女神の素の姿②

 「それでいつぐらいに行けばいいんだ」


 「もちろん今からよ」


 「今から?!」


 「ええ、今から」


 今から行かなければならないということに驚いたがそれよりも、当たり前でしょ、という顔をして言ってきたことに驚かされる。弓波の中の俺は道具と化したのだろうか。もう少し俺に対する配慮とかあってもいいと思うのだが。


 そんなことを思ったとこで口には出さないし、家に帰っても部屋を掃除したりすることしかないため承諾する以外に道はない。


 「はぁ、分かったよ」


 「ありがとう」


 感謝を笑顔とともに放つ弓波はやはり美人だった。学校全体での弓波のイメージはかわいいなのだが、こうして近くで顔を見ると美人というイメージに変わるだろう。それほど近くで見るのと遠くから見るのでは違いが出ている。


 なんていうか、弓波の本当を見ているような感じだ。容姿だけではなく中身も学校と学校外では笑ったり、抜けてるとこがあったり、こんなにも違った1面を持つ普通の女の子なんだと思う。


 そんな弓波が常にそういられるようになればいいんだけどな。


 そうしてあっという間に弓波宅に着いた俺たちはまず全身を脱力させゆっくり涼む。クーラーに加えて弓波が冷えたお茶を2人ぶん持ってきてくれたのでその厚意に甘え、グビッと飲み干す。やはり麦茶だった。


 「それにしても……これが2日間の成果か……」


 2日前、弓波の家に初めて入ったときとほとんど変わらない部屋の中に俺はもはや芸術なのではないかと思い始めていた。


 どうやったらここまで……。


 「私のせいじゃないわ。気づいたらこうなってただけよ」


 あくまでも私はやってないの一点張り。プライドが邪魔をしているのか本当に無意識なのか。おそらく前者。


 「無意識なら俺が片付けてもこんなになるのを繰り返すだけだからやらなくていいんじゃないか?」


 「……よろしくお願いするわ」


 「無視するなよ……」


 結局抵抗されることはなく、俺は1人で右往左往しながら服を回収しては1箇所に集めるを繰り返した。何度も屈んでは立ち上がると久しぶりに腰にダメージが来ていることを感じる。


 そんな俺をお母さんのように見守る弓波は集中して作業する俺を見ていたが、見てもなにも学べていないので無駄な時間を過ごしているようなものだ。少なくとも記憶ぐらいはしておいてもらいたいものだが。


 「ホント、大変すぎるだろ」


 「ごめんなさい。私、整理整頓苦手で」


 「やった自覚あるんかい!」


 「……手、止まってるわよ」


 「…………」


 何も言わず弓波に目で呆れたことを伝える。しかしそれは伝わっていないようで首を傾げて男を虜にするような顔を作っていた。これは無意識なんだろうが、整理整頓とこれの意識、無意識を逆転させてもらいたいものだ。


 なんだかんだくすぐったい視線を感じながらも作業を進めるとあることに気づく。


 「今日はその……なんだ、下着とかはないんだな」


 「ええ、下着だけは次来栖くんが家に来たとき盗まれるかもしれないと思って意識して片付けたわ」


 「弓波……それができるなら他もやってくれよ……。あと俺はそんな変態じゃないし、興味もないから安心してくれ」


 下着だけを片付けるのならありだが、下着以外を全て片付けるのは全然なし。俺になんのメリットがあるっていうんだ。


 相変わらず邪なことを考えて作業をしていたが、自分で自分に最低と言い聞かせてなんとかその思いを無くそうとする。とはいえ男子高校生なら普通のことなのでそこまで気にしてはいない。


 「見てるだけじゃ暇だろ。畳むのはやるのか?」


 「畳み方なんて知らないから来栖くんが全部やってくれて構わないわ」


 「やってくれて構わない?あーそれなら畳むのはやめとこうかなー」


 整理整頓になればツンツンし始める弓波に少しでもやり返しをしたいと思い、適当なことを言ってみる。


 「…………」


 黙って1人モジモジしながら何かを言いたそうにする。その様子は歳相応で、とてもいじりがいがあった。


 「嘘嘘、1人でやるからテレビでも観ててくれ」


 「わ、分かったわ。仕方なくテレビでも観ようかな」


 「ふふっ」


 弓波に聞こえるか聞こえないかの声で笑う。しっかりしてる学校とは違い、幼さを感じる。まだ高校に入学したばかりの年だからそれもそうだろう。そんな幼気いたいけな弓波と関われていることは嬉しいな。


 それからというもの1人正座しながら畳んでは重ねてを繰り返しながら、弓波の笑い声を聞く。笑えるようなテレビ番組を観ているようで、すっかり自分の世界に入っていた。


 なんだか、夫より妻のほうが力を持った夫婦みたいな感じだよな、この感じ。俺に家族ができたのならその時は尻に敷かれるのだけは回避しないとな。


 逆も然り、俺が楽をして妻のほうに従うことを強制しないようにしなければ。


 未来図を勝手に作っていた俺は、気づけは畳むものがなくなっていた。それほど妄想に入り込んでいたのだろう。恥ずかしい。


 「終わったぞ」


 「前より早かったね。ホントありがとう」


 「いえいえ、今後も気をつけていただけると嬉しい限りです」


 「善処するわ……」


 こうやって多忙になることで俺はより達成感を感じる……はずだったんだが、それよりも肉体的、精神的疲れがあるためそんなことはなかった。つまりただ疲れただけというなんとも悲しい話だろうか。


 家に帰ったら自分にご褒美が欲しいな。

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