駄々をこねる女神①
翌日も俺は倉木に構われることなく帰路につけると思いウキウキしながら教室を出る。その際、微かに嫌な感じがしたので昨日より早足に下足箱に向かう。
嫌な感じとはなぜか当たるものだ。証明されているわけでもないのに命中率100%という不思議でもある。
下足箱で履き替えようとしたとき、タイミングは完璧となった。
「来栖くん」
声でわかる。振り向かずともそこには弓波がいる。嫌な予感から推測するとまた部屋を整理整頓してと言ってくるな。
「今日はどういったお話が?」
「一緒に帰りましょう。そこで話すわ」
「はぁそうですか」
今日はしっかり持ち物を揃えて来ていた。なんとかいつもの取り巻きたちは振り払ったようだ。それにしても何故こんなにも弓波は俺に関わるんだ?やはり友達だからなのか。
弓波に直接確認する必要もないことなので聞きはしないがどう思っているのかは気になる。しれっと聞き出せるコミュ力が俺にあれば……。
なんて自分のことで悔やんでも今の俺は変わらないので諦める。
「それで?まさか部屋の掃除とか言いませんよね?」
校門を出たとこで弓波が話し出す前にこちらから質問をする。
「さすがに掃除をしてとは頼まないわ。1日で荒れ地を作れるほど天才でもあるまいし」
いやぁできるんだよな。2日で荒れ地を作れる人は1日でも作れるだろ。量は変わるだろうけどスペシャリストにできないわけがない。
「それじゃどんな話し?俺には掃除以外取り柄ないから今から弓波の言うことはできないと思うが」
悲しいことに俺は勉強も運動も普通だ。人間関係なんて言うまでもないほど壊滅的。そんな俺と話すことは何もないはずなんだが……。
「一緒に掃除をしてくれない?」
「……は?」
一瞬固まる。いや、全然一瞬じゃなく5秒ほど。
「なるべく早い方がいいでしょ?だから固まってる暇はないわ」
「そうだけどさ……掃除……いいや、ついていく」
ずる賢いとはこういうことだな。掃除をしてとは頼まれなかったものの掃除を一緒にしてとは頼むのか。日本語を巧みに使ってくるなよな。
俺は言い返す言葉も思いつかないほど呆れていた。幸いこれが自分にとって嫌なことではないので良かったが。
はぁ、陽炎を殴りたい。
曇りと言える天気にジメジメとした空気を感じる。これが梅雨なみに嫌いだ。掃除にやりがいは出るが、やっていて気持ち悪さも出てくるのでプラマイゼロだ。
それは弓波の部屋の中でも変わらなかった。もちろん外出中にエアコンをつけたまま出るわけでもなく、冷気が送られるまで少し時間を要した。
「これを1日で?」
「私もそろそろ実感湧いてきたわ。この状況に」
昨日と比べれば全然少ないが、それでも使ったとは思えない服の量が散らばっていた。ホントに空き巣ではないのか疑うほどに。
「どうしたらこんなになるんだ?無意識とかなしに」
「…………」
無意識と答えられないならなんと答えるか楽しみな俺と、正直に話してもらいたい俺が葛藤を生む。まぁどっちでも面白いからいいんだけれど。
「私優柔不断なの」
どうやら正直に話すほうが勝ったようだ。
「だから寝巻きを決められなくて……それでこんななっちゃうんです……」
言われて気づいたが寝巻きのようなセットアップの洋服が多くあちらこちらに落ちている。
「寝巻き?そんなの何でもいいんじゃないのか?」
「ダメよ、気分によって決めたいの」
「左様でございますか……」
めんどくさい性格だった。整理整頓できないのになぜ服を選んで決めきれないという性格になったのだろうか。神様、やりすぎです。
「優柔不断でここまで極まるもんなのか」
「めんどくさいっていうかなんというか……」
「私生活大丈夫かよ。学校での弓波にステータスいきすぎだろ、もっと家での弓波も大切にしろよな」
「言葉が出ないわ」
そりゃこんな家の中の状況を見て、図星つかれたならそうなるだろう。なぜ学校での弓波は学校だけなんだ、家での弓波も学校での弓波でいてくれればこんなに苦労はしないのに……。
まぁそうなればこの新波高校の男子生徒が他の女性に目移りできなくなるからそれはやめたほうがいいと思うが。
「それで、さっき一緒にって言ってたけどやるのか?」
「もちろんよ」
「ならいいや、この量なら俺あんまりやらなくても良さそうだから8割弓波に任せる」
「え?それは無理」
「え?無理ってなんだよ。そもそもこれは弓波が――」
「無理無理無理無理、聞こえません聞こえません」
意外と幼気あるといったが前言撤回。めちゃくちゃ幼気あった。いや、幼気しかないな。何歳児ならこんな駄々をこねるだろうか。同い年とは思えないしキレイな顔をした弓波がするとギャップがあるとはいえ違和感を感じる。
まぁなんだかんだこれも弓波の1つの素なんだと思う。学校でこんな弓波見せたら人気はさらに出るだろうし、取り巻きも増えそうだ。
「じゃ6割」
「え?聞こえない」
「……弓波は自分で決めたことは守るか?」
「ええ、それは人として当たり前のことだから守るけど?」
「じゃ5割」
「よく聞こえない」
半分半分でもやらないとかそれはもう甘え。でも嫌な気持ちは抱かない。
「はぁ、じゃ2割でいいよ……」
「分かっ――」
「俺がね?」
「――たわ……?」
弓波が承諾する寸前に合わせて俺が2割やると伝える。卑怯かもしれないがこれは仕方のないことだ。うん、仕方ない。
「ありがとな、俺が8割でも良かったんだが、弓波がそんなにやってくれるって言うなら甘えさせてもらうよー」
「ダメよ!私が2割じゃないの?そういう意味で聞いてきたんじゃないの?」
「俺はどれだけやるか聞いてただけだぞ。思い出してみたら分かるぞ、俺は何割かしか聞いてない。つまり後付けできるってことー」
「それはズルよ!」
「ズル?弓波だってさっき俺に似たようなこと言ってきただろ。だから俺は今ここに掃除するためにいるんだ」
「でも……」
自分のやったことが似たようなこととなって返ってくるなんて思わないだろうな。
「決めたことは守るんだろ?自分で分かったって言ったからよろしくなー」
「……分かりましたぁ……」
嫌そうな返事だった。でも俺はそんな弓波にいじわるをする楽しさを覚えた。反応が面白いのが理由だがそれよりもこの時間が好きになったからだろう。
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