②
「はい、これは椿さんの、こっちが鷹斗さんね。で、これは私の……」
由衣はテーブルにそれぞれの好みに合わせたコーヒーを置き、ちょっとしたお菓子も用意した。
「これマジでうまい!なんてやつ!?」
鷹斗は声に気を付けながら、話す。
「それ、ダックワーズっていうんですよ!昨日、駅前で買ってきて……」
「駅前に行ったのか!?」
椿は“駅前”という単語に反応した。
「え、ええ……」
「買い物って言うか、駅前に行くときは必ず俺とって言っただろ……もし何かあったら……」
「大丈夫ですよ。あのドラッグストアには近づいてませんし、それに駅前って言っても椿さんも知ってるケーキ屋さんです。ほら、“エスポワール”っていうところの……」
「そこなら一人でも大丈夫か……」
椿が心配するのも無理はない。
かつて、その場で由衣は神隠し事件に巻き込まれたからだ。それがあってからは、買い物は基本、椿と一緒に。無理な時は、いつもとは違う場所に買い物に行かない。と、椿から言われていた。
「あ、言っておくことがある。近々だが、この家を改装することにした」
「えーっ!?そんな急に言われても!」
「そうだぞ椿!そう言うのは前もって言ってくれないとさ……」
「だから、今言っただろ。改装って言っても、そんな大掛かりじゃないさ。部屋を一つ増やして、トイレ造って、クローゼット造って……あ、食料とか日用品のストック場所造って……」
「いや、だいぶ大がかりだぞ!?ちょっと待て…改装中は…家に住めない……のか?」
鷹斗がそう聞く。
「いや、住める。それは問題ない。まあ、埃が凄くて音がうるさいくらいだけど……」
椿は苦笑いだが、鷹斗にとって埃も音もさほど問題でもないようだった。
「あの……どうして改装を……?」
由衣がそう尋ねると、椿は少し俯きながら「お前たちがずっと住むんなら、快適なほうがいいだろ。トイレ問題もあるし、荷物とか、食料とか……それだけだ」と。
「椿さん……照れてます?」
「あ、これは照れてるな。俺たちにずっとここに住んでほしいって顔が言ってるぞ」
二人はそういじる。
「うるせえよ!それより、お前、今日休みだったか?」
「ああ。今日は休みで、明日から仕事だ。なんでも、警視庁に栄転したからな!おまけに昇進して、俺、警部補になりました!ちなみに大元さんたちも一緒だし、楽しくなりそうだ」
「そうか。新設部署なんだろ?」
「ああ。異捜班っていうんだ。正式には異例事件特別捜査班って言うらしくて、通常では捜査も解決もしにくそうな事件を扱ったり、その……前回みたいな事件を扱ったりとか……らしい」
「……要するに、呪いとか神がかり的なのとか、そういうのか?」
図星だった。真綿に包むように言ったのに意味がない。見抜かれた……。
「いや、まあ……うん。そんな感じだ」
「警察も物好きだな。自分からそんな事件に対応しようなんておかしい。手を出す分野じゃないと思うけど……?」
椿がそう彼に言うが、鷹斗は両手を振りながら、俺に言われてもと困っていた。
*
夕方、改装に関しての見積書と予定図を持って、建築事務所の担当者が家に来た。
「どうも、この度も弊社をご利用くださいまして誠にありがとうございます。本日担当させていただきます、真壁建築の真壁と申します」
真壁は、名刺を手に椿に手渡した。
「ご依頼の内容を確認したいと思います。まず、お部屋とトイレの増築、衣装クローゼットの設置、食料ストック場所の設置、日用品などのストック場所の設置が以前お伺いしましたご依頼ですが、何か追加することなどございますでしょうか?」
彼がそう言うと、椿は「今のところない」と答える。
「では、お見積りのほうをさせていただきまして……ご希望に沿いますと、百五十万円ほどとなりますが……」
「大丈夫だ」
「い、いや……椿……大丈夫って金額じゃないだろ……」
「問題ない。俺が出すんだから気にすんな」
「いやいや……だってそんな金……」
「本業と副業、ざっと計算しても収入は……」
椿は右手の指を三本立てて、「これくらいだ」と示す。
「三十……?」
「いや」
「三百……?」
「ああ」
「一か月で……?」
「うん」
「嘘だろ……」
「いや、本当だ」
鷹斗は目をむき、由衣を見る。
「間違いないですよ。先月は雑誌の仕事が結構ありましたし、正確には三百十二万円でしたから」
と笑顔になる由衣。鷹斗は話を続けてくれと言わんばかりに手を振る。
「椿さま、以前お伝えさせていただきました“注意事項”の件ですが……」
「大丈夫だ。当日までには移動させておく」
しばらくの間、二人のやり取りは続いた。
必要な個所をメモしていく由衣。リビングのソファであっけにとられている鷹斗。
家の中は不思議な空間へと化していた。
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