俺と女神の出会い⑤

 「机から始めてソファは最後にするから、ゆっくりテレビを観ていてくれ」


 「来栖くんを見て学ぶのはダメなの?」


 「見られるのは恥ずかしいからダメ」


 「分かった。じゃそうするわ」


 「助かる」


 そうして弓波はサラッサラの髪の毛を揺らしてテレビに視線を向ける。見ただけでもいい匂いが感じられそうだ。どんな匂いだろうか、柑橘系?シトラス系?フローラル系?いや、多分そのどれでもない唯一無二の匂いだと勝手に思う。


 テレビを観る弓波の横顔は美少女というよりはクールな印象を持たせた。どこにでも艶を持ち、肌は白く、まつ毛は長い。この目の前の女子が現実世界に顕現していることに夢かを疑う。


 ずっと見ていたい衝動を抑えながら俺はまず机を動かす。段差の低い机はリビングでご飯を食べるときに使う大きな机と違い調整がしやすく基本テレビの前に人が横並び二人通れるほどの感覚を置くだけでいい。


 調整した机に先程まで使っていた座布団を置き直し、机の配置を固定する。


 そうして、タンスやイス、ソファと、毎日使う家具を弓波に配置を聞きながら固定していく。


 「こんな感じでどう?」


 「何も文句はないわ。ありがとう」


 「いえいえ」


 配置のやり方もしっかりと考えた。ドアの近くにソファを置くと癖で脱ぎ捨てるかもしれないのでタンスの近くにソファを固定、タンスは洗濯物を取り込んだあとすぐ畳んでしまえるようにベランダの近くに固定した。


 ここに訪ねてきておそよ3時間ほどで弓波の問題部屋をきれいにすることができた。達成感に浸ると同時に3時間も経っていたことに俺はびっくりもしていた。


 思ったより集中していたようで弓波のクッキーも胃の中へ1つ残らず消えていっていたみたいだった。


 「すっきりしたこの部屋見ると気持ちがいいな」


 「いつぶりかしら、こんな片付いた部屋を見たの」


 「どれくらいなんだ?」


 「んー多分4か月弱かな」


 「つまり高校入学から一人暮らし始めてそれからずっとってことか」


 「……そうね」


 なんで分かるのって面持ちだが、今から逆算してみれば分かるし整理整頓できない人はどんなに頑張ってもやらないからな。


 よく弓波の親も一人暮らしを許可したものだ。弓波が整理整頓できないことを把握していたのかは分からない。もしかしたら親にも隠していたかもしれないしする必要のない家庭だったのかもしれないから。


 「終わったから少ししたら帰るよ」


 「長い間ありがとう」


 「ん」


 弓波の感謝を言葉で受け取り、俺は忘れ物がないか確認して玄関に向かった。


 「来栖くん、今日はホントにありがとう」


 「ああ、俺からもこんな達成感を味わったのは久しぶりだったから感謝するよ、ありがとう」


 今までの依頼では長くても1時間ほどで終わるものばかりだったため過去1で長く大変な依頼だったということだ。それでも嫌とは思わず楽しさを感じるのは趣味としてやっているからだな。


 「無いとは思うけど一応、一応ね?私が整理整頓に手こずったときに連絡するからまた来てくれない?」


 そうして弓波は俺に連絡先を教えてくれた。数少ないだろう男子の連絡先に俺も入ったことは素直に嬉しい。プロ野球選手の名球会入りはこんな気持ちなのだろうか。


 「ははっそうだな、一応を考えるのは大事だもんな」


 「もちろんなにか見返りは用意しておくわ。だから……よろしく」


 「それはありがたい」


 呼ぶならあまり衣類を散らかしてない状態で読んでもらいたいのだが、そんな簡単なことを弓波ができないとは思えないので、呼ばれるときは今日なみか以上だろう。


 「あと……この部屋のことは誰にも言わないでもらえると色々と助かるのだけれど……」


 「言わないよ。そもそも言う相手がいないからな、だから心配しなくていいぞ」


 「ありがとう」


 神山の話しをしていたときの弓波のように、今日2度目のはにかみだった。見間違いだとしても俺がそう捉えたのならそれでいい。だってめちゃくちゃいい笑顔だったから。


 「それじゃ、またな」


 「ええ、また」


 玄関から出る俺に弓波は右手を挙げて手を振ってくれた。そこで初めて女神と言われることに完璧に納得した。あれは破壊力がある。


 弓波家を出た俺は再び戻された太陽の下に相変わらず嫌がらせをされていた。


 ――家につくとすぐにエアコンをつけ、冷気に体を当てる。


 「生き返るー」


 独りでにつぶやくとスマホに1件メッセージが入る。おそらく弓波だろうが、感謝はもうしてもらったし何も聞かれるようなことを残して出たわけではないのでなんのメッセージか予想がつかなかった。


 『好きな食べ物を聞いても良い?』


 メッセージ内容は、はじめましての人たちがする会話よりもデフォルトで最近の若者は使わないようなものだった。


 次もしも俺が行くことになったときに用意してくれるのだろう。またもや手料理として振る舞ってくれるのなら俺の頭の上にだけ雪が降るのではないだろうか。もし次があるならだが。


 『なんでもいいのか?』


 まぁ作れないものはなさそうだが一応聞いてみる。するとすぐに『なんでも』と返ってきたのでやっぱりなと笑い返信する。


 『じゃおまかせで』


 なんでもいいと答えることほどめんどくさいことはないだろうが俺は一応なんでもいいか聞いたと言い訳ができるためいじわるという感じでおまかせにした。


 そしたら『了解』という猫のスタンプが送られてくる。きっと好きなんだろうな。


 そこで連絡は途切れ、一区切りついた。

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