ラストシーン

カナラ

最終話

「今日は何読んでるの? おじいちゃん」

「あぁ…………」

 ため息か、感嘆か。何にせよ、少しの間、貴方は上を向いた。

 いつものように目尻をほぐすと、こちらに向き直る。

 貴方が大きな感情を隠す時の癖だ。

「何がおじいちゃんだ、君の方がよっぽどおばあちゃんだろうに」

「見た目は若々しいままでしょ」

「僕は、精神こころの話をしているんだ……今も、昔も」

 分かっているよ、そんなこと。

 分かってしまったんだよ、そんなことを。

 だけど少しくらい、昔に戻りたくて──

 貴方はそれも見通した上で、言っているんだろうけど。

「それにしても、少し待ちくたびれたよ。遅刻がすぎるんじゃないか?」

 責めた口調に、優しい笑顔。

 あぁ、何一つ変わっていない。

「頑張ってここまで来たから許してよ」

「いや、許さない。君がいない間に長い時間が経ち過ぎた」

「それでも、貴方は覚えていてくれた」

 それはきっと、砂漠の中でただ1人、あるかも分からない黄金を探し続けるような苦行で。

 でも──

「うん、信じてた。覚えていてくれるって」

「……そうかい。期待に添えたようで何よりだよ」

 恥ずかしそうに、顔を逸らす。これも貴方の癖だ。

 貴方は、ここに辿り着くまでにどれほどの苦労をしたか、どれほどの辛い思いをしたかすら語ってくれない。

 でもその強がりが、どうしようもなく愛おしかった。

「それっ! ……うーん、加齢臭とかしないね」

「君から抱きついておいて、失敬な。それに、この構図は事案だろう」

「事案というより、むしろ、おじいちゃんと孫みたいな……だから、これは、そう──家族愛」

「家族、か……それもまたいいな」

 遠く、どこかを眺めて貴方は呟く。

 それはきっと、昔は2人で見ていたところ。

 それはきっと、私が諦めてしまったところ。

 羨ましいより、嬉しいが勝っちゃうよ。そんなの。

「もう離さないからね」

「そうしてくれるとありがたい。もう、僕に力はないからさ」

「死ぬの?」

「当たり前だ、君じゃないんだから。分かってたろう?」

「目を、逸らしてたんだよ」

「じゃあ見てくれ。辛いことかもしれないけど、僕の全てを見ててくれ」

「我儘だね」

「ああ、君ほどじゃないけどな」

 2人して笑い合う。

 梅の匂いと、貴方の香りが胸を締め付けた。

 春は、もうすぐやってくる──

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ラストシーン カナラ @nakatakanahei

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