お正月特大号 スピンオフ スポーツフェスティバル

【作者からのおことわり】

 このスピンオフはもしもバークヒルズが平和だったらという仮定で書かれていますにゃ。

 時系列は第一部 第一章 ギャングスターの直後辺りですにゃ。

 物資が足りないとか娯楽が少ないとかいつも言ってるのにスポーツやる余裕はあるのかよと言いたいところですが、その辺はなんか都合いい感じになってますにゃ。

 一部キャラ崩壊しているやつらや「こいつこんなキャラだったんだ」ってやつがいますが、楽しくて羽目を外しちゃってるんだなと思ってくださいにゃ!!

 温かい目で見守ってなのにゃ!!


●出場者募集!


 バークヒルズの中央広場でアトラスとハーディ、ローディ、コーディのグラス3兄弟が人を呼び込んでいた。

「アトラス兄さん主催!」

「バークヒルズ全員対象!」

「スポーツフェスティバルの出場者を募集してま~す!」

 ハーディが手書きのポスターを町ゆく人達に見せるが町の人達の反応はイマイチだ。アトラスとグラス3兄弟の呼びかけに人々はあまり乗ってくれない。

 そこへアマンダとニッキーが現れた。

「スポーツフェスティバル? 何それ! 楽しそう!」

 ニッキーの明るい声で多くの人が振り向いた。

(しめた!)

 アトラスは町一番のお祭り女ニッキーの手を借りることを企てた。

「ニッキー! ちょうどいい所に来た。このスポーツフェスティバルは男も女も関係なく出場できるよ」

「本当に? 私でも出られる競技があるかしら?」

「君なら射撃の近距離かな。それか、障害物競走は?」

「障害物競走なんてのがあるの?」

 ニッキーは興味津々だ。アマンダも少し気になっている様子でいる。ニッキーとアトラスが楽しそうに話していると、今度は昼休憩中のジェシーがやって来た。

「ニッキーも障害物競走に出るのか?」

「“も”って、まさか、ジェシーさんも出るの!?」

 ニッキーはローディが持っている出場者の名簿に滑らかな筆跡で書かれたジェシーのサインを見つけた。

「スポーツフェスティバルは僕のためにあるようなものだ。全ての競技で優勝してみせるよ」

 さすがはギャング最強の男というだけはある。自信満々に全競技優勝宣言をするジェシーにニッキーは対抗心を燃やした。

「へえ、ジェシーさん。あなただって苦手な競技の1つくらいあるでしょうに」

「僕に苦手などない」

 ゴゴゴゴゴゴゴという擬音が聞こえてきそうな空気が2人の間に広がる。

「はいはーい、勝手に少年漫画しないでー」

「ニッキー、出場するならここにサインを」

 ニッキーはニコニコしながら障害物競走に自分の名前を書いた。

「アマンダ、他にも出場してくれる人がいないか探しに行こう!」

 ニッキーはそう言っているが本当はジェシーに対抗できる出場者を見つけ出そうという魂胆だ。

「待って! 私も出るから!」

 アマンダも自分の名前を出場したい競技の欄に走り書きしてニッキーを追いかけた。

「俺も出たい!」

「私も!」

 アマンダとニッキーがいなくなると、その場にいた人達がこぞって参加表明し始めた。


●テニス


 バークヒルズにまともなスポーツ競技ができる設備はない。スポーツフェスティバル初日、余り物で作ったネットを張った簡易なコートでテニスの試合が始まった。

 テニスの最有力候補はもちろんジェシーだ。ジェシーの子供の頃の得意なスポーツはテニスだった。

「きゃあああああ!!」

 ジェシーのことをよく知らない下の世代の女の子達がジェシーの試合を見に来ていた。

「すげえな、ジェシー人気」

「まあこんなもんだろ。ここ数年静かだっただけだ」

「アイツの怖さを知らないんだ、あの子達は」

 グラス3兄弟は事務席でそんなことを言いながら競技を見守っている。

 ジェシーは順調に勝ち上がっていった。テニスは比較的競技人口が多く個人戦なので出場者数はそれなりに多い。しかし、ジェシーは総当たり戦で誰にも1ゲームも取らせずに次々と相手をコテンパンに負かした。

「アイツ、何であんなに強えんだよ!」

 という声が聞こえてくる。ジェシーは不敵な笑みを浮かべて言い放った。

「ふふふ、僕は病院でこの町の人達全員の診療の手伝いをしている。その人の骨格や筋肉の付き方、持病や過去の怪我の名残、体の癖を熟知している。対戦相手の苦手なコースくらいすぐわかる」

「卑怯だ!! あの野郎、結構卑怯な手使いやがるぞ!」

「審判! アイツあんなこと言ってますけど!!」

 主審のアトラスに大勢が異を唱える。アトラスはちょっと困惑気味だ。

「え、でも……テニスってそういう競技じゃないの?」

「この人も同じだった!」

「くそお! この町に卑怯じゃない人はいないのか!!」

「無理言うな!! ここは“閉ざされた町”バークヒルズだぞ!!」

「この町にスポーツマンシップはないのかよ!!」

 試合再開し、ジェシーは左目の視野が狭い対戦相手にわざと左のコースばかり狙った。

「お見通しなんだよ!」

「パクリにならない感じにそれっぽいこと言った!!」

「最低だぞ!! お前!!」

「それで勝って嬉しいのか!!」

 外野のブーイングも虚しく、ジェシーはテニスで優勝した。


●重量挙げ


 重量挙げに使うのは小麦袋だ。バークヒルズで調達できる重さのわかる物で最も重い物がこれしかない。長い棒の端と端にかごをつけてその上に左右均等に小麦袋を置いて重さを調節する。

「ふんぬっ!」

 堂々の1位はグレイブだ。150kgの小麦袋を担いで優勝した。

「さすがグレイブ兄さん!」

「毎日通常の3倍の飯食ってるだけあるぜ!」

 観客の中には日頃略奪部隊でしごかれている弟達がいる。グレイブは弟達にガッツポーズをする。

「150kgか。負傷したやつ2人は担いで帰ってこられるってわけだな」

ジェシーがぼそっと呟く。

「ジェシーさん? 何ですか、その計算?」

たまたま隣にいたニッキーは聞き逃さなかった。ニッキーは戦場で血まみれの弟を2人担いで戻ってくるグレイブを想像する。

「え? いや、別に何でもないよ」

 ジェシーは恥ずかしそうに顔を赤らめる。

「ギャングって普段の発想からしてバイオレンスよね」

「わ、悪かったな」

「私とニッキーとジェシー兄さんでも150kgくらいじゃない?」

 アマンダもズレたことを言う。

「アマンダ、そういう問題じゃない」

「何で僕までグレイブ兄さんに担がれなきゃならないんだよ」

「ジェシーさん、それもちょっと違う」

 ニッキーは自分だけモヤモヤしてるような気がしてならなかった。

「それより、ジェシーさん。重量挙げは出ないの?」

「は? そんなわけないだろ」

「だって、全競技出るって言ってたじゃないですか」

「違う違う。僕が出る種目では全競技で優勝するって言ったんだ」

「なんだ、残念」

 バークヒルズは肉体労働が基本なので皆それなりの記録を出すのではないかと予想されたがそうでもなかった。日常的に1人で100kgを超える重い物を持つ必要性がないので、バランスを崩すなどして多くの体力自慢がリタイアした。

「2位が決まったぞ!」

「誰だ!?」

 135kgを持ち上げて準優勝したのはドロシーだった。

「やだ、私、2位なんですか?」

 オロオロしながらドロシーが表彰台に誘導される。

「うおおおおおおおお!!」

「ドロシーすげえええええ!!!」

「俺達のドロシーいいいいい!!!!」

 ギャングの男達はドロシーの活躍に沸き立った。


●射撃(近距離)


 射撃は特別ルールで2種目開催される。

 「射撃(近距離)」は簡単に言えば早撃ちだ。ピストルで5つの缶を撃ち落とした時間で競われる。

 これもギャングが優勢と思われたが、意外な結果が出た。

「クソ、銃なんか撃ったの何年振りだと思ってるんだ!」

 ジェシーがピストルの扱いにもたついている隣で信じがたいスピードで缶を撃ち落とす人物がいた。

「だ、ダニエル!?」

「ニッキーもなかなか早いぞ!」

 鉄工所勤務のダニエルは銃の手入れも仕事の1つだ。手入れし終わった銃の試し撃ちをするうちに射撃が上手になったというわけだ。

 ニッキーはたまたま銃の素質があっただけで特筆すべき何かがあるわけではなかった。

 シュパアアアアン!

 とある射場では異様な発砲音が鳴っていた。

「アマンダ! 缶をコピアガンで丸焦げにするのは反則だよ!」

 アトラスが走ってきてアマンダからコピアガンを奪い取る。

「ええ!? これダメなの?」

「逆に何でいいと思ったの!?」

「アマンダ! 大勢いる所でコピアガン撃つな!」

「げっ、ジェシー兄さん!」

「ずっといたのに今気付いたみたいなの何!?」

 「射撃(近距離)」ではダニエルが優勝、ニッキーが準優勝を果たした。ギャングのメンバー以外のワンツーフィニッシュという結果に見ていた皆が驚いた。


●射撃(遠距離)


 「射撃(遠距離)」は遠くの射撃場で行われるライフル競技だ。遠すぎて見えないので望遠鏡で的を見てもらうアシスタントを1人選ぶことができる。

 優勝候補の元報復部隊のホークはビルにアシスタントを頼んでメンテナンスと試射を始めていた。

 その横ではアトラスがライフルを担いで射場に入場する。

「え、アトラスさんも出るの?」

 ニッキーは思わず言ってしまう。

「これだけはね、僕にもできる唯一のスポーツなんだ。と言っても、ダニエルと同じで日頃の仕事が活かされているだけなんだけどね」

 アトラスは武器庫番をしながら鉄工所と手分けして銃の手入れをやっている。特にライフルが撃てる人員が少ないのでアトラスはいつも手入れ後の試し撃ちをしていた。

 射撃は集中力が要の競技で体力がないアトラスでもある程度はモノにできる珍しいスポーツだった。加えて今回の特別ルールは短時間で終わらせられるのでアトラスでも耐えられる。

「ニッキー」

 ジョンがニッキーに望遠鏡を投げて寄越した。ニッキーは反射的にキャッチする。

「は? 何?」

「頼めるか?」

 ジョンはニッキーにアシスタントを打診してきたのだった。

「私!?」

「他にいないんだよ」

 ニッキーは突然のジョンからの頼みに悩んだ。

「でも、やったことないんだけど」

「望遠鏡で覗いて、弾が当たった所を教えてくれるだけでいい」

「それでいいの?」

「ああ」

 ニッキーはよくわからないまま射場に入っていく。

「ちょっとジェシーさん!!」

 体に合うライフルを選んでいるジェシーをパリスが大声で呼んだ。

「どうした、パリス?」

「少しは救護班の仕事もしてください! ジェシーさんのせいでテニス出場者の人達の古傷が開いたり持病が再発したりしてるんですよ!!」

「ええ!?」

 プンプン怒るパリスに引っ張られていき、ジェシーは「射撃(遠距離)」を棄権せざるを得なくなった。

 試射の間、ジョンはニッキーにある程度のルールを教えた。

「遠距離は近距離と違って得点制だ。丸い的の中心が10点で中心から離れるにつれて点数が下がる。今回は30発撃てることになってる。的は6枚だ。5発ずつ撃って次の的に替える。5発目が撃ち終わって10秒後に新しい的が貼り替えられるから、それもよく見ててくれ。1枚に6発以上撃ち込んだら失格だ」

「え、そうなの?」

「本当は1枚ずつ替えたいところだが的が足りないんだ。わかりにくくなるが仕方ない。質問は?」

「あっちに貼り替えてくれる人がいるの?」

「鉄工所のメンバーが塹壕にいるんだ」

「そうなんだ」

「じゃあ試射始めるぞ」

「はい」

 ホークはとても静かに試射を終わらせていた。ビルとの連携も見事で全く問題なさそうだ。

「アトラス兄さん、あともう0.1度だけ7時の方向にズラせますか?」

「OK」

 アトラスはローディの細かすぎるアドバイスに巧みに答えている。

 ジョンは撃ってみて、3秒後にニッキーに声をかける。

「どうだ?」

「9点じゃない? 多分」

「見せてみろ」

 ニッキーから望遠鏡を渡され、ジョンは自分の撃った的を見る。そもそもジョンの望遠鏡はレンズが割れているのではっきり見えない。

「まあそうだろうな」

 よく見えないのでジョンも大体でいいかという判断だった。

 結果は1位ホーク、2位アトラス、3位ジョンだった。

 回収された的を見て一同は歓声を上げた。ホークの的は全て10点の所を撃ち抜かれていた。

「ホークもすごいけど、ローレンスおじさんはもっとすごかったよ」

 アトラスが言う。

「ローレンスおじさんの撃った的を重ねると綺麗に向こうが見えるんだ。穴が全く同じ所に空いているんだよ。寸分違わずね。そのくらい正確に狙撃ができなきゃ、仲間を守れなかったんだよ」

 紛争時代を知らない世代はなんとも居た堪れない空気になった。


●障害物競走


 障害物競走の注目選手はこの2人だ。身軽さでは誰にも負けないジェシーと父の目を掻い潜ってはギャングの敷地に入り込んで遊んでいたニッキー。他の出場者も大勢いるが、優勝争いはこの2人だと誰もが思った。

「ニッキー、悪いけどこの障害物競走だけは普通のスポーツの域を超えた特別ルールが採用されているんだ」

「何ですか、それ?」

「出場者は他の出場者の障害を自ら作り出してもいいというルールだ」

「それ、ズルくないですか?」

 ジェシーは普段から持ち歩いているロープを結んで輪っかを作っている。

「よーい、スタート!」

 審判のアトラスの掛け声で一斉に出場者が走り出した。

 勢いよく飛び出してトップを走るのはジェシーだ。ジェシーはポケットから何かを取り出してまだ障害物のない平坦な道に撒き散らす。それは初日に使ったテニスボールだ。

「うわ! 邪魔! 何なのこれ!!?」

 暫定2位につけていたニッキーがテニスボールをもろに喰らう。後ろの方でも悲鳴が聞こえてくる。

「ほんっとに卑怯ね、ジェシーさん。何であんなに根性曲がりになっちゃったのかしら」

 ジェシーの妨害作戦で完全に頭に来たニッキーは猛スピードでジェシーに追いついた。ジェシーは網の下を匍匐前進で潜り始めている。

「こういうのは体が柔らかい方が得意なんじゃない?」

 ニッキーは服が土で汚れるのも構わずスイスイと進んで行った。

「ジェシーさん、お先」

「ニッキー!」

 ニッキーが網の下を這い出てすぐにジェシーも網から脱出した。先を走るニッキーにジェシーは開始前に作っていた投げ縄を放る。

「だと思ったわよ!」

 ニッキーは瞬時に振り返り、投げ縄を掴み取ると、ジェシーに投げ返した。

「わ! バカ!」

 ジェシーは縄を引っ張って制御しようとする。後ろから追いかけてきた出場者が縄に引っかかりすっ転んだ。体重の軽いジェシーはその衝撃で場外に吹っ飛んだ。

「ザマァみろ!!」

 ニッキーはガッツポーズをして砂埃まみれのジェシーを煽った。

「場外に出たって失格じゃないんだぞ!」

 さらにスピードを上げたジェシーがニッキーを追う。ニッキーはうんていの棒にぶら下がってゆっくり進んでいた。

「ニッキー、これはこう使うんだよ」

 ジェシーはうんていの上によじ登り、ニッキーの手を踏まないようにスタスタとうんていを突破した。

「それアリなの!?」

 ニッキーは悔しさを滲ませてうんていにぶら下がり続ける。

 その後もいくつかの障害物を乗り越えて、ニッキーとジェシーは最後の難関に差し掛かった。

「え、ええ……?」

「誰よ!? これ考えたの!」

 ためらう2人の目の前にあるのは火のついた輪っかだった。

「火の輪くぐりってどこの時代遅れのサーカスなのよ!」

 ゴールテープの前ではアトラスが楽しそうに2人に手を振っている。

「ほらほら! それくぐった方が優勝だよ!」

 ジェシーとニッキーは喜びと期待を滲ませた笑顔に、主犯はアトラスだと察した。

「ニッキー、今日ばかりは僕はアトラス兄さんを憎いと思うよ」

「同感です。あとで一緒に殴りに行きましょう」

 ジェシーとニッキーは2人同時に動いた。

「先にくぐるのは私よ!」

「いや、僕だ!」

 ニッキーとジェシーの攻防はいつの間にか掴み合いのケンカになった。手加減してはいるものの、後ろから追いついた出場者が唖然として立ち止まる気迫があった。

「おい! 何だこの騒ぎは!?」

 そこへ何にも知らないギャバンが現れる。

「げっ、ギャバンおじさん!」

 アトラスはゴール付近からこっそりいなくなろうとする。ギャバンはそれを見つけて怒鳴り散らす。

「アトラス!! 何だこの火のついた輪っかは!? こんなもんくぐらせるつもりなのか!」

「ひぃいっ! ごめんなさい!!」

 アトラスはギャバンに追いかけられてスポーツフェスティバルの会場から逃げ出して行った。

 障害物競走は無効試合になった。


●バレーボール(3 on 3)


 ギャバンとアトラスが戻ってきた。

「スポーツフェスティバルをするのは構わんが、一体何だあの危ない障害物は。ハードルとか平均台とかだろ、普通」

 かなりひどく叱られたアトラスはげっそりしている。

 競技場(といってもバークヒルズの郊外の空き地をそれっぽく整地しただけ)ではアトラスを殴るために一時的に同盟を組んだジェシーとニッキーが待ち構えていた。

「アトラス兄さん、ごめんね。でも、あれはないと思う」

「アトラスさん、覚悟はいいですか?」

「わー!! 待って、待って! 謝るから!!」

「謝って済むことじゃない!!」

「お尻に火つけられないだけマシだと思いなさいよ!」

 尻尾巻いて逃げようとするアトラスと暴走して手が付けられないジェシーとニッキーの間にコーディが割って入った。

「ストーップ!!」

「邪魔しないでよ、コーディ兄さん!」

「こういう時はスポーツでカタをつけよう! スポーツマンシップだ!」

「そんな言い訳が通用するもんですか!」

 アトラスの代わりにバシバシと2人から叩かれ文句を言われるコーディ。ハーディとローディは「だからやめとけって言ったのに」という顔で遠くから眺めている。

「おい! 俺に八つ当たりやめろ! そんなにアトラス兄さんの悪乗りにムカついたなら、俺達と勝負だ!」

 コーディの発言にハーディとローディが「え?」という顔をする。

「団体戦、やろうぜ!」

 コーディが親指を立ててキリっとポーズを取る。

「種目はバレーボールだ!」


*      *     *


 なぜバレーボールかというと、話は簡単だ。コーディがバレーボールをやりたかったからだ。

 それに、バークヒルズにたまたまバレーボール用のボールがあったというだけだ。設備の都合上開催が難しい種目が多い中で、バレーボールはボールとネットさえあればとりあえずなんとかなる。テニスの時に使ったネットを高くするだけでコートは完成だ。

 チーム編成は以下の通りだ。今回は3人制の特別ルールで行われる。


☆アトラスチーム


ハーディ(セッター)

ローディ(レシーバー)

コーディ(アタッカー)


♡ジェシーチーム


ジェシー(セッター)

ジョン(レシーバー)

ダニエル(アタッカー)


 ジェシーからバレーボールの試合に出てくれないかと説得された時、ジョンは乗り気ではなかった。

「何で俺が」

 自分が出たい競技が終わって一息つきながら仕出し弁当のベーコンレタスサンドを食べていたジョンは渋った。

「お前足腰強いだろ。レシーバーやってくれ」

「嫌っすよ。俺もう十分楽しんだし」

「何で断るんだよ」

「他にやりたいやついないんすか? 俺、反射神経そんなによくないし、バレーボール向いてないっす」

「皆から断られてるんだよ!! もうお前しか残ってないんだよ、頼むよ!」

「やっぱ俺最後じゃないっすか。どんだけ人望ないんだよ、ジェシー兄さん」

「うるさいな!」

「そんな態度だから弟達から嫌われるんですよ」

「いいから早く準備しろよ!」

「飯くらいゆっくり食わせてくださいよ」

 その時、ニッキーがダニエルを連れてジェシーとジョンのところへ来た。

「ジェシーさん! アタッカー見つかりましたよ!」

 満面の笑みで近づいてくるニッキーを見てジョンは急に真面目な顔して立ち上がる。

「ジェシー兄さんがそこまで言うなら、仕方ないっす。誰よりも成果上げてやりますよ」

「ジョンもジェシーさんのチームか?」

「そうだ。頼むぜ、アタッカー」

「なら、俺も負けてられないな」

 何故か仲間同士でバチバチと火花を散らせるジョンとダニエル。ジェシーも珍しくアトラスへの憎しみを瞳に宿らせてコートに入場した。

 試合開始はローディのサーブから始まった。手本の通りといった感じの普通のサーブだ。

「ジョン!」

 ジェシーがジョンに声をかける。ジョンは真っ直ぐ自分の方へ向かってくるサーブを綺麗に受ける。

「いいぞ!」

 ジェシーは細長くしなやかな指でダニエルにボールを放る。ダニエルの眼前にはハーディとコーディがブロックにつく。3人しかいないコートで2人のブロック。これはなかなか自信がないとできない。

「おりゃあ!」

 ダニエルはコートの反対に向けて鋭いスパイクを打った。つもりだった。

「おおおおおおお!!」

 観客席から歓声が上がる。ダニエルのコースを読んでいたのか、ローディが素早く動いてダニエルのスパイクを受け止めた。ローディの真上に高く上がるボール。

「っしゃ、任せろ!」

 コーディがスパイクの助走に入る。

「下がれ!」

 コーディの高速で伸びのあるスパイクを知っているジェシーはジョンとダニエルに指示する。

 その時、ハーディが片手でトンと軽くボールを突いた。ボールはネットを飛び越えて落下していく

「あっ」

 ジェシーの速度でも間に合わなかった。地面にスライディングして、ジェシーは砂まみれになった。

「ツーで返すとか! ツーで返すとか!!」

 ジェシーはすかさず立ち上がってハーディに悪態をつく。

「何が言いたい? これはそういう競技だろ」

「く~~っ!!」

 ハーディの挑発にジェシーは言葉も出ないほど悔しがった。

 バレーボールの試合は飛び入りだったので他の競技と並行して行われた。牛の乳搾り競争をやっている隣で1時間半に及ぶ白熱した戦いが繰り広げられた。

 牛の乳搾り競争の観戦を終えて様子を見に来たアマンダがニッキーとパリス、アトラスのいる場所に加わる。

「そっちどうだった?」

 パリスが牛の乳搾り競争の結果を聞く。

「リリアンのお母さんが優勝しました」

「さすがね」

 牛の乳搾り競争の会場では団子鼻で太っ腹のリリアンの母イボンヌ・コースターが優勝賞品のグリーンピースの缶詰1週間分を受け取っていた。ついでに搾りたての牛乳がその場で煮沸消毒されてホットミルクとして出場者と観客に配られていた。

 バレーボールを見に来る観客はまばらだった。ほとんどの人は最終日の明日の競技に備えて今日は疲れを癒したいのだ。時刻は16時を過ぎ、日が傾き始めていた。

 3セット目は23対24でジェシーチームがリードしていた。

「あと1点だと思って油断するなよ」

 ハーディがジェシーに揺さぶりをかけてきた。

「僕がいつ油断したって?」

「お前は自分の強さに頼り切っている。それじゃ自分はよくても周りはついてこない」

「僕は自分が強いなんて思ったことはない」

 ジェシーは後ろを向いてダニエルに声をかけた。

「ダニエル、後ろ代われ」

「え!? 俺、前!?」

 最後の最後にポジション移動なんて普通はやらない。ダニエルの驚きはもっともだった。

「お前はそこにいるだけでいい」

「いるだけでって……? は、はい、やりますよ、やりますったら」

 ダニエルは動揺していたが、ジェシーの向こうの観客席のニッキーを見てから返事を変えた。ニッキーは大声でジェシーチームを応援していた。

「あと1点よ! 頑張れー!!」

 報復部隊との事件があってからほとんど会えなくなったニッキーが今自分が出ている試合を食い入るように見ている。しかも本気で応援してくれている。こんな嬉しいことがあっていいのか。

「おい、頭気を付けろよ。ジェシー兄さんはノーコンだぞ」

 ジョンがダニエルに釘を刺す。

「お前、今日全然活躍してないくせによく言うな、ジョン」

「コーディ兄さんのスパイク何本取ったと思ってんだよ」

「半分くらいこっちのアウトになったじゃないか」

「仲間同士で罵り合うな。それに、僕はノーコンじゃない」

 ジェシーはサービスゾーンの外側ギリギリまで下がった。

「僕は弱い。だから何でも利用して勝ちを奪いに行く」

ジェシーはボールを両手で空高く上げて助走を取った。

 ふわっと天高く舞い上がるジェシーはまるで天界へと飛び立つ大天使のようだった。夕日を浴びて煌々と輝くジェシーの最高到達点はおそらく3mを越えていた。ジェシーの身長の倍はある高さだった。

 はるかな高みから振り下ろされたサーブはハーディ、ローディ、コーディの3人の描く三角形の中心を打ち抜いた。

「ゲームセット! 勝者、ジェシーチーム!」

 アトラスの悪乗りに対するひと悶着はジェシーチームの勝利で決着した。


●馬術


 最終日、最終種目は馬術だ。バークヒルズの移動手段のメインは馬なので乗馬は誰でもできる。今までの競技に参加してきたほぼ全ての人達が出場した。

「最終種目、馬術の優勝賞品を発表しま~す!」

 グラス3兄弟が出場者達に呼びかける。テーブルの上に布をかけられ隠された優勝賞品が置かれている。

「じゃん!!」

 コーディが布を勢いよくはぎとる。

「優勝賞品はワインとチーズのセットで~す!」

「おおおおおおおおおおお!!」

 出場者達から歓声が上がった。優勝賞品のワインとチーズはアトラスが管理と称して独占している略奪品屈指のグルメだった。

「これは負けられないぞ!!」

「高級なチーズ、食ってみて~!!」

 出場者達の士気は爆上がりだった。

 馬術はバークヒルズ周辺の自然の地形を活かしたコースが設定された。丘陵地帯では高低差の激しい坂を登り降りして、荒れて作物の育たなくなった耕作放棄地に丸太を点在させて障害物にした。馬なら15分で走って戻ってこられるコースを作り、一斉にスタートする。

「よーい、始め!」

 何故か主催側で参加し始めたギャバンがレース開始の合図を出した。一斉に走り出す馬達。

「うわあぁっ!!」

 早々にアトラスが落馬した。アトラスの愛馬プリマドンナは楽しそうに後ろで尻餅をついているアトラスに向き直って頬をペロペロ舐める。

「プリマ、わかったからちゃんと僕を乗せてよ」

 プリマドンナはアトラスが大好きなのだが主人の体力のなさを全然わかってくれないのだった。

「おい、クリスティーナ、どうした? 何で止まるんだよ!」

 丘の上でジェシーの愛馬クリスティーナが立ち往生していた。バークヒルズの外では有名な競走馬の血を引くクリスティーナは直線での速度は出せるが坂が非常に苦手だった。

「怖いのか? じゃあ、いいよ。ゆっくり降りよう」

 ジェシーはクリスティーナから降りて手綱を引いてクリスティーナの機嫌を損ねないようなだめながら丘を下った。

「いいぞ! スプラッシュ!!」

 その頃、たった5分でゴールテープを切ったペアが現れた。アマンダとスプラッシュだ。馬術のコースはアマンダが遠乗りでスプラッシュと何度も通ったルートだった。


*      *     *


「アマンダ、優勝おめでとう」

 表彰台に乗ったアマンダにアトラスが優勝賞品のワインボトルを渡す。

「私、ワイン飲めないんだけど」

「未成年が優勝すると思わなかったからさ」

「絶対嘘でしょ」

 アトラスはイタズラっぽい笑顔をアマンダに向ける。アマンダはそれだけでアトラスが何を考えているかわかった。

「皆さん、聞いてください!」

 アマンダは受け取ったワインの1本の栓を抜いた。

「私はまだお酒を飲めないので、このワインは皆で飲んでください!」

「マジか!!」

「やりぃ!!」

 馬術の表彰式は今までの競技の参加者と観客がほぼ全員残って見ていた。予期せぬ後夜祭の幕開けに全員が騒ぎ出した。

 ハーディがワイングラスと未成年のためのオレンジジュースを持ってきた。ローディがグラスに飲み物を注いでコーディが配って回った。

「スポーツフェスティバル、お疲れ様でした!!」

「かんぱ~い!!」

「おい、このチーズ、すげえうめえぞ!」

「酒がうめ~!」

「なあ、バスケの決勝戦、面白かったな!」

「俺は芝刈り競争が案外よかったと思うぞ!」

「くそ~!! 次は優勝するぞ~!!」

 大騒ぎする人達をかき分けて、オレンジジュースをがぶ飲みしながらニッキーがアマンダに近づいてきた。アマンダは表彰台に座ってオレンジジュースを飲んでいる。

「このジュース、おいしい!!」

 ニッキーは表彰台の脇に置かれたオレンジジュースの瓶を手に取って眺める。

「さすがリヴォルタの略奪品ね。マラキア産って読むのかしら、これ」

「マラキア? どこ、それ?」

「知らない。オレンジの有名な産地?」

 ニッキーはグラスに残ったオレンジジュースをぐいっと一気飲みした。

「ほんっとにおいしい。これ何杯でもいけそう」

「ねえ、これも私の優勝賞品ってことだよね?」

「だと思うけど」

 ニッキーはアマンダの言わんとしていることを察した。

「アマンダなら勝手に全部開けても文句は言われないわね」

「やった!」

 アマンダとニッキーはオレンジジュースの瓶を何本も空けた。わからないくらいの量のオレンジジュースを飲み干して2人はご満悦だ。

 ワインを飲んでいる大人達もワイワイ騒いで楽しそうだ。スポーツフェスティバルは大盛況のうちに終わった。

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