黒煙のコピアガンナー

サーシャ

ウェイストランド編

ギャングスター

第一話 バーク・ロックの娘

 1000万平方キロメートルの広大な国土を誇るイグニス合衆国。そのやや中央より南の内陸部に位置するとある田舎町で産業革命を遥かに凌駕する化学実験が行われていた。

 コピアと呼ばれるその物質はナノレベルの微細な粒子の集合体で、人の体を流れる電気信号に反応して様々な効果を発動する夢の化学物質と期待されていた。

 だが、今から約30年前。コピアの効果を検証する実験の最中に起きた爆発事故で、大量のコピアが流出し、4000平方キロメートルの土地が制御不能なコピアに汚染された。爆発事故による死亡者は少なかったが、その後の急性的なコピア汚染によって多くの人が亡くなった。さらに、コピアはその土地の生態系を変化させた。様々な生き物がコピアの影響で突然変異を起こし、中には人に危害を加える獰猛な動物や猛毒のある植物も誕生した。

 災害レベルの事故を起こしてしまった化学研究所リヴォルタは汚染された地域を閉鎖し新種の動植物を隔離、住民を強制退去させた。失われた土地はウェイストランドと呼ばれるようになった。

 難民となった人々の中に、故郷を取り戻そうとする者達がいた。彼らは武器を取り、リヴォルタに奪われた土地を取り返すために戦った。5年の長きにわたる紛争の末、比較的汚染の少ないウェイストランドの西南端の土地を奪い返すことに成功した。

 土地を取り戻した者達のリーダーの名はバーク・ロック。こうして、バークの率いるギャング達の収める小さな町バークヒルズが誕生したのである。


*     *     *


 馬が跳ねる。乾いた大地を蹴る足音が高く響くと、アマンダ・ネイルの気分も昂った。早朝の乗馬が何よりも楽しみで、毎朝家族が起きる前に出かける。アマンダが暮らすバークヒルズは小さな町で、やっと人を乗せて走れるようになった若馬でも一周するのは容易い。アマンダの愛馬はスプラッシュといった。アマンダが出産に立ち会い、ずっと面倒を見てきたのだ。

「いいぞ、スプラッシュ!」

 アマンダは男子顔負けな威勢の良さでスプラッシュを乗り回した。家の近くまで戻ると、その頃には住民達が活動を始め、ちらほらと外を歩く人の姿があった。

「さあ、ここからはゆっくりね」

 スプラッシュは言われれなくても速度を緩め、行きかう人達を避けて歩いた。

「アマンダ! またそんなに汗だくになって!」

 家の前で待ち構えていた母に見つかってもアマンダはちっとも気にしなった。

「学校の支度はできてるの?」

「大丈夫だよ、母さん。このまま学校行くから」

「たまにはきちんとした格好で学校へ行きなさい!」

 アマンダは玄関を開け、リビングのソファに置いていた鞄を肩にひっかけ、朝食のパンを掴んでそのまま外に出てスプラッシュに飛び乗った。

「行ってきます!」

「朝ご飯はしっかり食べなさい!」

 母は大声でアマンダを呼び戻そうとするがアマンダの背中はすぐに町角へと消えて行った。母の後ろからアマンダとは対照的に足音も立てずに姉のビアンカが出てくる。栗色の長い髪をきちんと結い上げ、藤色のワンピースを着たビアンカは清楚な女性に見えた。

「母さん、行ってきます」

「いってらっしゃい、ビアンカ。アマンダに会ったら少しは女の子らしくするように言ってやってね」

「はい」

 ビアンカが道に出ると、強い風が吹いた。ビアンカは反射的に目を閉じ、体を固くして風をやり過ごした。

「コピア風だわ」

 母が呟いた。バークヒルズの東側から吹く風をこの町の人達はそう呼んだ。ウェイストランドの立入禁止区域から吹く風にはコピアが含まれている可能性があり人体になんらかの影響があるかもしれないと噂されていた。

「やだ、大丈夫かしら」

 ビアンカは無駄だとはわかっていたが、ワンピースを叩いて埃と一緒についていそうなコピアを落とそうとする。

「コピア風なんて浴びて体がおかしくなったらどうしよう」

 心配するビアンカの前に出て母は笑いかけた。

「あなたはもう平気よ、きっと。15歳まで無事に生きられればコピアによる悪影響は受けにくいと言われているから」

「なら、アマンダはまだ……」

「あの子もあれだけ丈夫なんだもの、病気になったりしないわよ」

「そうね」

「ほら、いってらっしゃい」

 ビアンカは歩き出した。学校まではわずか10分の道程だった。

 透き通るような長い金髪を振り乱してアマンダは学校までの道を馬で駆け抜けていた。校庭は広く、人通りが少なくなるので馬を全力で走らせても危なくない。7歳から18歳までの子供達が一棟の校舎で学ぶこの学校の生徒数は年々減り、たったの30人しかいない。学校へ行くべき年齢の子供はもっといるが、家の仕事の手伝いなどで休みがちだったり、中退したりで学校に通っていなかった。

「おはよう、アマンダ!」

 その声に反応してアマンダはスプラッシュの手綱を引いて急停止させた。

「スティーブ、おはよう!」

 仲良しのスティーブがアマンダに手を振っていた。もう片方の手には黄ばんでいる丸めた紙を持っている。

「それ、どうしたの?」

「親父の鉄工所で見つけたんだ」

 スティーブは最近父親の営む鉄工所の手伝いにちょくちょく駆り出されていた。アマンダはスティーブから鉄工所での話をよく聞いていた。

「勝手に持ち出していいの?」

「これはここでは作れないものだからいいんだ」

「何かの設計図?」

 アマンダはスプラッシュから降りてスティーブに紙を広げて見せてもらった。細くて薄い線がびっしりと書いてあり、アマンダには解読不能だった。

「車の設計図だ」

「車?」

「馬に引いてもらう馬車じゃなくて、燃料で走る自動車だよ」

「なるほど。ここじゃ燃料が採れないから作っても無駄ってわけね」

「そうなんだ。でも、これ、すごいだろ?」

 スティーブとアマンダが話していると後ろから大柄な男子の二人組が設計図を覗き込んだ。

「へえ、車だとよ」

「こんなものがすごいのかねえ」

 振り返ると、そこにいるのはアマンダの従兄のスエック・バティラとトマス・バティラだった。

「よう、アマンダ。相変わらず馬なんか乗り回して、お前もギャングに入る気なのかよ」

 アマンダはこの従兄達が苦手だった。いつも他人を見下してろくでもないことを吹聴しているのだ。

「ちょっと、あっち行っててよ」

 アマンダはそれとなくスプラッシュを移動させてバティラ兄弟から距離を取ろうとするが、二人はピッタリとアマンダ達の後ろをついてくる。

「いいのか? 俺達にそんな口をきいて」

「俺達も来週からギャングの仲間入りだってのによ」

「それ本当?」

 アマンダは寝耳に水だった。こんな素行の悪い男子達をギャングに入れるだなんて、父は何を考えているのだろうと思った。

「そんなに驚くことじゃねえだろ? 俺達親戚なんだからさ」

「ボスの直系なら俺達は試験なんざ受けなくてもギャングに入れたのに、試験を受けてやっただけでも我慢したと思えよ」

「まあ、お前はどんなに血が濃くても女だからギャングには入れないけどな」

「誰が入るかよ、そんなところ」

「いいのか、自分の父親を侮辱して」

「アマンダ・ネイルは勝気な女だね」

 ゲラゲラと下品に笑うバティラ兄弟。二人のアマンダいじめは日常的で別に変わったことなどなかった。だが、こう何度もやられると虫の居所も悪くはなる。もしも自分がこの二人よりも力が強かったらすぐにでもやり返してやるのにとアマンダは常に思っていた。

「なあ、これ。ちょっと見せてよ」

 スティーブが持っていた設計図をトマスがひったくった。

「返してよ」

「待てよ。へえ、車か。お前これ作るつもりなのか?」

「作るわけじゃないよ。どうせ作っても走らせることはできないんだから、無駄だ」

「車なんて町を出れば珍しいものでもないのによ」

「そうなの?」

「当たり前だろ。俺達はこの間見てきたぜ。ギャングが物資を運んだ車を襲撃するところをな」

「銃でタイヤをパンクさせれば一発で止められる。運転手が出てくる前に荷台の物資を馬車に積み替えて逃げれば終了だ」

 スエックが指で銃の形を作って、遠くを走る車の後輪のタイヤを狙うように腕をピンと張り目を細める。

「バン!」

「ドカン! キキーッ!」

「拾え拾え! 小麦粉がこんなに沢山あるぞ!」

「砂糖もいっぱいだ!」

 スエックとバティラは見学させてもらったギャングの輸送車襲撃の様子を楽しそうに再現する。

 アマンダとスティーブは野蛮なやり取りを見せられて呆気に取られる。バティラ兄弟が何をそんなに楽しんでいるのか理解できなかった。二人の表情を見てスエックは嫌味な表情で微笑む。

「辛気臭い顔してんなよ。この町の人間は全員、そうやって生きてきたんだろうが。アマンダ、お前の親父の方針でな」

 バティラ兄弟はスティーブに設計図を返すと、他のターゲットを見つけていじりに行った。アマンダは複雑な気持ちを抱えたまま歩き始めた。

「アマンダ、君が気に病むことじゃない」

 スティーブは慰めようと声をかけたが、アマンダの心には響かなかった。ギャングの仕事はこの町にとってなくてはならないが、汚れ仕事であることも紛れもない事実だった。そして、それを指示しているのはアマンダの父親でこの町を作った張本人のバーク・ロックなのだ。バークには町中の女との間に子供がいて、アマンダはそのうちの一人でしかなかった。一年に一回会えればいいくらいの父親だったが、それでもアマンダは父を尊敬していた。だが、町を支えるために父のやっていることを考えると気が重い。

 何か別の楽しい事を考えたかったが、何も思い浮かばなかった。アマンダはふとスティーブの手元に視線を向ける。

「その設計図、どうするの?」

「さあ、どうしよう。小さい模型くらいなら作れると思うけど」

 スティーブはまだアマンダの機嫌を取るために何を言おうか考えているようだった。アマンダにはスティーブの気遣いも重く感じた。

「作ってみてよ。見てみたいな、車」

 アマンダはできる限り明るい言い方になるように気を付けて話した。スティーブはそれでアマンダが気にしないようにしているのを察したらしかった。

「わかった。やってみる」

 スティーブはいいやつだ。女のアマンダのことも他の男の友達と同じように接してくれる。アマンダが兄達のお下がりの服を着て馬に乗っていることをバカにしないし、姉のビアンカを見習って清楚でお淑やかにしていろとは言わない。スティーブとの会話がアマンダにとって乗馬の次に楽しみで、スティーブは親友だと思っていた。

アマンダとスティーブはそれから黙ったまま歩き続けた。アマンダはスプラッシュを手頃な所に繋ぐためにスティーブと別れて、二人は別々に教室へと向かった。


*     *     *


 学校は昼過ぎには終わってしまう。退屈な授業をうたた寝しながら過ごして、日が傾き始める前には下校だ。アマンダはスプラッシュに跨ると、日暮れまで乗馬を楽しんだ。

 町外れにアマンダの秘密のスポットがあった。バークヒルズの北東に夕日に照らされた町の風景を見られる小山があった。アマンダは時々、スプラッシュに乗ってその場所へ行き、美しい景色を眺める。

 赤みを帯びた陽の光は建物の壁に斜めにくっきりと影を作り出す。影は刻一刻と移動していき、ほんの一瞬、目を離すだけで形を変えてしまう。雲がかかるとオレンジ色の光が陰り、それもまた美しかった。

 アマンダは父バーク・ロックを心から尊敬していた。そして、父が作ったこの町を愛していた。コピア汚染により作物はよく育たないため慢性的な食糧不足で、足りない物資は少し離れた近隣の町へと運ばれる輸送車を強盗して確保している。産業らしい産業はなく、娯楽も少なく、職業選択の自由もない。生まれた子供達の半数がコピアによる影響か栄養失調で亡くなってしまう。決して豊かでもなければ素晴らしい町でもなかったが、それでもアマンダは父が命懸けで取り戻し、父に賛同してくれた人達が発展させてきたこの町が誇らしかった。

 日が落ちるまでのたった数分の景色がアマンダを癒してくれた。この美しい町がある限り自分は生きていける。そんな気がした。父への批判や親戚とのいざこざなど、悩み事は沢山あるが、この町がこんなに美しいのだから、それだけで何もかも許せるのだった。

 アマンダは町の一角にビアンカの姿を見つけた。ビアンカは何人かいるバークの娘達の中でもとびきりの美人と噂されていて、アマンダもそれが自慢だった。小山の上からでもわかるほどの美貌をアマンダが見逃すはずがなかった。アマンダはビアンカが家から随分離れた所にいるので、スプラッシュに乗せて一緒に家に帰ろうと思った。

「姉さんがいるね。スプラッシュ、行ってみようか」

 アマンダはスプラッシュに乗って小山を駆け下り、ビアンカのいた道へ走った。ビアンカはワンピースが汚れるから馬に乗るのは嫌がるだろうか。それなら自分も馬から降りてゆっくり歩いて帰るのでもいいか、とのんきなことを考えていた。

 アマンダがビアンカの近くまで到着した時、ビアンカは一人ではなかった。アマンダは自分が出て行っては邪魔になるかと思い、遠くから様子を窺った。男が三人いるように見えた。女はビアンカ一人だ。ここからでは声はよく聞こえない。

「やめて! 放してよ!」

 ビアンカが突然叫び声を上げた。アマンダは咄嗟に足でスプラッシュに合図をして路地裏から飛び出した。ビアンカは無理やり馬車に連れ込まれそうになっていた。

「姉さん!」

 ビアンカはアマンダが出てきたのを見ただろうか。それすらもわからないほどの素早さで華奢なビアンカは男達によって馬車に押し込まれた。男達が乗り込むと馬車は即座に発車した。これはまずいと思ったアマンダは馬車を追った。

「スプラッシュ! 行って!」

 スプラッシュは全速力で馬車を追いかけた。しかし、馬車はどんどん遠ざかっていく。馬車とはいえ二頭の成馬の速度についこの間まで仔馬だったスプラッシュが敵うわけもなかった。

「姉さん!」

 大声で馬車に向かって呼んでみるが、馬車は静かなままだった。中でビアンカがどうしているのかちっともわからない。

 ビアンカを連れ去った男達の目的は簡単に予想できた。バークの娘を誘拐すればバークに交渉を持ち掛けることができる。もしくは、バークの娘を孕ませてバークの親戚になれば町での地位も上げることができる。どちらにしろ最悪の事態だ。考えただけで胸の内から熱いものが込み上げてくる。あんなにも優しくて美人な姉が不幸な目に遭うだなんてことになったらアマンダはいてもたってもいられなかった。

 馬車は暗い方へと走っていく。アマンダは焦りを隠せなかった。この馬車が向かっている方角は東だ。つまり、立入禁止区域へ向かっているのである。

 立入禁止区域の境界は特にそれとわかるような目印はない。そもそもバークヒルズがある場所も一般人が立ち入ってはいけないコピア汚染地帯なのだ。そんな場所に来ようとする人間がいることなど想定されていない。バークヒルズを出て東へずっと進んだらもうそこは立入禁止区域だと思っていい。

 そんな場所へ行くとすれば、それは人目につかない場所でこっそり何かをしたいとしか思えない。最悪だ。あの馬車を止めないと。でも、スプラッシュの速度では遠めから馬車を追いかけることしかできない。

 辺りはどんどん暗くなり、馬車の姿は見えなくなった。スプラッシュの速度も落ちてきている。かわいそうだが、ビアンカの方が心配だった。

 と、その時、地面に揺れを感じてスプラッシュがいなないて足を止めた。馬上のアマンダにも伝わるほどの地鳴りがしていた。

「何、これ……」

 スプラッシュが再びいなないて引き返そうとした。アマンダは馬車の行方が気になってスプラッシュを止めた。スプラッシュは早く戻りたいと言いたげにその場でくるくる回った。アマンダはじっと馬車が行った方を見つめていた。地鳴りがさらに増してきた。スプラッシュは怖がっているようだ。

「スプラッシュ! 走れ!」

 アマンダは咄嗟に叫んだ。地鳴りの原因が見えたのだ。それは巨大な牛の群れだった。あんなに大きくて沢山いる牛は見たことがなかった。毛並みは茶色く、大きくて太い牙が生えている。

 いつの間にか馬車もアマンダ達のすぐ後ろを走っていた。牛の群れから逃げようと町の方へ戻ってきたのだ。アマンダは馬車の中の様子を見ようとしたが、暗くてよく見えない。

「姉さん!」

「アマンダ!」

 アマンダの声が聞こえたのか、ビアンカが馬車の中から返事をした。

「こらっ、黙ってろ!」

 男達の大声も聞こえてくる。

「姉さん! すぐ行くから!」

「アマンダ! 助けて!」

 アマンダは馬車に飛び移ろうかとも思ったが、牛の群れがすぐそこまで迫っている。スプラッシュを徐々に馬車の左側に近づけてはみるが、それ以上どうすることもできなかった。

 パシューン!

 突然、斜め左から光線が発射された。

「何……!?」

 アマンダは馬車から目を離し、光線が現れた方に目をやる。

 ブルブルと腹の底に響く音が近づいてきた。先程の光線とは別の小さくて真っ白な光が五、六個動き回っている。金属の塊でできた乗り物に一人ずつ人が乗っていた。アマンダは図書館に置いてある古い雑誌の写真でそれを見たことがあった。バイクだ。エンジン音をかき鳴らしてバイクの男達がアマンダ達と馬車を取り囲んでいた。

「私達はリヴォルタのコピアガンナーだ。君達、バークヒルズの住民だな。どうしてこんな所にいる!」

 アマンダはドキリとした。リヴォルタの職員に見つかってしまった。コピアガンナーといえばその中でも選りすぐりのメンバーだ。コピアに適合し、コピアガンを撃ってコピアを使うことができる選ばれた人達。

 リヴォルタは爆発事故を起こした後もコピア研究を続けていた。コピアを改良し、制御するためのコピアガンという特殊な銃を開発した。それでもコピアに適合した人間にしかコピアガンを撃つことはできなかった。リヴォルタはコピアガンナーを国内全土で広く募集し、適合した人を育成しているのだった。

「スクラムバッファローの群れを刺激したのはその馬車か? 危険だから君達は早く町へ逃げなさい!」

 アマンダはコピアガンナーが自分達を罰するために来たのではないとわかり一安心した。詳しい事は知らないが、バークヒルズとリヴォルタの間ではウェイストランドで生きるための契約が交わされており、破った場合、バークヒルズに住めなくなる危険性があった。

 スクラムバッファローと呼ばれた牛達にコピアガンの光線が当たる。方向を変えるスクラムバッファローがちらほらと出てきて、群れの形が崩れてきた。これなら大丈夫かもしれないと思ったのも束の間、勢いよく飛び出してきたスクラムバッファローが馬車に体当たりをして馬車が吹っ飛ばされた。

「姉さん!!」

 他のスクラムバッファローも興奮して右へ行ったり左へ行ったり、ぐちゃぐちゃに入り乱れてコピアガンナー達を翻弄した。何人かのコピアガンナーがバイクから投げ出され、動かなくなった。

「ヒヒヒーン!」

 スプラッシュが錯乱して前足を高く上げて跳ね上がった。アマンダは振り落とされて地面に落っこちた。

「スプラッシュ! 待って!」

 スプラッシュは一目散に町へと走り去ってしまった。スクラムバッファローはスプラッシュには目もくれず、この辺り一帯で暴れ回っている。スプラッシュが無事ならいい。賢い馬だから家に帰れるだろう。問題はビアンカだ。

 アマンダは横倒しになった馬車を見た。男達が上向きになった馬車の扉から這い出てくる。ビアンカも担ぎ出された。ビアンカは出てくると男達に抵抗を見せる。

 アマンダはまた怒りがふつふつと沸き上がるのを感じた。ビアンカを何としても助けないと。でも、どうやって? 立ち上がり、痛む足を引きずって馬車へと向かう。こんな状態でビアンカを助けられるのか? 自分も危害を加えられるだけではないか? せめて自分に力があればビアンカだけでも助けられるのに--。

 アマンダの怒りに呼応するように何かが近くで震えているような気がしたのはその時だった。バイクのエンジン音のような空気を震わす音の振動とは違う、もっと深く胸の内にまで響き渡り、アマンダの身も心も震わせるような振動だ。

 アマンダは目の前に落ちているコピアガンを発見した。コピアガンの中でコピアが光り輝いている。アマンダはこれが振動の原因だと確信した。

 コピアガンを拾い上げると、その振動はさらに増した。アマンダの怒りのパワーに反応して中のコピアが急速に回転した。パシューンと独特な音を放っている。これを撃てればビアンカを助けることができるかもしれない。

「何するの! 触らないで!」

 ビアンカの叫び声を聞いてアマンダは目を見開いた。

「姉さんに触るな!」

 アマンダはビアンカを押さえつける男達に向けて、コピアガンの引金を引いた。


*     *     *


 森の主はビリビリとした震えが森を駆け抜けたのを自覚した。森の動物達は異変に気付いていない。すっかり日が落ちて、もう眠る時間なのだ。

「そうか、ようやく現れたんだね」

 森の主は口角を上げて笑顔の表情を作り出した。嬉しい時、人間がそうするのと同じように。


*     *     *


 アマンダは自分の部屋のベッドで目を覚ました。全身がけだるく、とても起き上がれそうになかった。眠りに就く前のことが思い出せない。いつベッドに入ったのだろう。お腹が空いている。夕食は食べたのだろうか。そうだ、姉さんはどうしているだろう。姉さん……?

「姉さん!」

 アマンダは飛び起きて部屋を出てリビングへ向かった。

「アマンダ! やっと目が覚めたのね!」

 リビングには母しかいなかった。やけに心配そうに青ざめた顔で母はアマンダに駆け寄った。

「熱を測りなさい。さあ、ベッドに戻って。ご飯は食べる? 食欲はあるのかしら」

 母はアマンダのおでこに手を当てて熱を測る。アマンダは何がなにやらわからず母の腕を振りほどく。

「何、どうしたの母さん。何でそんなに心配するの?」

「あなた覚えてないの?」

「何を?」

 アマンダは眠る前のことを大体思い出していたが、怒られると思って白を切った。

「あなたはコピアガンを撃って、その後遺症で三日間眠っていたのですよ」

 アマンダは母の言葉を信じられなかった。怒りに任せてコピアガンを撃ったところまでは覚えていた。でも、三日間眠っていた? なら、今日は何日だ? アマンダは混乱して腰が抜けそうになった。驚きで腰が抜けるなど初めての体験だった。この体のだるさはコピアの悪影響による後遺症なのだ。アマンダは目の前が真っ暗になって気絶した。

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