第19話 疑いとケーキ

「これはこれはゲシュタル様。私、旦那様の留守の間、テンボラス家を任されましたボブスレーと申します。以後お見知りおきを」


 テンボラス家に話を通しに行ったヨルドと合流し、テンボラス家の屋敷につくとボブスレーという男とメイドたちによって盛大に迎え入れられた。

 予定日の前日に来たにもかかわらず部屋はしっかり用意され、料理もここらでとれたものをふんだんに使ったコース料理が提供された。壁の向こうでの彼らの事情を知らなければ、この徹底的なおもてなしに感動すらしていたことだろう。

 しかしどれもこれも彼らの生活を犠牲にして成り立っていると思うと、料理は味がしなかった。


 ゲシュタル家領うちも同じだ。

 俺が転生したゲス貴族も領民の生活など無視し、自分だけがいい暮らしをし、周りの人間の生活を壊していく。類は友を呼ぶというやつだろうか?はたまた同じ穴の狢ってところか。ともかくこのゲス貴族やテンボラスがこぞって参加し、悪事を画策してきた契りの晩餐とやらは何とかしなければならない。

 ここでの悪事で彼らが不正な莫大な資金をを集められる限り、この負の連鎖は終わらない。


「旦那様、兵に聞きました。ここに来る途中、輩に襲われたと」


 ボブスレーから提供された部屋はフットサルぐらいならできるだろうという程のこの屋敷でも相当大きい部屋だった。アンや兵士たち、もちろんヨルドにも個別の部屋が与えられたが、兵たちは休むこともなく部屋の前の扉で警護をしている。壁の向こうでの彼らの活躍をみれば、警護に関しては安心だ。


「輩ってより、ここの領民だったようです。ここもと同じだ」


 ヨルドも俺が言っていることがわかったようで頷くと、提供された紅茶をティーカップに注いだ。ボブスレーはケーキも用意してくれたようで、ヨルドはそちらも皿に取り分けると、俺の前に置いてくれた。


「私も独自にこの領地については調べていました。先程はゲシュタル家領がいかに発展していないかをこの領地と比較して話しましたが、しかしここテンボラス家領は小貴族の領地でありながら発展をしています」

「うん」

「南の大貴族フォージュリアット家からの支援を受けていると聞いて納得していましたが、フォージュリアット家もただで支援をしているはずがない」

「このテンボラス家領にフォージュリアット家が投資するなにかがある?」

「はい。しかしそれが何かまでは…」

「そっか…」


 俺は目の前に置かれたケーキを食べようと手を伸ばしたが、「そうだ」と思いその手を止め部屋の扉の方へ向かった。


「みんなも食べよう」


 部屋の前で警護していた兵たちと隣の部屋向かいの小部屋を与えられているアンを部屋に呼び出す。


「…?」


 部屋に入ってきた兵は戸惑いながらも机の前にやってくる。思案した末、何かを察したような顔をすると言葉を漏らした。


「毒見ということですか」


 お付きの兵士には、主人が自分たちを部屋に招き入れケーキを普通に一緒に食べるという発想がなかったのだろう。思案しつくしたような顔をしているがもちろん的外れで、俺も兵たちと一緒に招き入れた食い意地の張ったアンもすでにケーキを口に入れていた。


「美味しいですよ~、食べましょう食べましょう!」


 口のまわりに生クリームをいっぱい付けたアンが兵たちにのんきな声をかける。


「…それでは、失礼を」


 兵たちはピシっとした姿勢で椅子に腰を掛けると、ケーキを口に運んだ。いつも眉の間がこわばっている隊長の表情筋が一瞬ほろっと緩み、自分でそれに気づいたのか、すぐにピシっとした表情に戻ったのを、俺は見逃さなかった。


「旦那様、それでは警護に戻ります!」


 ニヤニヤとしてる俺を見て頬を染めた隊長たちはすぐに警護に戻っていった。


 俺は「隊長は甘いものが好き」と頭にメモっておいた。


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