悪魔

 アキタ食堂の店内では、トウジロウが拘束された状態で椅子に座らされていた。その周りには複数の緑色の軍服を着た男たちが取り囲み、それらを従える男がトウジロウの尋問を行なっていた。


「改めてトウジロウさん。私は剱 鑪場と申します。貴方とは友好的に事を進めたいんだ。いい加減話して下さいよ」


 劔はトウジロウの前に店の椅子を置き座ってタバコに火を付ける。


「私はこう見えて、人から好かれるタイプでしてね。貴方のような頑固な方ともすぐ友人になれる」


 剱はトウジロウに煙を吹きかける。暗い店内に外の照明の光が差し込み、煙が舞い散るとトウジロウは黙って剱を睨み付けた。


「おぉ怖い怖い」


 鼻で笑って剱はトウジロウの顔面を蹴り上げた。後ろに椅子ごと倒れ込むトウジロウを優しく起こし、再び座らせ剱はタバコをトウジロウの膝に押し当てた。

トウジロウは下唇を噛み殺して痛みに耐えた。


「指を折っても、切り落としても、玉握りつぶしても喋って下さらないとは、友情とは対したものだ」


 剱は立ち上がると、窓の外を眺めた。店の周りは彼の部下たちでひしめいていた。


「私は"剱"と言う高名な家の出ではあるが、養子でしてね。元は孤児でした。五十年前のあの日、当時赤ん坊だった私は"悪魔"という化け物に成り果ててしまい親も何もかも殺してしまった」


トウジロウは朦朧した意識の中でカウンターの奥に目をやる。見慣れた影が音も無く二つ、店の外に出ていくのが分かった。一つは少し止まっていたがトウジロウは微動だにせず、ただ見つめた。居なくなると俯いた。


(わざと暴れて、照明器壊しておいて正解だったな)


それから剱に目をやった。


「二十五年前、"父"に私は救われて以来、父の作り上げたこの国の為に生きている。私は家族の為ならばどんな事もできるのですよ。貴方はどうですかな?」


剱は部下に首で合図を送ると一人が奥のアキ達のいる部屋に向かった。トウジロウはそれを睨み付けると剱に再び蹴り上げられた。また、起き上がらせられ、血の混じった咳を吐く。


「…ま…えだ…」


「なんだって?」


 剱がトウジロウに耳を傾けて近づいた時だった。


「かぞぐ守るだめになんでもずるに、決まってんだろうがぁ‼︎」


 トウジロウは血塗れの口で叫ぶと渾身の力で剱に頭突きをした。


 マサノリが気を取り戻すと夜の森の中だった。


「本当に連れてきて良かったのか?まだ、子供じゃないか」


「問題無いですよ。彼の同行は今回のの一部です」


「同行って言っても、ほとんど拉致だと思いますが」


自分の周りで誰かが話し合っていた。


「隊長、彼、気が付いたみたいよ」


眼が暗闇に慣れてくると自分のそばに女の人がいた。


「おはよう。まだ、意識がはっきりしない?」


マサノリはふらふらしながら辺りをみる。


「薬が効き過ぎたのか?」


「それは無いと思うけど。もう少しすればハッキリしてくるわ」


マサノリの意識がはっきりしてきた。目の前の女性の後ろに数人の男女がいた。その中に知っている人がいた。


「やぁ、おはよう。夕方ぶりだね」


話しかけてきたのはすらりとした長身に真紅の髪と瞳を持つエルフの軍人だった。


「ユフォ、たいさ?」


頭の中がひどく掻き回されたみたいになって上手く言葉が出ない。


「副隊長、立てるようになったら教えて。移動する」


「了解」


 副隊長と呼ばれたピンクの鮮やかな髪を肩まで伸ばした妙齢のドワーフの女性で、マサノリをゆっくり起こした。


「大丈夫?少し効きすぎたみたいね」


「大丈、夫です。」


 マサノリは横を見た。あの翼のある少女が眠っていた。

少女を見た刹那、マサノリは全てを思い出した。


「あ、アキたちは!?」


急に立とうとするがふらついて前に倒れ込む。


「ちょっと!」


慌てて副隊長が起こすがマサノリは手を振り払った。


「家族が、まだ、家にいるんです!いかないと!」


「大丈夫よ。だから貴方を助けたの」


副隊長の言葉に未だに状況を飲み込めないマサノリが困惑していると、ユフォが再びやって来た。


「どう?動けそう?さっきから騒がしいけれど」


「ごめんなさいユフォ。彼、大分混乱しているみたい。でも、とりあえず動けると思うわ。あとは、この子ね」


副隊長は少女を見る。ユフォは少し考えている様だった。


「仕方無いか…時間も無いし。彼に背負わせよう」


「メリュたちはもうポイントに着いたの?」


「さっき合図があった。このまま迂回して行けば三十分で合流できるはずだよ」


ユフォは副隊長と相槌を打つとマサノリを見た。


「貴方の家族は助ける。だから君も信じて協力して」


暗闇にユフォの紅い瞳が輝いて見えた。

マサノリはその眼で瞳を見つめながら数十秒考えた。


「…分かった。ただしアンタたちはまだ、信用してない。何が起きているのかも分からないのにいきなり信じろと言われてもできない。だけど、俺の大切な人を守る為に今はアンタたちを頼るしかない。だから、協力する」


ユフォは少し笑った。


「ありがとう。終わったらちゃんと説明する」


「分かった」


「では、その子を負ぶってくれる?」

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