俺と女神の出会い④
某動く人形が持ち主に見つかりそうになったときのように足を伸ばし体中の力を抜く。正面から受けるエアコンの冷気が疲れを飛ばしていくようで気持ちよすぎる。
まだ夏真っ只中というほどでもないがエアコンがなければ人類はすでに溶けているほど室内は暑くなっているだろう。エアコンは神だな。
とはいえ一息ついている今落ち着いて考えると、こんな奇跡ってあるんだなと思う。まさかあの弓波とこんなことで話すことになるとは。
「ここに一人で住んでるのか?」
「ええ、そうよ」
台所で手を動かしながら俺に聞こえる声で答えてくれた。何をしているのかここからだと良く分からない。よく考えればこの有様なので一人で住んでることに関しては聞く必要はなかったかもしれない。
「家に帰ってきたら何してるんだ?一人だとできること限られてるだろ?」
「お風呂入ってご飯食べてすぐベットインよ。その日疲れがあんまり溜まってなければ軽く勉強してからベットインね」
ベットインって俺の頭の中ではちょっとエロい単語として記憶されているため、いやらしい弓波の姿を想像してしまった。これは男子高校生としては普通だと思うが実際は知らない。だってそこまで男友達がいないから。悲しい現実だな。
「気を悪くしたらすまないがその生活で学校とかプライベートを楽しめてるのか?」
「……楽しめてるのか分からないわ。そもそも私に趣味というものがないからなんとも……どうしてそんなことを聞くの?」
「学校で見る弓波も今ここにいる弓波も笑ったとこを見たことがないから聞いたんだ」
「……そんなに私を見てたの?」
「それは弓波楓華って学校で人気の美少女が同じクラスにいたら目で追うのが当たり前ってもんだろ」
有名人が同じクラスにいるようなものだ。その本人はなぜ見られているのか知らないだろうが俺ら他人からしたら自然と目で追ってしまう存在なのだ。
「私は気を許せる人としか本気で笑えないわ。だから結奈ぐらいしか見たことないんじゃないかしら」
「結奈?あー、神山か。確か小学からずっと一緒なんだっけ?」
「ええ」
この学校の1年生は天使と女神が存在するが男にその立場で仁王立ちできるやつは一人もいない。強いて言うなら倉木蒼汰ぐらいだ。
「神山がいて良かったな。もしいなかったら一人でエンエン泣きながらここを片付ける弓波が出来上がってただろうから」
「何よそれ。結奈がいなかったらそもそも片付けすらしてないわよ」
「あーそれもそうだな」
神山は弓波の心のサポートとして心強いのだろう。神山の話になると若干楽しそうな声色に変化した気がする。まだリビング中央と台所だから確かなことではないが。
「はい、これ食べて」
「これはクッキーのようですが合ってますか?」
よく漫画とかである料理苦手な人が作った食べ物の名称を間違えるという失態を犯さぬように気をつけて俺が思う中で1番そうっぽいやつを選んだ。
「そうよ。確か来栖くんは甘いものが好きと聞いたことがあるから、まだ作業途中だけど作って置いていたのをお礼として食べてもらおうと思って」
「ありがたいけど、どこで甘いの好きって耳にしたんだよ」
「誰から聞いたかは忘れたわ。でも記憶にあったからそれを頼りにって感じよ」
「左様ですか……」
俺は甘いの好きって言った覚えはそんなにない。なくても俺と関わるやつが限られてるからなおさらどこで知ったのか不思議だ。
まぁ知られてもなにかされるわけでもないし、むしろいいことをされるのなら別にどうもこうもない。それに女神様からの手作りだ、断る理由もない。
俺は形と色の整った、美味しいと確信できるほどのクッキーを口に運ぶ。するとすぐにサクサクした食感が歯に伝わる。おそらくココアをベースに作られたのだろう。微かに鼻孔をくすぐるココアの香りを感じる。
「美味しいな。こういうのも作れるってホント、欠点は整理整頓だけなんだな」
「否定はしないけれどこれからはちゃんと整理整頓もできるようになるわ」
「そうしてもらうと洋服たちも喜ぶ」
たとえ整理整頓ができずとも生活していけないことはないので困ることはないがそれが誰かにバレれば別だろう。クッキーをいただきながら思う。
「それにしても弓波は俺とも普通に喋るんだな」
「普通でしょ」
「いやー俺みたいな隅っこ大好きマンには目もくれない存在だから嫌がられるとか思ったんだけど」
「その人にはその人なりの過ごし方があるから私はなんとも思ってないわ。それにたまたま掃除をしに来てくれたのが来栖くんってだけよ」
「そっか、聞いた通り優しいんだな」
優しいというより考え方が柔らかい。誰にでも分け隔てなく接するタイプだ。自分自身を鼻にかけることはせず平等な人間は誰にでも好かれる。
容姿がいいから、勉強ができるからといった単純な理由だけで好かれているわけではないようだ。まぁそう思うのは俺だけで実際周りのやつらの中には容姿、勉強目当てで近づくやつもいる。
スクールカースト上位は難しい世界だ。
「よし、じゃ俺は再開するよ」
「そう。なら私は残ったのを食べながら来栖くんを見ておくわ」
「休日の母親か」
まだ俺の両親が海外に行っていないときよくテレビを見ながら煎餅を食べていた母を思い出し、重ねていた。違うのは絵面だな。弓波はどんなことをしても絵になる。
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