第15話 シャンデリアの向こうの男の子
町には
もう一つ特徴的なのが、家の形だ。屋根が豪雪地帯の茅葺き屋根のように、急な傾斜になっていて、地面まで伸びている。
頭のとがった二等辺三角形が隙間なく並んでいる様子は、アクションゲームの針地帯のようにも見えた。
わたしはそんな光景を、一時間以上も見ている。お金の袋という重たい荷物が増えたおかげで、両腕が痛い。平面だけれど硬い路面は、わたしの膝関節を着実に痛めていった。
「ま、まだ……?」
わたしが声を出すと、黒ドレスさんは振り向いて様子を見てくれる。けれど、足を止めてくれたりはしなかった。
街中はそれなりに賑わっていて、目に入る人数が十人を下回ることはない。
車が通れそうな広い道を歩いているからか、両脇には様々なお店が並んでいた。八百屋さんのようなお店や、衣類のお店は色とりどりで綺麗だ。焼き鳥のような食べ物を売っている屋台も、匂いでわたしのお腹をうならせる。
普通の若者なら目移りしながら歩き回って、一日かけても百メートルしか進めないような道だ。わたしも若者だけど、その中には含まれない。
それは黒ドレスさんも同じなのか、一切の寄り道をせずに歩いている。
けれど、わたしとは明確に違う部分があった。
街ゆく人たちが、黒ドレスさんに声をかけているのだ。
屋台のおじさんや、道を歩いている三人組の女の子。子連れの親子から、休んでいるおばあさんまで、店員や歩行者とか関係なく声をかけられていた。
そして毎回、何か言葉を返している。
最初はわたしにも声をかけてくるんじゃないかと、ヒヤヒヤしていた。
けれど、そんな心配は一切いらなかった。
わたしに声をかける人なんていなかったのだ。
わたしだけではない。他の通行人の中にも、黒ドレスさんほど声をかけられている人なんていなかった。
(この町の人にとって、黒ドレスさんは特別な人なんだ)
同じ黒い服を着ていて、お店に見向きもせず歩いていたとしても、全く違う世界の人間なのだ。
(人に囲まれるのは嫌だから、黒ドレスさんみたいになりたいわけじゃない。それなのに、どうしてちょろっとだけ、心がひりつくんだろう)
気が付くと、あたりが静かになってきた。
隙間なく建っていた家が、花壇と小道でなされた公園のようなところに変わっている。道の広さはそのままだったけれど、蛇行し始めて、緩やかな上りになっていた。
顔を上げると、大きな丘の頂上にひときわ大きなお屋敷が見えた。屋根は他の家と同じとんがり屋根だけれど、高さは倍くらいあり、山の字のように三つ並んでいる。雪が積もれば天然水のパッケージなどに描かれている、山脈みたいになりそうだ。
道はそのお屋敷に向かって伸びていた。
(あそこに向かってるのかな?)
休憩所のようにぽつんと建っている家もあったけれど、そこに入る様子もない。
お屋敷は、足元の塀が見えるくらいまで近くにきていた。
(黒ドレスさんは、このお屋敷のお嬢様なのかな? それとも、街で一番偉い人に挨拶しにいくだけ?)
鼓動が早くなる。坂を上っているから――という理由だけではない。
お屋敷に着いたら、間違いなく知らない人と会うことになる。どうにかして避けられないかと頭を働かせるけれど、思いついたのは、この場から走って逃げるという、最悪の選択だけだった。
(いや、逃げたあとどうするのよ?)
一人で生きる術を持っているわけではないし、ここまで連れてきてくれた黒ドレスさんに失礼だ。
(黒ドレスさんにはついていこう。でも、偉い人って怖そうだしなぁ……)
覚悟を決めつつも煮え切らないわたしを、時間は待ってくれない。
門がどんどん近づいてくる。道の周りは花畑に変わっていて、黄色が一面に広がっていた。
(あれ? この花畑、なんか違和感がある。造花をみているような、そんな感じ? 黄色一色だからそう思うのかな?)
花びらの大きい、パンジーのような花だけが一面に植えられている。
「―――」
呼ばれて前を向くと、門が目の前にあった。
門の前には、兵士さんが二人立っている。馬車の近くにいた兵士さんと同じ格好だ。
黒ドレスさんが近寄ると、その二人は姿勢を正して、素早く浅い礼をした。
頭を上げると、兵士さんたちは背中を向ける。そして身長の二倍はある門を押し始めた。その姿は、昔観た映画の、ガス欠になった車を動かすシーンによく似ていた。
ゆっくりと開いた門の間を、黒ドレスさんは一度も礼をせずに通る。
(やっぱ黒ドレスさんも偉い人なのかな?)
わたしはペコペコと頭を下げて、自分の靴を見ながら入らせてもらった。
門の中にはまっすぐな道が続いていて、それを挟むように芝生のような、手入れの行き届いた原っぱが広がっていた。
お屋敷までは五十メートルくらいだろうか。そのぶん原っぱも広くて、お遊び程度のスポーツなら、なんでもできそうだ。
(こんなに広いなら、お花を植えたりすればいいのに、なんで全部原っぱなんだろう?)
左側の原っぱには幼稚園児くらいの子供が二人、右側には一人いた。みんなが女の子のようで、ドレスのような広がりの大きなスカートを身に着けている。
じっとこちらを見る子供たちの傍らには、同じ人数の若い女性がいて、その人たちはわたしたちにむかって――いや、黒ドレスさんにむかって深々と頭を下げた。
(やっぱ黒ドレスさんは偉い人なんだ。あの女の人たちは子供連れで遊びに来た人たちかな? でも……)
頭を下げている女の人たちは、三人とも深緑色の長袖とスカート姿だった。その統一感から最初に浮かぶのは、学校の制服だ。
(子連れ女学生が三人? この世界じゃ珍しくないのかな?)
それともこの場所は、子連れ学生を集めた施設なのだろうか。だとしたら何もない原っぱは、校庭代わりとしてうってつけだ。
お屋敷の入口は、ベッドを二つ並べたような両開きの扉で、見張りをしている人はいない。
黒ドレスさんは自分でその扉を押し開けると、ぴったり直角に開いたところでわたしを見て、目で中に入るよう促した。
「ご、ごめんなさい……」
『ごめんなさい』じゃなくて『ありがとう』といえばよかったと思いながら、中へと踏み込む。
中はリゾートホテルのロビーを思わせる広間になっていた。ふかふかのカーペットや、待合用らしきソファーと机は高級感が半端ない。
ほんのり暗いのもリゾートな雰囲気を醸し出していた。斜めの屋根に天窓がついていて、そこから入る自然光だけで広間を照らしているようだ。
お屋敷らしい立派なシャンデリアも吊るされていたけれど、灯は点いていない。
そのシャンデリアの近く――といっても向こうの壁にあるバルコニーなのだけれど、そこにいる少年と目が合った。
歳は外にいる女の子たちより少し上のようで、小学校低学年といったところだろうか。暗くて遠いので顔はよく見えないけれど、白目が広い目だけは、こっちを見ているとはっきりとわかるほど印象的だった。
その目がわたしから右にずれる。そこには黒ドレスさんがいた。
「――――!」
子供特有のやけに通る、それでいて社会人のようにどこか芯のある声だった。言葉の意味はわからないけれど、何かに怒っているようだ。
黒ドレスさんは笑顔でそれに応えた。口元だけに笑みを含む、いつもの笑顔だ。
少年は何か言い返そうとしたけれど、扉が開く音で、スイッチが切れたように口を閉じた。
開いたのは右端の扉で、少年の目もそこに向けられる。出てきたのは細身の四〇歳くらいの女性だった。
(あ、メイドさん)
すぐにそう思ったのは黒いロングスカートに真っ白のエプロンをつけた、いわゆるエプロンドレス姿だったからだ。
少年は反対側に走っていって、もう一つの扉に姿を消した。
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