第2話
俺がレベル9999になってしまった経緯を話すには、まず俺がこの世界に転生した時のことから語る必要があるだろう。
時は二十年前まで遡る—————
○
9月22日、早朝7時半。
大都会東京、渋谷、スクランブル交差点。
俺は胸に焼け付くような痛みを感じながら、アスファルトにうつ伏せで倒れていた。
周囲から、悲鳴と逃げ惑う人々の足音が聞こえてくる。
うつ伏せに倒れている俺の頬に生ぬるい液体が当たる。
血だ。俺の血だ。
30秒ほど前、俺は通り魔に腹を刺された。
誰かに恨みを買うような真似をした覚えはない。
俺を刺したあと、犯人はすぐ凶器を引き抜いて、別の人間に斬りかかりに行ったので、おそらく無差別だろう。
出血の量からして死ぬ可能性が高そうだな、と俺はまるで他人事のように分析する。
俺は死を前にして、いいか、別に死んで、と思っていた。
そんなことを思うのは、俺がこの世界に生きる意義を見い出し切れていないからだろう。
生きていて24年間、特別辛い目にあったわけではない。
低収入だが、生きて行けるほどの金はもらえている。
会社がブラックだとか、イジメられているとかそんな事も特にはない。
ただただ退屈だったのだ。
成熟した社会で生きていくということが。
俺のガキの頃の夢。
それはゲームや漫画アニメに出てくる主人公みたいに、修行して仲間を作って、そして世界を苦しめる巨悪を退治する、そんな存在になりたいというものだった。
普通はそんな夢、中学生くらいで捨ててしまうだろう。
俺も無理だと頭では理解していた。
ただ、心の奥底でその夢を捨てきれずにいた。
体は大人になれても心は大人になりきれなかったのだ。
だから俺はこの世界は退屈だと常に不満を抱いていた。
この世界には魔法はない。倒すべき明確な敵もいない。
つまらない。退屈だ。
ガキそのものの考えで笑っちまうかもしれない。
だが本気でそう思っていた。
何をどうしても俺の夢は叶えられることはないと、常に心に空虚な感覚を抱いていた。
そんなんだから、こんな窮地に陥ってもまだ生きたい死にたくないと、焦ったりしないのであろう。
しばらくすると、意識が徐々に薄くなっていく。
視界が揺らぐ。腹の痛みも感じなくなっていた。
いよいよか……俺は悟った。
視界が真っ暗に染まっていく。
つまらない退屈な人生は終わった。
そう思ったのも束の間だった。
いきなり視界に女の人の顔が映る。
結構な美形の人だ。
俺を見ながら満面の笑みを浮かべていた。
俺は突然の出来事に激しく混乱する。
な、何だ? どうなっている?
死んだはず……だよな俺? は?
つか体が動かないんだけど、声も出せないし。
精一杯眼球を動かして自分の状態を確認してみる。
……手が小さい。体も小さい。これってまるで。
赤ちゃんじゃん…………
えええええええええええええええええええええ!?
俺は心の中で全力で叫んだ。
それから自分が、日本でも海外でも地球ですらない異世界に転生し、「ライズ・プライス」という名の男として、第二の人生を送ることになったということを徐々に受け入れいくのだった。
○
一旦回想中断。
俺は二十年前、通り魔に刺されて死亡し、異世界に転生した。
この世界は地球とは違う点がいくつかある。
魔法という不思議パワーが使える。
魔界という異空間がある。
そこに住む魔物たちが『ゲート』を通ってこの世界にやって来て、人間たちを襲ったする。
世界を闇に包もうとしている魔王という存在がいる。
主な違いはこれくらいか。
ほかにも細かい違いは大量にある。
俺は最初は驚いたが、この世界についてある程度知り、
「なんていい世界に転生したんだ!」
と歓喜した。
魔法がある。魔物がいる。魔王がいる。
この世界では退屈せずに済みそうだ。
そう思った俺は、魔法を極め魔王を倒すと決めた。
そして、十年以上修行を重ね、十三歳くらいで一流の魔導師と呼ばれるようになった。
一流と認められてから、俺は家を出て、魔王を退治するための旅に出た。
旅をして仲間を集めて行った。
そして各地で人々を苦しめる魔物たちを熱い戦いの末、成敗していった。
それは最高に充実した日々だった。当たり前だ。
練習すれば確かに上達してく魔法。
日々仲間たちと共に成長していく実感。
倒せないと思っていた敵が倒せるようになってくる。
長い間ずっとこんな生き方がしたいと思っていた。
まさに俺は夢中に生きていた。
5年前……奴が俺の前に現れる前までは…………
○
「転生してきてもう15年か……」
楽しい日々はあっという間に過ぎていくとよくいうが、それは本当のことだと思う。
俺はこの世界に来てワクワクしっぱなしだった。
とにかく楽しい日々を俺はこの世界で送っていた。
転生して驚いたあの日がつい昨日のように感じられる。
これからもこんな充実した日々が続くだろう。
まあ、でもそのためには強くならないといけないな。
ゲームと違って死んだらロードなんてできないからな。
絶対に敵に負けないよう、今日も修行をしないとな。
俺は毎日の日課である修行を早朝に行うことにした。
仲間たちがいる前で俺は修行はしない。
なぜなら、こっそり人の見ていないところでやっていた方がかっこいいからだ。
仲間たちのいる場所から離れて、俺は魔法を使う修行を行う。
よく異世界転生系小説やアニメではチートな能力をもらうことがあるが、俺はもらってない。
人より少し魔法の才能があるだけだ。
まあ、チートなんてなくてよかったと思う。
なにせ何も努力せずにあっさりと敵を倒しても、達成感も何もなくただただつまらないだけだろうからな。
だから本当にチートとかがなくてよかった。
そもそも転生したからチート貰えるって結構おかしな話だしな。
転生することはあるが、それでチートを貰えると言うのはお話の中だけなのだろう。
俺はそんな事を考えながら修行をしていた。その時、
「こんばんはー」
いきなり後ろから挨拶された。
俺は驚いて振り向く。
これといった特徴のない男が、ニコニコと笑顔を浮かべながら立っていた。
見覚えのない人物なので、少し困惑する。そもそも、なぜ朝なのにこんばんはなのか。
「こんばんは?」
見覚えがないと言っても、挨拶をされたら返さないと失礼なので、挨拶を返した。
コミュ力の低い俺だが挨拶くらいはできる。相手に釣られて、朝なのに「こんばんは」と言ってしまったが。
「あなた、ライズ・プライスさんですね?」
「そうだけど……」
「私は神様です! かなり遅れてしまって申し訳ありませんが、あなたのレベルを9999まで上げに来ました!」
「は?」
わけわからん事を言う奴である。
神様とかレベルとか、何を言っとるんだ。
見た目は正常だけど、やっぱ人間は見かけによらないな。
変な奴に絡まれてしまった時は、逃げるに限る。
俺は無視してその場から立ち去ろうすると、
「ああ、待ってください! あなた日本で死んでこの世界に転生してきたんですよね」
その言葉を聞いて俺は驚く。
こいつ。何故それを知っている。
誰かに話したことなど一度もない。
仮に話しても信じてもらえないだろうからな。
「何者だお前は」
「だから神様ですってば」
自称神は呆れたような表情を顔に浮かべる。
「とにかくあなたのレベルを9999に上げないといけないのです。あなたは転生特典者に選ばれていますので」
「なんだそれは?」
「えーと。死んで転生したとき、色々と優遇措置があるのです。例えば転生すると前世の記憶を忘れるのですが、特典に選ばれた者は記憶を保ったまま転生できますし。さらに、一つチートな能力であったり境遇が与えられるのです」
「何で俺がその特典者とやらに選ばれた?」
「クジ引きです」
何じゃそりゃ。適当な神様もいたもんだな。
「お前が何故俺が転生者だと知っているのか分からんが、これ以上戯言に付き合う暇はない。修行の邪魔だ。どっかいけ」
シッシと追い払うようなジェスチャーをする。
「私も忙しいので、あなたをレベルを9999に上げたらすぐ帰りますよ。えい!」
自称神様がそう言った瞬間、俺の体が一瞬光る。
「今、俺に何をした?」
「だから、レベルを9999に上げたのです」
「お前さっきからレベルレベル言ってけどさぁ。そんなものこの世界で聞いたこと一度もねーんだけど」
「はははは、そりゃそうですよ。レベルは神様が見るための物ですから。この世界の人間に見ることはできませんよ」
バカにしたような感じで笑ってきた。
なんか腹たつこいつ。評価が15下がった。
「で、レベルを9999とやらにあげたらどうなるんだ?」
「最強になります」
「……何?」
「レベル9999はこの世界と魔界両方にいる生物の中でダントツの数字です。2位のレベルが99と言ったらその高さがわかると思います。今のあなたは、ありとあらゆる攻撃が効かず、大概の生物を初級魔法一撃で倒せるほどの力を所有しています」
……何言ってんだこいつは?
そんなのまるでお話に出てくるようなチートな存在じゃないか。
「バカを言うな……そんな事……」
「信じていないようですね。試してみれば分かりますよ」
試す。
さっき初級魔法で大概の生物を一撃で倒せると言ってたよな……
どうせ戯言だろうけど、とりあえず魔弾(バレット)でも撃ってみるか。
俺は指で銃を作り、近くの木に向ける。
……あれ?
なんか、すげー嫌な予感がする。
なんとなく、なんとなくそんな感じがするってだけなんだが、俺が今から放とうとしている魔弾(バレット)は、あの木を一瞬で消しとばすくらいの威力があるようなそんな感じがする。
いやいや気のせいだろ。
魔弾(バレット)の威力なんて、せいぜい木に風穴を開けるくらいだ。
木を消滅させることなど、できるわけがない。
気のせい。気のせいに決まっている。
俺は自分に言い聞かせながら、
「魔弾(バレット)」
魔法を放った。
結論から言うと俺の予感は外れていた。
魔弾(バレット)はとんでもないスピードで木にあたり、跡形もなく消しとばし、さらに勢い衰えぬまま飛んでいき、遠くの方にある山に直撃。大爆発が起きて、山そのものを消しとばした。
予感は当たらなかった。
悪い方に外れていた。
俺の魔弾(バレット)は、山をも吹き飛ばす馬鹿げた威力になってしまっていた。
消し飛んだ山を俺は口をあんぐりと開けながら見つめる。
そして、視線を自称神様の男に移す。
嘘……だろ……?
こいつが神だってのは本当のことだったのか……?
こんなどこにでもいそうな顔の男が?
「成功ですねー。すみませんねー遅れてしまって、本当は転生した直後にレベルを9999にするつもりだったのですが、なんか手間取ってしまってですね。まあでも、今からでもチート無双ライフを送るのは遅くないと思います。よかったですねレベル9999になれて」
自称神、いや神は微笑む、俺はその言葉を聞いて、
「よくねえええええええええええええええええ!」
心の奥底から叫んだ。
「ええ!? 良くないってどういうことですか!?」
「いらねーんだよチートなんて! 今すぐ元に戻しやがれ!」
「えー!? そんな! 人間は皆チート好きですよね?」
「好きじゃねーよ! 少なくとも俺は好きじゃねー! 戻しやがれ!」
こんなに充実した毎日を送っているのに、いきなりこんな馬鹿げた力を貰ってたまるか。
俺は自身の努力と研鑽で強くなり魔王を倒したいのだ。
「うーん。ごめんなさい無理です」
「ああ!? お前神なんだろ!? 全知全能なんだろ!?」
俺は神の肩を持ちグラグラと前後に思いっきり揺らす。
「あわわわ! あ、あなたの神様に対するイメージは間違っています。神様と言っても色々種類があってですね。私は人間に転生特典を与える専用の神様なのです」
「は!? ずいぶん限定的な神様だなおい!」
「転生特典を与える神もいれば消す神もいるのです。その神様にしか能力を消すことはできません……」
「じゃあ、今すぐそいつを呼んでこい!」
「呼んできても消してはくれませんよ」
「なぜだ!」
「誤って付与された転生特典を消す係ですからね。あなたのレベルが9999になったのは、正当なクジ引きの結果ですから、消してくれないでしょう」
「もらった本人がいらないと言っていてもか!?」
「個人的感情は思慮に入れないでしょうねー」
「ふ、ふざけているのか?」
「すいませんねー。こればかりはどうしようもないんで。私、神様としては下位なんで、権力がないんです」
そりゃそんな限定的なことしかできない神様だから、権力なんてあるとは思えないが。
「じゃ、忙しので。まあ、今は嫌でもそのうち楽しくなってきますよ。それじゃ」
そう言って、神は宙に浮かぶ。
「ま、待て!」
「それじゃあ、もう会うことはないでしょうけど、あなたの幸せを祈っていますよ」
俺の制止の声を完全に無視して、神は飛び上がり雲の上へと消えていった。
「……マ、マジかよ」
俺は力なくそう呟いた。
○
俺がレベル9999になった経緯はこんな感じだ。
それから俺は全力を出さずに戦ってみたりしたのだが、途中で虚しくなってやめた。
なんかどうでもよくなって単身で魔王、染闇(せんあん)の羽ベルゼブブのいる魔王城に乗り込んだ。
そして、中にいる敵を全部一撃で撃破。
最後には魔王も一撃で撃破した。
まったく苦戦せず、ダメージなど一切受けずに終わってしまった。
世界を恐怖に陥れていた魔王も俺の前ではただのハエ同然だった。
魔王を退治するという目標は確かに達成した。
だが、なんの達成感も湧いてこなかった。
所詮偶然手にした力で倒したのに過ぎない。
そんなので達成感が沸く方がおかしい。
俺はただただ虚しかった。
こんなので、人々から賞賛されても嬉しくもなんともない。
その場面を想像しただけで、なんだか気持ち悪くなってくる。
そう思ったので、俺は魔王を倒したということを誰にも告げずに仲間の前から姿を消す。
その後、辺境にある湖畔に一軒家でも立てて、毎日釣りとかしながら適当に生きるようにした。
ただ、魔王を倒しても魔界にはまだまだ魔物はいるし、ゲートは頻繁に開いて、そっから魔物がやってくる。
そいつらが世界で暴れまわり、人々に被害を与え続けているのは変わらない。
その魔物どもを倒す力を持っているのに、何もしないのは正直寝覚めが悪い。
だが、自分が力を持っているということは知られたくない。
なので、仮面を被り正体を隠して、魔界からやってきた魔物どもを退治することにした。
普段は釣りをしたり昼寝をしたり、家具とか作ってみたり、魔界から強い魔物が出たという話を聞いたら、それを退治しに行く。
レベル9999になってからそんな生活をずっと送っていた。
もう五年も経つが、心の中の虚無感は消えない。
転生前のつまんない生活に逆戻りしたような感じだ。
いや、楽しい生活を知っているだけに、虚無感は転生前より大きいかもしれない。
せめて現状の力では倒しきれないほどの強い敵が出てくれれば……
あの時みたいな充実した気持ちになれるかもしれないのに。
しかし、神が言った言葉が真実なら、俺より強い奴はどこにもいないのだろう。
それでも俺は心の奥底で願いながら、日々を生きるのであった。
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