駄々をこねる女神②

 駄々をこねながらもしっかりと1着ずつ丁寧に畳んでは重ねていく。嫌そうにブツブツなにか愚痴のようなものを言いながらも手は止まることはなく、本当に嫌がってはなさそうだったので良かった。


 嫌がられたときは俺に関係ないことなのですんなり帰宅する。弓波の畳むのを手伝えということには承諾したが、口約束だし、俺が畳まなくて困るのは弓波自身なので別に気にしない。


 でも今はそんなことはないので、そのまま弓波と会話を続けながら俺も少量だが畳み始める。この間の無言の空気に耐えられないので俺は無理にでも話しを始めた。


 「寝巻きを選べない優柔不断な性格なら学校じゃ大変だろ。周りの友達と合わせたりできないんじゃないのか?」


 先程の弓波の発言から抜粋して気になったことを聞く。


 弓波のクラスでの立ち位置は最上位にあるが、それは意見をどんどん言ってクラスを盛り上げる陽キャのようなことをする立場ではなく、いつであれ誰かの意見を聞いて共感をする立場だ。


 つまり大袈裟に言うと弓波の言うことが絶対という世界。


 『弓波さん、これかわいいよね?』とある人が聞くと弓波は『そうね、かわいいわ』と答える。それだけでクラス全体の『これ』に対する認識がかわいいに統一されるのだ。もちろん逆も然り。


 俺なら話しかけられるだけで少し嫌なのに、それに加えて何個も共感を求められたら……考えただけでもダルい。


 「学校での私は学校での私、家の私は家の私。そうやって切り替えてるの。当たり前かもしれないけど私の場合は学校と家での在り方っていうかそんな感じの生活が大きく違ってくるからね」


 「家ではこんなズボラ人間だけど学校では優等生キャラってよく考えると凄い切り替えだよな。俺なら無理だ」


 「だから学校にいるときは優柔不断はなるべく隠してる。迷ったら直感に頼っていいと思う方を選んで、その場しのぎの言葉を繋いで繋いでなんとかしてるわ」


 「ふーん、秀才だからできることだな。よくそんなキャラを貫けるもんだ」


 「ホント、私でもそう思うわ。なんで優等生キャラになったのかって」


 人間だれしも得手不得手は存在する。俺だって人と話すことなんて苦手だ。それでも弓波に固定された印象は不得手の存在を消してしまった。本人は学校は楽しめていると言っていたが、完璧のプレッシャーに押しつぶされそうなのではないだろうか。


 俺も少なからずこの掃除を無償で始めたてのとき、満足してもらえるほどの技量があるのか不安になった。無償とはいえ人の家に上がって頼まれたとこを綺麗にしなければならない義務があると思って。


 「でも私が頭が悪くて運動もできない、顔だけいい女子だったらこの立場じゃなかったかもって思うわ。例えば今の来栖くんの立場とかにいたとかね」


 「どうだろうな。女子の顔が良いは武器にしかならないからな。クールな人って印象付けられて今ほどじゃないが人気は出たんじゃないか?」


 ああ言えばこう言う。いや、ああ言えればこう言えるだな。


 顔が良いデメリットといえばそれを鼻にかけて嫌われることぐらいだが、弓波はそんな人ではないし完璧の権化のような存在だからありえない。弓波が俺の立場にいられない理由は何個でも出てくるのだ。


 「少数に人気が出るのならそれでいいわ。全員無関心とかみんなから好かれる人気者よりそっちのほうがまし。私はあまり人と関わるのが得意じゃないから」


 「こっち側の意見だな。ホント、ドンマイしか言えない」


 「まぁそこまで気にしてないから大丈夫」


 話しながらも手はしっかり動いている。俺たちはともにマルチタスク派の人間なのだろう。まぁ話しながら何かをするなんて簡単なことだから大袈裟に言うとだが。そんなこと関係なく間違いなく弓波ならマルチタスク派だな。


 畳みはじめて5分、1度も会話が途切れることはなかった。会話の途中、気まずくなることを気にしたことはなく俺は自然と会話ができていたことに成長を感じた。


 「結局めんどくさかっただけなんだな」


 弓波はなんだかんだ残り3着ほどまで減らしており、嫌な顔1つしなかったことに1つの答えを出す。


 「これだけの量を畳むのめんどくさくないのは来栖くんだけだよ」


 「それは否定しないが、めんどくさくさせてるのは自分自身だからな」


 「否定しない」


 最後の1着を畳み終えた弓波はホッと一息ついた。そんな激しいことをしてないが慣れない人からしたら大変だったのだろう。過去の俺も通った道だな。


 そして再び体を動かしたとき俺は弓波を止める。


 「どこに行くんだ?」


 「昨日と同じでケーキを――」


 「いや、俺全然してないから大丈夫だぞ」


 ありがたいことだが、たった3着ほどでお礼をもらえるほど俺は甘えた人間ではない。


 「それじゃ何をすればいい?」


 「何もいらない。これから片付けをしてくれるならそれでいい」


 「難しいお願いしないで。それと何もしないのは私が許さないわ」


 律儀だな……。めちゃくちゃいい子なんだけどなんで整理整頓が……。


 弓波のデメリットが俺の趣味にマッチしていたことが不幸中の幸いだった。もしそうでなければ今頃弓波は生活困難になっていただろう。


 「それなら俺からの頼みを1つ聞いてくれないか?」


 「聞く」


 「土日ここに泊まらせてくれ。そこで弓波の何がだめなのか目で見て確認したら今後呼び出されることなくなるだろ?」


 「いいわ、私も歓迎する」


 「まじ?ありがとう」


 弓波からすれば家での時間を確保できるのは大きなメリットだろう。学校での疲れを癒やすためにまずは部屋をスッキリさせないとな。


 何より一人暮らしなのが助かる。いや、助からないか?一人暮らしじゃなきゃここまでズボラにはならないし……考えても仕方ないか。


 あっさり承諾をもらった俺は何とか呼び出し回数が減る方法を見つけたと心のなかでは大喜びしていた。

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