第21話 契りの晩餐(上)

 屋敷の中でも飛びきり大きくキラキラと光る装飾であしらわれた会場では、壮大な曲が生のオーケストラで奏でられ、立食形式の食事は見たこともないほど様々な地域の料理が並んでいる。

 そこでは貴族たちが立食を楽しみながら、噂話に花を咲かせていた。

 入口では警護の係りの者が入る者の身分をチェックしているようで、貴族たちもめんどくさそうにしているが、このパーティーには大物も多いため仕方がないことだと思う。しかしその中でも何人かは何も検査されることなく、入口を通っていくのに俺は気づいた。そしてかくいう俺も、検査などされずスッと入口を通される。

 なるほど。顔パスが効く人がいて、その人たちは皆何かしらの実力者なのだろう。


「ふぇー、たまげた。たいていの贅沢は見慣れたと思ってたけど、これはまた一段とすごいね」

「ええ。例年の【契りの晩餐】に比べても今年は格段に豪華です」

「やっぱり、例の新薬とかいうののお披露目に力をいれてるのかな」

「【契りの晩餐】を使って披露するということは、貴族たちにとってとても魅力的なものなのでしょう。多くがそれを求めお金を落とすであろうことを彼らは知っている」

「だね…。いいものだったらいいんだけど…」

「かつての旦那様にとってはいいものだった可能性は大いにありますが、はっきり言って今の旦那様にとっていいものであるとは思えません」

「ですよね~」


 このホールは、大きい入口部分から最も離れた場所に大きいステージだある。今はそのステージの両脇でオーケストラが音楽を奏でていてステージは使われてない所を見るにお披露目はステージを使うのだろうことは想像できる。

 入口と舞台の間が立食用の様々食事が用意されている空間になっていて、たいていの貴族たちはここでワインや食事を楽しみつつ談笑している。


「旦那様、今回はできるだけ目立たないことが得策かと思います。奴隷制度を壊すなどとは言ってはいけません」

「!」

「ここに集まった者の中で奴隷制度を活用していない者はいません。皆が様々な悪事に手を染め繁栄を築いてきた者で、だからこそここに招待されています。もし旦那様がその手のことを言えば、全員が敵になると考えてください」

「…。貴族ってみんなそうなの?」


 ここに招待された者は皆悪事に手を染め繁栄を築いてきた者。

 ───そう。俺がここに招待されているのは、まさにだからだ。

 こいつらが行ってきた罪は、この俺デロンド・ゲシュタルも行ってきたことだ。いや、それ以上かもしれない。本当になんでこんなやつに転生してしまったのかと、いつも思う。


「いえ。貴族が皆、そうであるわけではありません。例えば北の大貴族であるナディリシア家は王家お抱えの騎士団を輩出する規律を重んじる領地だと聞いています」

「ほぇ~」


 異世界こっちに来てから、貴族の印象が悪すぎて固定概念に縛られていたが、貴族にもいろいろいるんだということを改めて考えさせられる。そういえばゲシュタル家の先代も、領民に寄り添うタイプって聞いているし、まだまだ知らないことが山ほどなんだろう。貴族=悪という決めつけはよくない。

 ただしここに居るやつらは、俺が奴隷解放や薬物禁止に舵を切って進んでいくとき、必ず障壁になることは間違いない。まずは彼らのことを知ることが得策だろう。


 そんなことを考えボーっとしていると、前を通った女性がハンカチを落としたのが目に入った。俺は元の世界での習慣からか体が勝手に動きそれを拾ってやって、その女性を呼び止めた。


「きみ。これ落としたよ、…!」


 その女性に俺の声が届いたようで彼女が振り返ると、俺は言葉が詰まるほど驚いてしまった。彼女はこれまで出会ったことが無いような美少女だった。10代後半から20代前半ぐらいだろうか? 最もここは異世界なので種族が違えばメイド長ポピィのように何百歳で幼女のような見た目の者もいるので確かなことはなにもわからないが。

 綺麗な白い髪がなびき、そのつややかな髪に屋敷の灯りが反射して、まるで写真の効果のようにキラキラと輝く。青と白を基調としたドレスがふわっと揺れる。


「あ、すみません! ありがとうございます!」

「い、いえ。どうぞ」


 とことこと駆け寄ってくる年下の少女に動揺してしまったことに気づき恥ずかしくなる。コホンと一つ咳をすると、彼女の方から声をかけてきた。


「失礼ですが間違っていなければ、デロンド・ゲシュタル様でいらっしゃいますか?」

「? はい」

「やはり。私は、フレア・と申します」


 ザックラー家。聞いたことがない家の名前だ。ヨルドの反応を見ても、特に大きな家の娘というわけでないようだ。ゲシュタル家と対等なレベルの貴族となると、隙を一度でも見せれば、そこを叩かれてしまうため気が抜けないが、彼女はそういう家柄ではなさそうなので、少しホッとする。


「これは、ご丁寧に。改めてデロンド・ゲシュタルと申します」


 俺がそう挨拶をするとフレアは驚いたような顔をしている。

「?」と俺が首をかしげると、はっと我に返ったようで彼女は喋りだした。


「い、いえ。私のような小娘がゲシュタル様のような大貴族様から、ご挨拶をお返しいただけるとは思っていなかったもので」

「そんな。小娘だなんて」


 俺は間違ってしまったかと焦ってヨルドをいちいち確認してしまうが、ヨルドはにこっと笑っているだけで、特に間違ってしまったわけではないようだった。

 貴族間でももちろん身分差があって、その上位に位置する大貴族は下の者に挨拶もしないのが普通のようだ。挨拶ぐらいしたらいいのにと思ってしまうのは、やはり俺が庶民だからだろうか。


「では、私はこれで」


 そう言って頭を下げると、静かに彼女は立ち去った。

 それにしても綺麗な人だった。ちょっと複雑なのは、彼女もここに居るということは悪事を働く貴族の一人だということか。まぁそれを言ったら俺もなので、めんどくさいことは考えないことにした。


 ◇


 俺は「大貴族だしいろんな貴族に声を掛けられるのだろうな」と覚悟して【契りの晩餐】に臨んで来たが、晩餐にきて様々な食事に手を付け味わっていても誰一人として声をかけてこなかった。むしろ、俺を中心に微妙な円ができるほど避けられている気さえする。


「ヨルド、俺嫌われてるのかな…」

「ふふふ、旦那様は嫌われてますよ」

「!」

「毎年、周りの貴族を貶めて遊んでいらしたのです。そんなヤバい人間に誰が近づいてくるでしょうか」

「あ、相変わらずだったんだな、俺…」


 みんなに嫌われ恐れられて、避けられているのはなかなかに心に来るものがある。

 ちょっと寂しいが、ヨルドが横にいるだけ幾分かマシだ。アンや隊長たちもいれば、なおよかったんだが、パーティー会場には本人とお付きが1人というのがルールらしく、アンたちには外で待ってもらっている。

 そんなこんなで、寂しく周りの貴族の噂話に聞き耳を立てつつ時間を過ごしていると、突如は始まった。


「皆さま! 本日はお集まりいただき誠にありがとうございます!」


 舞台に立つ一人の男がホールにいる貴族たちに向かって語り掛けるように話し始めた。彼の声は良く通り、会場のざわつきは一瞬のうちに静まり返った。


 ───ローレリック・テンボラス。


【契りの晩餐】の主催者で、今いるここテンボラス領の当主。今ここに居る貴族は皆が彼の次の言葉を待っている。会場が静まり返ったのを確認すると、テンボラスは「うんうんよろしい」とばかりに頷き話し始めた。


「ここからは本日のメインディッシュでございます! 噂を耳にしている方もいらっしゃるでしょう。新薬をここに発表します」


 貴族たちの間から歓声が起こる。テンボラスが人差し指を口元に立てると、またすぐ彼らは静まり返った。


「人間と獣人。獣人は人間をはるかに上回る力を持っています。この大陸では人間が半数を占め、獣人はその半分ほどでありながら、人間がこの大陸の支配者にはまだなりきれていない」


 何を言っているんだ?

 俺は大陸の話を思い出しながらも、テンボラスが何を言いたいのかわからなかった。


「ですから私たちは獣人を奴隷とした。その圧倒的“力”を得るために」

「!」


 俺は眉を顰めた。しかし周りにいる貴族どもは、高揚しているようだった。


「しかし獣人どもはなかなかいうことを聞かず、【獣化】してくれないとお悩みの方もここに多くいらっしゃることでしょう。しかし…!!」


 貴族どもの息を飲む音が聞こえてくるようだった。俺は震える肩を何とか収めようとする。すると後ろから、ヨルドが肩にポンと手を置いてくれた。俺は冷静さを取り戻す。ここで暴れたってどうしようもない。彼らの悪事は、根本から変えない限り、終わることはないのだから。俺はテンボラスの言葉を待った。


「しかしここに発表します新薬は、そこのあなたのッ…そうあなたのッ! そんな悩みを全て解決するのです」


 再び歓声が上がる。

 するとそこに舞台袖から一人の女性が現れた。その女性は豪華な装飾であしらわれたドレスに身を包み、厚化粧のせいか化け物みさえ感じる風貌で俺は背筋に寒気を感じた。

 そんな俺の反応とは裏腹に、彼女の登場で会場は拍手に包まれた。

 ヨルドが俺の後ろから囁く。


「南の大貴族、エルドゥアンナ・フォージュリアット様です」

「!」


 あれが、俺のゲシュタル家と同じこの国の五大貴族の一つフォージュリアット家の当主──エルドゥアンナ・フォージュリアット。


「ごきげんよう皆さん。私とここに居るローレリックちゃんで新薬を作ったの。聞いてくださるかしら?」


 疑問形であるにも関わらず返答など待つ気も無いようで、手を上げると指を一つパチンと鳴らした。

 すると舞台袖の奥から、檻が舞台に運ばれてきた。

 中には黒い羽が生えている獣人の男が囚われているようだった。


「あれ? あれってウチの獣人!?」


 会場の貴族のうちの一人が悲鳴のような声を上げる。


「言うよりもやって見せたほうが早いでしょう」


 フォージュリアットは気持ちの悪い笑みを浮かべ後ろに控えた者に合図を送ると、彼らは何やら注射薬を取り出し、その獣人の肩のあたりに打った。

 すると獣人は頭を抱えもがき苦しみ、一瞬のうちにその体は黒く染まり口のあたりから嘴が生え、それは獣の姿に変身した。

 会場にどよめきが起こる。

 新薬の効果をその目で見せつけられた貴族たちは「いくら用意できる! 必ず手に入れるぞ、あの薬」などと、お付きの者と相談しているのが聞こえてくる。


「この新薬は【狂化薬】…! 打った者を狂わせ【ケモノの暴走】を強制的に起こさせ変身させることができる薬なのよぉ!!」


 今日一番の喝さいが起きた。俺は目の前で起きたことに呆然と立ち尽くし、普段ほとんど感情を出さないヨルドでさえ、腹からの怒りが表情にわなわなと表れていた。


「みんな、静かに! 余興はここまでにして、本番よ。

 この獣人は、そもそも弱ってたし、反抗する気力もなさげなつまらない子だったから上手くいったと思っている人もいるかもしれないわよね」


 少なからずそう思っている者もいるようで、会場には頷いている者もいる。


「だから私考えたわ。私のコレクションの中でも一番いきのいいにこの狂化薬を打てば信じてもらえるかもってね」


 フォージュリアットは屈指の犬好きとして有名だった。彼女がお気に入りの犬に不良品を打つわけがないことは皆の共通認識だった。

 だからこそ、彼女はその方法を選んだのだ。


「ついでに、これは私の興味なんだけど…フフ。

 人間にこれを打ったらどうなるのかしらねぇ~?」


 そう言うと、奥から二つの檻が舞台上に運ばれてきた。

 一つには青い髪の獣人、もう一つには少女が囚われていた。


 俺はその檻の中に囚われている少女に見覚えがあった。


「あれは、リリカ…?」


 一瞬だったとはいえ、つい昨日会ったばっかりだから間違えようがない。

 このテンボラス領の壁の向こうの貧困街で俺を襲ってきた者たちの旗印となっていた布巻きの少女だった。


 獣人もリリカもひどい仕打ちを受けたようで体中が赤く腫れている。


「旦那様…?」


 ヨルドが俺の背に向かって声をかけてくる。

 その声は俺に届きながらも、俺の足は舞台へ向かって歩き始めていた。

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