク頷いた。なんとなく、それっぽい道理を説明してくれてありがたい。恥ずかしさが紛れる。


「な、なんとなくわかります。魔王さまに抱き留めてもらった時からわたし……魔王さまに触れていると安心して。魔王さまにお返しした魔力が懐かしかったんですね」

「…………きっと、そうだ」


 魔王さまは深く、頷かれた。魔力のスペシャリストの魔王さまにもお墨付きをいただいたのだから、そうに決まっている。

 原因がわかったら、わたしはなんだかドッと肩の荷が降りた思いだった。


「魔王さま、ありがとうございます。……おやすみなさい」

「礼を言うのは俺のほうだ。魔力を返してくれてありがとう、お前の身体を思いやってやれずに、悪かった。……おやすみ」


 魔王さまが微笑むのを見て、ドクンと魔力が脈打ったけれど、安心感の方がまさった。


 お城に乗り込んで、国王陛下をギャフンと言わせるという魔王さま。何を、どうやって、何をするのかはわからないけれど……わたしは魔王さまを信じて、ついていこうと思う。


 何気なく、ナイフで切った指を見ると、いつの間にか傷口はすっかり塞がっていた。いつの間に、魔王さまは治してくださっていたんだろう。



 ◆



(そういえば、さっきイージスもディグレスさんも、わたしに触って平気だったなあ)


 まあディグレスさんの顎クイには電撃ビリビリしたけど。アレは唐突すぎてビックリした。魔族的にはアレ、大したことないんだろうか。魔王さまの反応的にそんなことはない感じもするけど、魔王さまがウブなのか、ディグレスさんの思い切りがいいのか。


 さっき手に触れられても大丈夫だったのは前もって『触られる』とわかっていたからだろうか。王子なんかだと、コイツ触ってくるなとわかっていてもなんでも感電していたけれど。触り方の問題なのか。


(……わたしが嫌って思ってなければ大丈夫……って、ことなのかな?)


 自分の奇妙な体質のその発動条件を改めて考え直したりしつつ、夜は更けていった。

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