第5話 人たらし(梓)

「そんな訳で、じゃな」


 そう言って、聡明は教室を出て行ったっス。はぁ、またあの変人の放浪癖が出たっスよ……。


「アイツは本当にジッとしてられないっスねぇ……」


「あはは。聡明君って面白いね。探検なんて子供みたい」


 梨花ちゃんは聡明が冗談を言ったと思ってるみたいっスけど、あれはガチの奴っス。変な所には行かなきゃいいっスけど……。


 ウチがそんな心配をしていると、隣にいた梨花ちゃんが何やら考え込んでたっス。どうしたっスか?


「あー、校舎の案内なら私がすれば良かったかも。梓ちゃんと一緒に」


 どうやら聡明の探検って言葉を、梨花ちゃんは校舎の確認ととったみたいっス。んー、普通だったらそれで合ってるんスけど、相手は聡明っスからねぇ。


「必要ないっスよ。あれは本気で探検しに行ってるっスから。アレに付き合ってたら、聡明の気が済むまで動き回る羽目になるっス」


「お~、何か実感篭ってるね。やっぱり二人って仲良いんだ」


 何か含みのある言い方っスね。


「……一応念押ししとくっスけど、恋愛感情の類はお互いに一切無いっスよ。実感篭ってるってのも、単に聡明の放浪癖に振り回され続けたってだけっス」


「放浪癖? 何かさっきも悪癖がどうこうって言ってたけど、そんなに酷いの?」


「酷いで済むんならそこまで苦労してないっスよ……」


「頻繁にどっか行って、迷子になってたって事?」


 アハハ……んな可愛げのあるもんじゃないっスよ……。


「気付いたら家からいなくなってて、十日後ぐらいに北海道のお土産持って帰ってきたっス」


「へ?」


「一緒に登校してる途中にふらっと消えて、そのまま翌日まで姿を見せなかったっス」


「……え?」


「ふらっといなくなって、念の為ウチらが持たせておいたGPSで探してみたら、青木ケ原樹海の付近でGPSが途切れた事もあったっス」


「………」


「その癖、どうやって移動してるのかとか、どうしてそこに向かったのか、何処に泊まったのか、お金はどうしてるのか、その他諸々が分からないんスよ。酷いで済むレベルじゃないんス。あれはもはや理不尽っス」


「……あはは、まっさかぁ。冗談にしても無茶苦茶だよ梓ちゃん」


 ああ、どうやら梨花ちゃんは、理解する事を拒んだようっスね。いやまあ、こんな馬鹿みたいな事、一発で受け入れられたら逆に怖いっスけど。


 まあアレっス。聡明と友達付き合っていくのなら、そのうちアイツの可笑しいところは嫌でも目にする事になるっスから、時間の問題っスね。現実逃避でなんとか出来るなら、こんなに苦労してないっスから。


(まあ、これ言ったら距離置かれそうっスから、ちょっと黙っとくっスか)」


「ん? 梓ちゃん何か言った?


「いや、何でもないっスよ」


 隠し事をするのはちょっとばかし罪悪感があるっスけど、聡明が原因なら問題無いっス。多分、聡明の変人度合いを理解する頃には、梨花ちゃんもアイツの事を気に入ってると思うんスよ。聡明、妙に人との距離を詰めるのが上手いっスから。いつの間にか懐に入られてるって言うんスか? まあそんな感じなんで、多分大丈夫っス。


 個人的には、それを中学生、小学生時代にもしっかりやって欲しかったんスけどねぇ……。いや、散々やらかしておいて、拒絶じゃなくて警戒に留まっていた時点で、十分凄いんスけど。


「まあ兎も角、聡明の事は放置で良いっスよ。アイツは勝手に行動させといた方が、お互いの為っスから」


「そうなんだ。じゃあ梓ちゃんだけでも校舎の案内しようか?」


「いや、それも大丈夫っスよ。授業が始まってから教えて欲しいっス。校舎を見て回るのこれから何時でも出来るっスからね。今は梨花ちゃんと一緒にいたいっス」


「っ、そ、そうだね! じゃあ行こっか!」


「?」


 当たり前の事を言った筈なんスけど、何故か梨花ちゃんの顔がちょっと赤いっス。ウチ何か変な事言ったっスか?


(その顔でその台詞は反則っ……可愛い過ぎだよもうっ)


「本当にどうしたっスか?」


「な、何でもないっ! 何でもないよっ!?」


「あ、ちょっ、待つっス!」


 梨花ちゃんがスタスタと先に行っちゃったので、慌てて追いかけたっス。んー、やっぱり顔が赤いっスね?


「……ちょっと聡明君を尊敬するかも」


「はあ!? り、梨花ちゃん、急にどうしたっスか!?」


 何故唐突に聡明の事を褒め出したんスか!? アイツ、梨花ちゃんに何かしたっスか!? それとも妙な置土産でも置いてったっスか!?


「だってさ、聡明君って梓ちゃんと幼馴染なんだよね? それも結構距離の近い感じの」


「そ、そうっスよ? それがどうかしたっスか?」


「ずっと梓ちゃんと一緒なのに、変な間違いも起こしてないんだよね?」


「……まあお互いに恋愛感情は無いっスからね」


「やっぱり凄いよ聡明君は」


「何故っスか!?」


 ウチと幼馴染ってだけで何で聡明の株がこんなに上がってるんスか!?


「だってさ、梓ちゃんこんなに可愛いのに、聡明君ってずっと一緒にいて何も起こしてないんでしょ? 私が男で梓ちゃんの幼馴染だったら、我慢出来ずにペロって食べちゃうもん」


「梨花ちゃん!?」


 いきなり何言ってんスかこの人!? それと何か食べちゃうの部分が妙に妖艶なんスけど!?


「……凄い驚いてるけど、これ結構普通だと思うよ? 梓ちゃん、滅茶苦茶可愛いもん。この学校でもトップクラス、うん、姫崎院様と並ぶぐらいの美人さん。女の私でも、クラってきちゃうぐらい」


「いやいやいやっ! 流石にそこまでじゃないっスよ!?」


 ウチそこまで見境無しって感じじゃないっスよ!? 後、姫崎院って誰っスか?


「女の子にモテるのは………あ、あんまりないっスよ?」


「……少しは経験あるんだ」


「……そっちに目覚めちゃったから責任とってと、迫られた事が二桁程……」


「全然少しじゃないよそれ!?」


 五月蝿いっスね!? 出来るだけ忘れたい記憶なんスよ!


 ウチが涙目になって梨花ちゃんに抗議すると、梨花ちゃんは気まずそうに目を逸らしたっス。ちょっとこっちちゃんと見るっス。


「んんっ。兎も角さ、梓ちゃんって本当に可愛い訳」


「そう念押しされるとちょっと微妙っスね……」


「皆の注目の的なのによく言うね」


「そう言うのは気にしないっスから」


 もう昔っから皆に見られてたせいで、人の視線とか気にしなくなってるんスよね。あ、でも、よからぬ視線には敏感っスよ? 聡明にそういうのを察知する方法を教えて貰ったっス。……何でも公安局直伝らしいっス。本当にアイツ意味分かんないっス。


 だから梨花ちゃん、その呆れたような視線を止めるっス。その『アホってこういう事か』みたいな納得顔も止めるっス!


「はぁ……本当に聡明君って凄いね。こんな無防備というか、妙に抜けてる所があるのに、梓ちゃんに手を出さないんだから」


「いやだから、聡明とウチはそういう感情なんて無いっスよ!」


「あのねぇ、幾ら幼馴染で兄妹みたいな関係であっても、限度ってもんがあるんだよ? 恋愛感情とか抜きにしても、男は狼なの。そんなに無防備だと、その内聡明君に襲われるよ?」


「……いやウチら、今でも偶に同じ部屋で寝泊まりとかするっスよ? 後、普通に目の前で着替えたりもするっス」


「はぁ!?」


 梨花ちゃんに何言ってんだコイツみたいな顔で見られたっス。ちょっとショックっス。


「……え、付き合ってる訳じゃないんだよね?」


「有り得ないっスね」


「口ではそう言って、実はとかは?」


「天地がひっくり返っても無いっス」


「……馬鹿じゃないの梓ちゃん」


「何故っスか!?」


「いやだって、女の子でしょ!?」


「紛うことなくそうっスけど!?」


 どっからどう見ても女っスよウチ!?


「ならもっと警戒心を持って! 襲われたらどうするの!?」


「バリバリに持ってるっスよ!? 誘拐犯とか何度も返り討ちにしてるっス!」


 後ろから襲われても、余裕で対処出来るぐらいには何時も警戒してるっスよ。


「……え、梓ちゃんってもしかして武闘派?」


「まあ程々にっス。下手な暴漢よりは全然強いっスよ」


 そう言ったら、何故か梨花ちゃんは悩み出したっス。


(んー……なら大丈夫……いやでも、それとこれとは話が別な気も……)


「梨花ちゃん?」


「……ねえ、一応聞くけど、梓ちゃんって聡明君より強い?」


「いや聡明の方が馬鹿みたいに強いっス。アイツは半分フィクションっスから」


 アイツ、前に気を学んだとか言って、鉄板を素手でぶち抜いたっスからね? そんな奴に勝てる訳無いっス。


「じゃあ余計に駄目だよ! ちゃんと危機感持たなきゃ!」


「いやだから、聡明相手にはそういう警戒なんて必要無いってだけで、他の人にはちゃんと警戒心とか持ってるっスからね!?」


 流石に、他の男と一緒の部屋に泊まったりとかはしないっスよ? 着替えたりとかもってのほかっス。


「でも付き合ってないんでしょ? なら聡明君にも警戒心を持たなきゃ!」


「んー、そう言われてもっスねぇ……」


 梨花ちゃんの言ってる事もまあ分かるんスけど、ウチらの関係は特殊っスからねぇ。どう言ったところで、相手に上手く伝わらないと思うっス。


「まあ、心配してくれるのは嬉しいっスけど、聡明とウチに関しては心配するだけ無駄っスよ。言葉じゃ上手く説明出来無いっスけど、本当に大丈夫なんスよ。万が一、いや億が一、聡明に襲われたとしても、もうそん時はそん時っス」


 いや本当に。聡明に犯罪的な意味で狙われた場合、回避出来るのってマジで限られた人種っスよ? 何かの達人とか、すっごい人数の護衛が付いてるとか。だから襲われたら、諦めるっきゃないっス。


「……本当に大丈夫なの?」


「大丈夫っスよ。アイツとは生まれた時から一緒なんスから」


 ちょっと心配し過ぎ、てかしつこい気がするっスけど、こんな初っ端からこれだけ心配してくれるんス。梨花ちゃんとはもっと仲良くなれそうっスね。


「心配してくれてありがとう。梨花ちゃんは優しいっスね」


 そう言って笑いかけると、梨花ちゃんは一瞬固まった後、カァァって顔が赤くなったっス。ちょっ、どうしたっスか!?


「本っ当にもうっ、本当にもうっ! やっぱり梓ちゃん何も分かってないよ!? 無警戒だよ!」


「何でっスか!?」


「そうやって不用意に笑いかけちゃ駄目! その笑顔だけで皆が勘違いするんだよ!?」


「ウチの笑顔は洗脳兵器っスか!?」


 確かに笑顔見せると皆顔逸らすっスけど! 流石にそこまでじゃないっスよ!?


「ちょっと一旦落ち着くっスよ! 冷静になるっス」


 そうそう、深呼吸っスよ。それで落ち着くっス。


「……ゴメン。少し取り乱した」


「まだ顔赤いっスよ?」


「……これは羞恥心だから、出来ればそっとしといて……」


「わ、分かったっス……」


 どうも一旦冷静になった事で、今までの自分の熱の入りようを自覚しちゃったみたいっスね。俯いたまま小さな声で、『何であんなはしたない事を』とか言ってるっスから、結構本気で落ち込んでるみたいっス。


「……」


「……」


 ……き、気まずいっス。沈黙が辛いっス。かと言ってここで何か言うと、また油注ぐか、地雷踏むかしそうなんスよね……。聡明から頻繁に、『お前は地雷を踏み抜くから、気まずい時は喋るな』とか忠告されてるぐらいっスし。


 そんな風に悩んでいると、前から二人の男子生徒が歩いてきたっス。


「あ、梨花ちゃん顔上げるっス」


 このまま行くとぶつか、


「きゃっ」


 遅かったっスか……。


 慌てて梨花ちゃんが顔を上げて、ぶつかった男子に謝ろうとしたっス。


「ご、ゴメンなさっ!?っみ、御門様っ!?」


 そしたら何故か、まだ赤かった梨花ちゃんの顔が、真っ青になったっス。


 御門って知り合いっスか?

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