第36話 太陽からの手紙
坊ちゃんと並んで、お人形ちゃんもわたしの手を引き始めた。二人の子供が迷いなくわたしを連れて行った先は、図書室の近くの扉だ。
その扉をお人形ちゃんが開けたので、三人で中に入る。
一番に目に入ったのは、東京タワーのようなオブジェだった。赤色ではなく銀色で、高さは三十センチくらいだろうか。てっぺんに輪っかが載っている。
(教会の祭壇にあるやつに似てる)
それだけで誰の部屋なのかわかった。
(無垢なメイドさんの部屋だ)
わたしの部屋と造りは似ていたけれど、少しだけ狭い。それなのにベッドは一回り大きかった。鉄棒のようなハンガー掛けに、小さなドレスが十着くらいかけられている。
(あれはお人形ちゃんの服かな? そういえばわたしの部屋と違って、子供の部屋につながる扉がないよね)
無垢なメイドさんとお人形ちゃんは、同じ部屋で生活しているのかもしれない。女の子はみんな、ナースメイドと同室なのだろうか。
わたしが部屋を見回している間に、坊ちゃんはまっすぐ机へと向かっていった。お人形ちゃんもそれについていって、後ろから覗き込みながらそわそわしている。
「なにか、あるの……?」
わたしもお人形ちゃんの後ろにつく形で、坊ちゃんの手元を覗き込んだ。机の上は綺麗で、本が数冊ある以外は何も置いていない。探し物が本でないのなら、探すだけ無駄だろう。
坊ちゃんが何か訊ねると、お人形ちゃんが横の引き出しの上から二番目を開いた。そこに入っていたのは封筒だ。平積みの本みたいに綺麗に並べられている。
ただ一つだけ、積まれているのとは別にされている封筒があった。重し代わりなのか、銀貨が三枚載せられている。
(三枚のコインって、わたしが貰った金貨を思いだすなぁ)
坊ちゃんは銀貨の下の封筒を手に取った。そして便せんに目を通すと、わたしへと手渡す。
便せんは枠線すら引かれていないただの白い紙で、折らなくても封筒に入る小さなものだった。もちろん書いてある文字は読めない。二行しか書かれていなかったので、メモ程度のものなのだろう。
「これ、事件と関係あるの……?」
わたしが便せんを坊ちゃんに戻そうとすると、それを止めるように犬のうなり声のような音が響いた。部屋の扉が開いたのだ。
開いた扉から真っ黒な影が入ってくる。
「あ、黒ドレスさん……これ――」
わたしが黒ドレスさんに便せんを見せようとすると、坊ちゃんに手首をつかまれた。そのまま背中側に持っていかれる。
「―――――?」
黒ドレスさんが静かに何かを訊ねてきた。
「あ、いや、その……なんでも、ない……」
わたしは便せんを見せずに、ポケットにしまった。なんだかよくわからないけれど、坊ちゃんが見せたくなかったようなので、わたしはそれを信じる。
「い、行こうか……」
わたしはお人形ちゃんを抱き上げた。放っておくと便せんのことをしゃべってしまうかもしれないし、黒ドレスさんに連れていかれてしまうかもしれない。
(誰が犯人かわからない今の状況で、他の人にお人形ちゃんを預けるわけにはいかない)
お人形ちゃんは坊ちゃんよりも、少しだけ重い。お人形ちゃんの服を少し持っていこうと思って、ハンガー掛けに近寄ったけれど、お人形ちゃんの目は別のところに向けられていた。
その視線を追ってみると、そこにあったのは輪っかの載ったオブジェだった。わたしがそれに近寄ると、お人形ちゃんは手を伸ばしてオブジェを手に取る。きっと無垢なメイドさんが大事にしてるものなのだろう。
坊ちゃんも黒ドレスさんが見ている前ではうかつに動けないのか、こっそり引き出しを閉じた以外は大人しくしていた。
~~~~~~~~~~~~~~~
結局、わたしたちが持ち出せたのは手紙一枚と、オブジェ一つだけだった。オブジェはお人形ちゃんと一緒に、わたしのベッドで寝ている。手紙はわたしの机の上だ。
灯りがランプ一つだけの部屋で、手紙を調べている。けれどそれを触る手は、わたしのものではない。
「――――」
坊ちゃんが便せんを裏返しながら、何かつぶやいた。何を言っているのかわからない。手紙をじっくり見ることもできないので、予測すらままならない。
今のわたしは、坊ちゃんが膝から落ちないように支えるので精一杯なのだ。
なぜこんな状況なのか。それは、日が落ちてお人形ちゃんが寝付くと同時に坊ちゃんが部屋に入ってきて、わたしの膝の上で手紙を調べ始めたからだ。ちゃっかり封筒も持ってきていたようで、一緒に机の上に置かれている。
(まぁ、わたしはこの手紙が事件とどう関係してるのかすらわかってないわけだし、坊っちゃんが調べてくれたほうがいいんだろうけど)
封筒も便せんも真っ白で、これ以上調べても何かわかるとは思えない。わたしには線のようにしか見えない字にも、筆跡のようなものがあったりするのだろうか。
「あれ?」
思わず声が出たのは、真っ白なはずの紙に何か描かれているように見えたからだ。わたしの声に反応して坊っちゃんは手を止めたけれど、持っている便せんはやはり真っ白だった。
「待って……」
坊ちゃんの手を持って、便せんの角度を変える。坊ちゃんは嫌がってわたしの手を振り払おうとしたけれど、少し粘ったらおとなしくなった。
ランプにかざした便せん越しに、明かりが透けて見える。そこには影があった。
「これって……透かし?」
日本のお札に使わているものと比べると、だいぶ質が低いけれど、似た技術だろう。そこに描かれていたのは――
(太陽を縁取る……輪っか?)
輪っかといえば、無垢なメイドさんが信仰している宗教だ。坊ちゃんがお人形ちゃん――ではなく、その隣で寝るオブジェに目を向けたのでやはり関係があるのだろう。
(教会から送られてきた手紙……とか?)
坊っちゃんはほんのり悲し気な顔で、便せんを見詰めるだけだった。
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