俺と女神の出会い②

 翌日俺はその依頼主の部屋に向かってスマホで住所を確認しながら歩いていた。今は7月、夏の暑さがとめどなく襲いかかってくることにストレスを感じる。それよりもまだ7月の暑さということが信じられなかった。


 陽炎は激しく踊っているし、陽は俺の肌をチクチクと射してくる。これなら肌がころっと焼けるのも時間の問題だろう。外の部活どころかなんの部活にも所属していない俺が肌焼けしていたなら、休みをエンジョイしている陽キャに見られるだろうか。


 いや、ないな。流石に俺の立ち位置は固定されているようなもんだろう。


 頭の中で会話のキャッチボールをし終えたところでスマホに表示されている住所の家の前についた。それにしてもセミがうるさいこと、余計に暑く感じるから辞めてもらいたい。


 一軒家ではなく大きなマンション。それに依頼主の階はなんと10階という。幸いエレベーターがあるので良かったが、階段を使えば俺の足は悲鳴をあげると同時に依頼主の部屋についた途端ブチ切れるだろうな。


 エレベーターに乗り、続いて乗りそうな人がいないか確認し10階のボタンを押す。エレベーターの中にクーラーがついているという金持ちが住みそうなマンションに羨ましさを感じる。そして金持ちは掃除ができないという俺の中の偏見が偏見ではないと証明されそうだった。


 到着すると部屋番号を確認し、おそらくクーラーがつけてあるだろう部屋に入りたい欲が出てきたため俺は早足になる。


 「1001……1番端っこかよ!」


 エレベーターを降りたすぐ横から部屋番号を見ていくとどんどん小さくなるのを確認する。これは神のいじわるだろうか。


 汗が額にポツポツ出始めたときに俺は1001のインターホンを押す。微かなイラつきを覚えた俺はこれが趣味でなければピンポンダッシュをしていた。


 インターホンが部屋に鳴り響く。すると中からドタドタ音が聞こえ、すぐにインターホン先からはーいと若い女性の声がする。聞いたことあるような、ないような。


 「部屋の掃除を依頼されて来ました」


 「……え?」


 よく聞こえなかったのだろうか、依頼主の女性は少しの沈黙のあと不思議そうに一文字だけ発した。


 「もし間違えならすみません。部屋の掃除を依頼されてますよね?なのでこちらに来たんですが……」


 「……来栖くん?」


 返ってきた言葉は、はいそうですでもいえ違いますでもなく、俺の名字だった。その声は驚きというか焦りというかそういったものを含んだものだった。


 「なんで俺の名前を?」


 相手は俺のことを知っていそうだったので俺は自分のことを隠さず、逆になんで知っているのかを問う。このときなぜ知っているのかという恐怖はなかった。


 「……とりあえず、鍵開けるから入ってきて」


 「ん?分かりました」


 答えは返ってこない。その代わりに家に入ることを許可された。怪しいが何か俺に危害を加えるようなことはないと思い俺は素直に従うことにした。


 インターホンがピッと切れそして再びドンドンと玄関に近づいてくる音が聞こえる。相当散らかっているのだろうか、ガサガサ音も聞こえる。


 カチャっと音を立てて扉を俺のいる方へ開けてくれた。


 「開けてくれてありがとうございます。今日は…………え?」


 今度は俺の番。ドアノブを握っている女性を見て俺は開いた口が塞がらなかった。だって目の前にあの弓波楓華がいるのだから。


 「弓波?」


 誰しも目の前に信じられないものがあるとまず聞く。しかしまたもや返ってくる言葉はなく、俺は弓波に腕を引かれて玄関に入れられる。


 「弓波、強引すぎじゃない……ですか……?」


 冗談を言おうとした途中でやべぇのを目にする。玄関に入ってまず目に飛び込んできたものは、俺からして人間が生活できると思えないほど散らかった服や物だった。


 まだここ玄関と廊下ですよ?リビングでも自室でもないのにこの荒れようはやばいでしょ……。


 「……ごめんなさい、誰かに見られたくなくてつい引っ張ってしまって」


 「あ、ああ。それはいいんだけど……」


 そこかよ。確かに俺を心配するのは普通だがそれよりも心配することあるだろうよ。


 「まぁとりあえず、今日掃除の依頼をしたのは弓波か?」


 先程聞けなかった、いや答えを教えてくれなかったことを教えてもらう。この状況を見れば聞かずとも答えは分かるが。


 「ええ、私が依頼したわ」


 「そうか。それなら良かった」


 「ねぇ来栖くん。ホントに掃除の依頼を受けてくれるのは来栖くんなの?」


 「ここまで言って違うわけなくない?」


 「それもそうね。でもびっくりしたわ、まさか来栖くんが来るなんて」


 「俺も」


 多分今は弓波より俺の方が圧倒的にびっくりしてるけどな。まだごみ袋は確認できていないがニオイからしてしっかり捨ててはいるようだ。ということは残念なのは整理整頓といったとこだろうか。


 「弓波でもできないことあるんだな」


 「ロボットじゃないのよ?私だって苦手なことはあるわ」


 「それがこれですか……なんか弓波のイメージダウンだな」


 「来栖くんの私に対するイメージなんてあったの?」


 「一応な」


 女神と聞いたら弓波を思い出すようになるほどはもうイメージはついている。それと完璧って言葉だな。でも完璧は今消えた。世界で唯一弓波の弱点を知ったんじゃないだろうか。


 「とりあえずやりますか。弓波も掃除やるか?」


 「まぁ手伝えることがあるのなら手伝うわ」


 一人で黙々とこの量を掃除するのは大変だし、同級生というお互い知れた関係なら気まずさがでるので手伝ってもらう方がやりやすい。


 そうして俺はまず部屋の中へ弓波と向かう。

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