第3話 初登校(梓)

 どうも! 朽木梓っス! 今日は待ちに待った帝櫻の入学式っス! もう楽しみにし過ぎて、昨日はあんまり眠れなかったっスよ!


 っと、そろそろ家を出ないといけない時間っスね。登校時間的にはまだ余裕があるっスけど、聡明を迎えにいかないといけないんスよ。


 あ、今典型的な幼馴染シチュエーションだと思った人、正直に言うっス。そして残念だったっスね。これはそんな嬉し恥ずかしシチュでは無くて、もっと切実とした理由があるんス。


 聡明は長期休暇になると、ちょくちょく外国に行ってるっス。入学前の今回も、当然外国に行ってたっス。そうなると問題が出てくるんスよ、時差ボケって問題が。いやまあ、基本的に外国慣れしてる聡明なんで、時差ボケもそこまで心配しては無いんスが、それでもたまーにやらかすっス。だから一応迎えに行ってるんス。後はアレっす。聡明、小学校の時は通学途中でフラっとどっか行ったりしたんで、それを見張る為に一緒に通ってるんス。いや、もうしないってのは分かってるんスけど、それでも不安になるんスよ。日頃の行いって大事っスよね。


 っと、そんな事考えてる内に着いたっス。聡明の家はウチの家の三件隣なんで、すぐ着くんス。


「おーい聡明、お姉ちゃんが迎えに来たっスよー。起きてるっスかー?」


 いつも通り、聡明を呼びながら、家の中に入るっス。勝手知ったる他人の家。既にウチと星野家は半分家族みたいなもんスから、家にお邪魔するのに遠慮なんて無いんス。聡明なんてウチが着替え中にも関わらず、普通に部屋に入ってきたりするっスからね。いや、別に気にしないっちゃ気にしないんスけど。


 ていうか聡明遅いっスね。こりゃ今日はやらかしたパターンっスか?


「っと、悪い梓姉。着替えてた」


 不安に思っていると、聡明が部屋の中から出てきたっス。ふむ、一応準備は出来てるっぽいっスね。


「もう。寝坊したのかと一瞬心配したっスよ、聡明兄」


「悪かったって。もう準備も出来てるから、すぐ出れるぞ妹よ」


「そりゃ良かったっス。流石に初日から遅刻なんて洒落にならないっスからね。あ、ご飯はしっかり食べたっスか?」


「おう」


 大丈夫みたいっスね。それじゃあ行くっスか!


「おじさん、おばさん、行ってくるっス!」


「行ってきまーす」


「おう! 頑張ってこいよ梓ちゃん!」


「事故とかないように気を付けてね、梓ちゃん」


「はいっス!」


 暖かい言葉と共に見送られて、ウチらは登校を始めたっス。


「……なーんで、あの両親は実の息子に向けては何も言わんのかね?」


「日頃の行いっスね」


 解せぬと、小さく呟く聡明。気にしてない癖に良く言うっス。


 そんな感じで他愛の無いおしゃべりをしながら、学校までの道のりを歩くっス。ただ何か、所々で妙な視線を感じるんスよねー。


「……聡明、何かウチら見られてないっスか?」


「そりゃな。帝櫻の制服着てんだから、注目ぐらいされるわな」


「あ、なるほど……って、あーーっ!」


「うおっ!? 急に大声上げてどうした!?」


 危ないっス! うっかり忘れてしまうところだったっスよ!


「聡明、ウチは忘れてたっス」


「何だ? また忘れ物でもしたか?」


「違うっスよ。てかまたって何スか。人をしょっちゅう忘れ物する奴みたいに言うなっス」


「あ、うん。そうだね。で、何を忘れたって?」


「何か含みのある言い方っスね……まあ良いっス。忘れてたのは、ウチらが今着ているものについてっスよ」


 ウチがそう言うと、聡明は自分の着ている制服を確認して、ひと通り見た後は同じようにウチの制服も確認し始めたっス。ちょっと近いっスよ。


「……あ、梓、お前ブレザーに醤油付いてるぞ」


「ちょっ、マジッすか!?」


「嘘」


「ぶっ殺すっスよ!?」


 本気でびっくりしたっスよ! 洒落にならない冗談は止めるっス!


「違うっスよ! ほら、ウチら新しい制服じゃないっスか! なのに感想を言うのを忘れてたっス!」


「感想……つまり、似合わないよみたいな?」


「そうっスけど、そこは似合ってるよって言うところっス」


 捻くれた例を挙げるなっス。そして嫌そうな顔すんなっス。


「えー、感想なんているか?」


「いるっスよ! 幼馴染や兄妹同士で新しい制服の感想を言い合うのは、定番のイベントっス!」


 漫画やアニメの王道シチュエーションっスよ。しっかりこなさないと勿体無いっス。


 という訳で、良く見せろっス。……ふむふむ、なるほどなるほど、OKっス。


「うん、まあまあ似合ってるっスよ。聡明はタッパもあるし、顔立ちも一応は爽やか系っスから、ブレザーの制服を着てると栄えるっスね。パッと見だと好青年っスよ」


「まあまあとか、タッパとか、一応とか、ちょくちょく気になる単語があるんだが……お前それ褒めてる?」


「お前の内面を褒めるとか無理ゲーっスよ。ガワだけでも褒められてる時点でかなりの高評価なんスから。やっぱりスペックだけは高いっスねぇ」


「全然褒められてる気がしないんだよなぁ……」


 聡明はそう言って頭を抱えたっス。日頃の行いなんで諦めろっス。


「じゃあ次は聡明の番っス。さあ、しっかり感想を言うっスよ!」


「……似合ってる、じゃ駄目か?」


「駄目っス」


「えー……」


 何か凄い嫌そうな反応っスね。アレっスか? 柄にも無く照れてるんすか?


「梓に感想言うのって難易度高いんだよなぁ。どんな服着ても同じだし」


「ちょっ、それどういう事っスか!? 失礼にも程があるっス!」


 ウチはちゃんとオシャレしてるっスよ! 同じとかお前の目ん玉ガラス玉っスか!?


「いやだって、お前大抵の格好が似合うじゃん。此処が良いとか、こっちの方が良いんじゃねとか、そういう感想を言いづらいんだよ」


「じゃあ良いっス」


 そういう理由なら許してやるっス。ちゃんと感想を考えた上で似合ってるしか出てこなかったのなら、それが最上級の褒め言葉っス。


 ウチがあっさり引き下がると、聡明は苦虫を噛み潰したような顔になったっス。どうしたっスか?


「……なぁ、惰性で無理矢理イベント作って、消化すんの止めね?」


「いいじゃないっスか。貴重な体験っスよ」


「こんなんばっかやってるから、変な勘違いされんだろうが!」


 うっ、それを言われると痛いっス。


「でも面白いじゃないっスか! フィクションを現実で出来るんスよ」


「フィクションはフィクションだろうが」


「半分フィクションみたいなお前が言うなっス!」


 知ってるんスよ! お前放浪癖の他にも色々変な特技やら何やらを持っているのは!


「ったく、このアニメ脳が。お陰で俺は嫉妬やら何やらを受けるハメになってんだよ」


「ダメージはトントンなんだから問題無いっス」


「トントンじゃねーよ!」


 うっさいっスね! こっちだって聡明と恋人疑惑持たれて色々大変だったんスよ。トントンじゃないとか言ってるっスけど、お前休日は大体いないんすから、周りの注目は基本ウチに来るんス。本気で差し引きトントンぐらいっス。


「ああもうっ、これで高校でもお前と交際疑惑出てきたらたまったもんじゃねーぞ」


「それはこっちの台詞っス」


「なら幼馴染、兄妹シチュエーションは自重しろ」


「嫌っス」


 半分フィクションみたいな聡明と違って、こっちはちょっと優秀なだけの一般人なんス。だからシチュエーションだけでも、フィクションじみたものを体験したいんスよ。


 とは言え、その手の誤解を受けるのは確かに面倒っス。ウチだって、こ、恋人とか欲しいんス。なのに交際疑惑が広がるのは困るっス。


 んー、どうしたもんスかねぇ……。


「っと、学校が見えてきたっスね」


「お、そだな」


 悩んでる内に、帝櫻に付いたみたいっス。取り敢えず、この悩みは一旦棚上げっスね。


 さー、楽しい高校生活が始まるっスよー。

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