この世界では呼吸が出来ない
明日葉叶
♯1 君の隣で世界は止まる
遅刻ギリギリで教室に猛進する俺の日常は今日も変わらないはずだった。
くだらない授業に、面倒な人間関係と将来に対する不安。学校にはとりあえず毎日来ているけど、俺にとって学校は何の価値もない監獄のような場所だった。
今日もなんの奇跡も起きやしない。
そう思っていた。
「高倉! まぁた遅刻か! かわいい転校生が来る時くらいもう少し真面目にきたらどうなんだ?」
「先生、その発言教師的にやばくないっすか?」
俺はその転校生とやらを見ることもなく、席に着く。どうせ話すことなんてこの一年ありはしない。
「っとまぁ、こいつはこんな冷たいやつだけどな。根は良いやつなんだよ。ま、仲良くしてやってくれ」
「よろしくね高倉君」
「よろしく」
名前も知らない彼女に、俺は取ってつけたような挨拶をして鞄を机にひっかけた。
眠り姫。隣の男子が高峰彩音をそう呼んでいるらしい。そのせいもあってか女子からは姫と呼ばれていた。
誰に媚びることもない性格は割と広い範囲でウケるらしい。だいたいこういうパターンは女子に嫌われるはずなんだけど。
俺は人付き合いがよくわからないから、どういう工程を踏めば他者との関りを円滑にできるのか見当もつかない。考えもしないのは確かだけど。だから気になっていたのかもしれない。誰に何を話しかけられても常に笑顔を絶やすことのない高峰彩音を。
発端は三時限目の古典の授業。
前の二時限目は水泳の授業で、俺を除く男子が色めき立っていた。俺は関心がないというよりは、問題を起こしたくないので関わりたくなかった。
炎天下での水泳の授業は、体に癒しを与え。
その後の古典の授業は、脳に休息を与える。
俺はその瞬間、世界が止まるという現象を感じた気がした。
真夏の空気を含んだ風が、隣の席の窓から流れてきた。
甘い匂いと、夏の匂い。それが寝ている高峰彩音を見てしまった理由。
真夏の太陽が焦がした風は、プールを隔てた校舎へと流れ、そのまま彼女のノートを捲る。
そのささやかな自然の嫌がらせも、高峰彩音の眠りの妨げにならない。
高峰彩音は眠り姫。
彼女のかわいらしい寝顔に、息をするのを忘れていた。
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