「大元さん、これ!」

 鷹斗は目の前にある水色の洋服を手に取った。

 それのサイズは小さく、明らかに子どもの服だと分かる。

「この血液……」

「鑑識呼んで、鑑定に回します」

「うん、その前にあいつらに連絡しようか。向こうの状況を知りたいからね。そっちは任せていいか?こっちは……“上”に……」

 大元はそう言うと、彼がよく言う“上”の人間に連絡していた。おそらく鑑識を来させる件と鑑定の件だろう。時々頭を下げている。

「土屋さん?あ、今どこに?こっちで……」

『ちょうどよかった……逃げたんです!』

「は?」

『だから、永野由紀が逃げたんですって!』

 声からしてかなり切羽詰まってる。いったい何があった……。鷹斗は頭を抱えた。

 連絡を終えた大元に視線をやると、彼は鷹斗の表情から何かを感じ取っていた。

「もしかして……面倒なことが起きたりした……のかね……」

 声量がだんだんと小さくなっていく。鷹斗はうなずいた。

「はぁ~……鑑識を寄こすから面倒ごとは起こすなと今、言われたばかりなんだが……どうしてこうも私のチームは面倒ごとばかり……」

「大元さん、聞きます……?その、面倒ごとが何か……」

 彼は話してくれというように、顔を隠しながら手を振った。

「実は、永野由紀が逃げたそうです……土屋さんからそう聞きまして……。かなり切羽詰まっているようで、声が相当焦ってました……どうします?」

 鷹斗からの話を聞いた大元は、さっそく携帯を片手に電話をかけていた。

「……つ~ち~や~!お前何してんだ!被疑者を逃がすなんて、どうかしてるだろ!いったい何があったのか三分以内に話せ!」

『あ、あの……家からもう一つの家に向かっているときに……』

 大元は携帯をスピーカーにしたのか、土屋の震えた声が聞こえてきた。

 彼によると、永野は自宅を出たあと、土屋と数人の警官に連れられ勇気くんがいるというもう一つの家へと向かっていた。車に乗り、ここからは歩きになると言われ降りた途端に走り出し、あっという間に姿が見えなくなったと。

「手錠は!?」

『つ、つけてません……』

「どうしてつけてないんだよ!」

『に、逃げないって……そう言ったんです。それに罪を認めてましたし……』

 大元は彼にも聞こえるほどの大きなため息をついた。

「土屋、人を信じようとするのはお前の良いところだ。でもな、お前は仮にも警察官だろ……疑うのが仕事だ。信じすぎて被疑者に逃げられているのは元も子もないと思うんだが!?」

 電話からは彼の震える声が聞こえる。

『す、すみません……大元さん……手伝ってください……』

 憎めないのも彼の良いところなのだが……大元はただ、顔を隠し、あきれていた。

「土屋さん、こっちは俺一人で何とかなるんで、大元さんにそっちに行ってもらいますから。だから、今自分がどこにいるのか大元さんに連絡してください。また後で連絡しますから」

 鷹斗が代わりに伝え、電話を切った。

「ということなんで、大元さん、行ってやってください。こっちは何とかなりますし、鑑識が来たら、この家とこの服を鑑定してもらって、あとは上手くやっておきますから。あ、何かあったときは名前借りますけど……」

「松風、君をチームに入れてよかった。まともなやつは君くらいだよ……。じゃあ、あとは任せるから、何かあったときは“大元の指示だ”って言っておけ……」

 すでに疲れ切った背中を見送り、鷹斗は家の中を見て回る。

「もう一つの家に繋がる何か……なんかあるか……?」

 本棚、テーブル、戸棚、テレビ、電子ピアノ……特に繋がりそうなものは見当たらない。

「椿なら何か見つけるんだろうな~」

 彼はそう言いながらも、手と目は休めなかった。

 その時、携帯が震える。

「……由衣ちゃん?何かあった?」

『あ、椿さんが目を覚まして、一応お伝えしておこうかと。鷹斗さん、今どこにいます?椿さんが合流するって聞かないんです……』

 由衣の声は困っていた。おそらく、隣に椿がいて、物凄い圧を掛けているのだろう。

「……本当は嫌だけど、言っても聞かないし、こっちが教えなかったらまた使うんだろうから、嫌々教えてやる。今、永野由紀の家にいる。それで、本人は逃げた。おまけに家からは血液が付着した子ども服が出てきて、俺は今、鑑識を待ってる。来るんなら住所言うけど……?」

 鷹斗は素っ気なくそういう。「教えてくれ」と椿の声が聞こえた。彼は住所を伝え、鑑識と椿らが来るのを待っていた。


 鑑識が来てからというもの、室内は急に騒がしくなる。

 カメラのシャッター音、鑑識係の話し声。色々な音があちらこちらから聞こえてくる。

「松風刑事、これ……何か分かります?」

 鑑識の西野だった。警視庁に来て知り合った、鷹斗と年の近い男性で気さくに話ができる唯一の警察組織の人間だった。

「なんだこれ……どこかで見たような……あ、勾玉か……それとこの紙……」

「和紙だな」

 声のする方には、わずかに由衣に支えられながらやってきた椿の姿があった。

「お前、本当に大丈夫か?」

「何とか。それより、それ……」

 椿は、鷹斗が手に持つ紙を指さした。

「これ?」

「ああ、それ……死返玉だ。何か呼び出そうとしてたんじゃねえか?永野由紀は……」

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