第5話

 心の洗濯、もとい有給消化期間。

 別に有給なんてないんだけど、現代日本人は『仕事を辞めた後のちょっと長めの休職期間』をそう捉えがちだよね。え、わだけ?


 まあ、そんな気分だったからか、とりあえず今は全部のパーティ勧誘をお断りしている現状だ。

 リースさんの言葉は半信半疑だったけど……どうやら本当に私は『人気者』みたいだ。ギルドのメールボックスを開いたら予想以上の勧誘メールが届いていて、思わず何も見ないで閉じてしまった。返信が億劫な時期って、あるよね。

 とりあえず、全部リースさんに自動返信で断って貰うようにお願いして、私は全てを忘れることにした。うん、私は何も見なかった。よし。


 というわけで、ニート満喫中の私は。


「………なんか、前にもあったなぁ、こんなの」

「……ぅ、……」


 薬草取りの最中で、行き倒れている獣人族と思われる青年を見つけてしまった。

 ……この山、行き倒れ多すぎない??



***



 獣人族。

 それは、その名の通り獣と人の特徴を併せ持つ種族の事だ。

この世界には獣人族の他にも大きくわけて妖精族、人魚族が存在している。

 勇者パーティのマナが獣人族。ラウラが妖精族、だね。


 普通の人間の割合が1番多く、ついで獣人族、人魚族、1番少ないのが妖精族となるらしい。

 だから、ラウラは実は結構レアな種族だったりする。


 そして、人間以外の種族は、それぞれ特出した能力を有していることが多い。


 獣人族は身体能力。

 人魚族は海での活動能力。

 妖精族は魔力量が著しく多い。


 とか、まぁ、そんなに感じ。

 そして、これも『剣と魔法の世界』お約束なのだが、そういう希少種は人身売買やら奴隷被害やらに逢いやすいのだ。



「で、ライルは奴隷商から隙をついて逃走。逃げ込んだこの山で深手を負い、倒れていた所を私に保護された、と」

「ああ。ナギのおかげだ。本当にありがとう」


 冒頭で私が拾った青年、ライルとお昼を食べながら、なんとはなしに現状を振り返ってみたりする。


 ライル。

 あの日、私が拾った2人目の青年。

 本人の頷く通り、彼は元奴隷の獣人族だ。


 種族は黒狼。

 立派な耳とふっさふさのしっぽが何とも魅惑的な褐色肌に黒髪金目のイケメンだ。くせ毛を後ろに流してひとつに結んでいる所もポイントが高い。うん、目の保養。


 そして話しは変わるが、私は動物が好きだ。

 小動物とかもう吸いたい。

 だから、例え本人が私の事を嫌ってようと、嫌がらせをしてこようと、パーティメンバーだったマナのことはそこまで嫌いじゃなかった。

 正確に言うと、マナの猫耳としっぽは嫌いじゃなかった。

 猫は崇める存在だからね。仕方ないね。


「……そんな目で見たって、耳は触らせないぞ」

「チッ。しっぽのブラッシングは?」

「許可」

「よっしゃっ」


 小さくガッツポーズをすれば、「ほんとに好きだよなぁ」なんてからりと笑われる。

 うん、来た当初の警戒が微塵も無くなったね。ぶんぶんしっぽ振ってるもんね。かわいい。




 約束通り、お昼ご飯の後は日当たりの良い居間でライルのしっぽのブラッシングをする。今日は本業はお休みだ。

 ふっさふさのしっぽはそこそこの重量感があって、これに埋もれて昼寝したら最高だろうなぁ……なんて悪魔の誘惑をしてくる。さすがにそれを頼んだら変態くさいからしないけどね。魅力だよね。


「……それにしても、なんで奴らはこの山まで追いかけて来なかったんだろうなぁ」

「ん? ……ああ、奴隷商のことですか?」

「そう。それ。すげえしつこく追いかけて来てたのに、この山に入った瞬間にピタッと止んだからさ」

「それは君が『加護持ち』だからですよ」

「カゴモチ……?」


 こてん? と首を傾げるライルはかわいい。……おかしいな、相手は細マッチョで背丈も高い至高のイケメンな顔面宝具なのに。

 かわいいって真っ先に出てくるあたり、だいぶこの子に絆されている気がする。

 ……だって仕方ないじゃないか。命の恩人だからとあれこれ手伝いをしてくれて、私の後ろを着いて歩く様はさながら幼児。もしくはカルガモ親子。そんなのかわいい以外の何物でもない。


 可愛いは正義。これ絶対。


「『加護持ち』っていうのは、生まれた時に神様から色んな祝福を受けた人の事ですよ」


 『加護持ち』。

 それは、生まれ落ちる時に神からの祝福を受けた者のこと。

祝福とはすなわちギフトだ。

 ギフトの内容は様々だが、文字通り神の祝福を授かった者にはは、『魔王』を倒す『勇者』の資格があるとされている。


 そして、加護持ちの者はとても数が限られており、だからこそ、『勇者』もゆく先々で歓迎を受けていたのだ。

 ……まあ、それで天狗になってちゃ意味ないんだけどね?


「……で、追っ手が来ないのと、その『加護持ち』はどんな関係があるんだよ?」

「そうですね。この山が、『加護持ち』しか入れない神域だから、ですね」


 サラッと言ったら、ライルが固まった。


「………………ここ、そんなやべえの?」

「そんな大したもんじゃないですよ」


 師匠の小屋のあるこの山は、世間では『魔の森』と呼ばれているところらしい。


 魔物が多く存在し、その魔力のおかげか貴重な薬草や希少種の聖獣なども存在している。

 そのため、薬草取りの商人や密猟者なんかがよくこの山に足を踏み入れようとするけれど……入れたものは少ない。

 魔物に殺されるから?いいや、違う。

 この山に入れるものは、『加護持ち』に限られるからだ。


 『魔の森』がなんで神域なんだっていうと、師匠がそう言ってたからだ。私も詳しくは知らない。


『まあ、ここは神域みたいなもんじゃな』


 と鼻をほじりながら言われた言葉は今も覚えている。しかもその鼻くそを私に向けて飛ばしてきやがったことも、よぉ〜〜く覚えている。


 思わぬ形で思い出してしまった師匠への愛に拳を握っていたが、それもライルの言葉にすっ飛ばされた。



「へえ、じゃあ、俺も『勇者』になれるかもしれないんだな」



 それだわ。



***



 どうしたら、『勇者』の天狗になった鼻をへし折れるか考えていた。

 あんなに天狗になって、黒歴史を量産して、反抗期を迎えていても、まだ私の可愛い弟分だ。慈悲はある。

 勇者がああなってしまった大きな理由は、『自分より強い加護持ちに会ったことがないから』だ。

 だからあの子は、自分を『特別』だと思い謙遜の心を忘れている。


 なら、どうしたらその驕りをぶっ壊せるか。

 そんなの簡単だ。


「アレより強い『勇者』を育て上げて、ぶちのめせばいいんじゃないですか」


 なあんだ、とても簡単な事だった。

 ここ数日の悩みがパッと消えた私は、近年稀に晴れやかな笑顔で笑った。




「と、言うわけで、ライル。君、強くなりたくないですか?」

「なりたい」

「即答。大変よろしい心意気です」


 獣人族は強さに貪欲な傾向があるが、ライルも例に漏れないらしい。

 私の問いかけに食い気味で即答してくれた。いいねいいね、向上心のある若者は大好きだ。


 狼の獣人族で、加護持ち。

 元々の身体スペックも高い。今は『奴隷』という職種だが、きちんと鍛えて職業が進化すれば、それに伴い身体能力やら基礎体力やらも上がっていくだろう。いやぁ育てがいがあるなぁ!


 この世界では、己の状態やスキル、加護の有無やらで最初の職業が与えられる。

 大体は『村人』とか『町人』とかそんなんからスタートだ。

そして、ある程度の経験を得て経験値が溜まったり、新しい技や技術を身につけると己のレベルが上がる。

 それに伴い、身につけた技術に応じて職業も変化していくのだ。

 人々はこれを『進化』と呼んでいる。


 うん。物凄いゲーム感だよね。よくあるRPGゲーム。

 けど残念ながらここ、現実なんだぁ……。

 異世界に転移した、ってより、私の知らないゲームの世界に転移したって言われた方が納得出来るよねぇ。


「ライル、なりたい職業はありますか?」

「そうだなぁ、やっぱ『剣士』とか……頑張って『騎士』とか?」

「素敵ですね、却下です」

「聞いた意味……」


 そんなもんで、君に留まって貰うつもりはないんだよ。



「ライル、君には


 ──『勇者』を目指してもらいます」



 目指せ、『わたしのかんがえる最強の勇者パーティ』。


 現在最強の『勇者』を育て上げた『調合師』による、勇者パーティ育成RTAの始まりである。

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