第18話 壁を隔てて
「へぇ? こんなとこにクソ貴族野郎が入ってきたから、どんなマヌケかと思ったが…」
俺はテンボラス領の街の構造を勉強しようと散策中、領内でも危険な地域に入ってしまったらしい。
危険な雰囲気を感じ取った時にはすでに数人の輩に囲まれてしまっていた。彼らの手には物騒な武器が握られ、今にもとびかかってきそうにニヤニヤと俺たちを四方から見つめている。
こちらの戦力と言えば、足手まといの俺とメイドのアンを中心に四方に注意を向けるゲシュタル家領のお抱え兵士が3人。対して相手側は見えるだけでも10人近くいる。この地域は完全にアウェイだから、物陰からどれだけ輩が出てくるかわからない。
「ふんふん。そこのデブ、おめぇが貴族っぽいな。思ったよりも金目のものはつけてないようだが」
「お、俺は、そういうのはつけてないんだ。襲っても何も出ないよ!」
「ふん、情報は入ってきているんだ。お前隣領地の領主さまなんだろう?」
木箱の上に腰かけたリーダー格の布巻きは、そういうとかじっていたリンゴを俺の方に投げつけてくる。
「こちとら金が必要なもんでね。おまえら貴族はいいカモなんだ。
てめぇら、やっちまえ!」
布巻きがそういうと、周りの男たちがじりじりと俺たちに距離を詰めてくる。ナイフを手のところでくるくる回しながら近づいてくるのを見て、俺は肝が冷え、体がぶるぶると震えだした。
今からあれに襲われる。
紙でスパッと指を切っただけでも痛くて嫌なのに、鋭利なナイフが敵意を持って迫ってくる。そのナイフで体が引き裂かれるのを想像してしまい、俺は恐怖でダメになりそうになりながらも、顔を横にぶるぶると振った。
恐怖で震えている場合ではない。俺は後ろにいるメイドのアンだけでも逃がしてやらないとだめだ。ピクニックに来たつもりが命の危険にさらされているのだから、彼女にとっては災難でしかない。
不思議と守らないといけない者を認識した途端、俺の体の震えは止まった。アドレナリンが分泌され恐怖が薄まっているのか、はたまた「もうどうにでもなれ」と諦めが勝ったのかわからないが、恐怖に縮こまってしまっているよりかは幾分かマシだった。
こんな時のためにヨルドから渡されていた護身用の短剣をマントの下から引っ張り出し抜き放ち構える。
その恰好がどうもへっぴり腰だったらしく、敵の男たちは「へへ」と笑うが、俺は死を覚悟しもう無我夢中だったため、そんな笑いは気にならない。一歩一歩と男たちが距離を詰めてくる度に、俺の心臓は大きく波打ち、短剣を握る手に力が入る。
それを見てお付きの兵士の隊長が一歩後ろに下がり俺に耳打ちしてきた。
「旦那様は剣を振るわないでください。
私たちに任せていただければ、一瞬で片づけます」
「へ?」
冷静になり、よくよくお付きの兵士たちの顔を見ると、3人ともいたって冷静な表情をしている。その額には一滴の汗も見られない。
それは一瞬だった。男たちが一斉にとびかかって来たかと思ったが次の瞬間、お付きの兵士たちの剣が引き抜かれ、男たちが反対に飛んでいく。
───キンッキンッキンッ!
こんなに近くにいるのに、剣がぶつかった金属音が遅れて俺の耳に届いた。
アンは「キャッ」と言って耳を塞ぎしゃがみこむ。
「な」
布巻きは木箱から腰を起こし何が起きたのかわからないというように慌て、腰にぶら下げていた剣を引き抜いた。お付きの兵の隊長は周りにいた敵を一掃したのを確認すると、布巻きに向かって駆け出した。仕留めるつもりだ。
俺はその様子を呆然と見ていると、倒れた男の一人が布巻きに向かって力を振り絞り何かを言っているのが耳に入ってきた。
「逃げろ、リリ、カ…」
「リリカ」確かにそう聞こえた。
もしかしたらあの布巻きは小柄な男じゃなくて、少女なのかもしれない。
「殺すな!」
「!」
俺が咄嗟にそう叫ぶと、隊長はちらっとこっちを確認し、布巻きにそのまま剣を振りぬいた。
間に合わなかった…。俺は無念に下を向こうと頭を下げると、視界の端の方で布がどさっと落ちるのが見え、咄嗟にそちらを向いた。
「!」
兵士は布巻きを斬ってはなく、頭を覆っていた布だけを巧妙な剣捌きで切り落としていた。バサッと銀色の長い髪が布の下から現れる。
やはり布巻きは小男ではなく少女だった。
「旦那様、捉えました」
「は、離せ!」
アンは安心したのか腰を抜かしたのか地面に座り込んでいて、兵たちはせっせと襲ってきた男たちを縛り上げていく。お付きの兵たちは、襲ってきた男たちも殺していたわけではなく、致命傷は避けていたようだった。あの状況でそれだけの余裕があったのか…と俺は感心した。
「てっきりみんな殺したものだと…」
「最近の旦那様は血なまぐさいのが苦手なようでしたので、こうさせていただきました。命じていただければ殺しますが」
そう言うと、男たちは「ひっ」と小さな悲鳴をあげた。しかし男たちはすぐに思い直したのか、皆口々に「リリカだけは殺さないでくれ…!」と布巻きの少女のことを守り始めた。それを聞き布巻きの少女──リリカは叫ぶ。
「こいつらを殺すなら俺も殺せ! 俺だけ情けで生きるなんて御免だ!!」
「やめろリリカ! おまえは黙ってろ!」
その会話を一通り聞き終えた兵が俺の方に目を向けて、返答を求めてきた。
「…いえ」
俺は少し考え、懐からお金の入った袋を取り出して、リリカの前に置いた。
それを見たリリカは怪訝な表情をして、言葉をこぼした。
「なんだよ、コレ…」
「少ないですが、あなた方が数日食べていけるだけのお金は入っているはずです」
「! いらねぇよ!! 貴族どもの施しなんか受けてたまるか!!」
「キミみたいな少女をリーダーにして、こんなことをしている。なにか
あんな華やかな街の中心部とこんな荒れた暮らしが壁一枚で、隔てられている。
テンボラス領の繁栄のからくりがここにある気がしていた。
「リーダーが倒れたんだ…」
「! おい! こんな奴に…!」
男の一人が話し始めたのをリリカが止めようとするが、続いて他の男たちも語り始めた。彼らももう限界だったのだろう。
「リーダーはリリカの兄だ。俺たちは苦しめる領主を打倒するために集まった。こうやって捕まっちまったらもうそれも叶わないが…。いや、リーダーが倒れた時に、もう俺たちの命運は尽きていたのかもしれない」
「キミたちを苦しめる?」
「領主テンボラスは俺たちに不当な税を要求してきた。俺たちは食うものさえない」
「! でも街の中心はあんなに活気だって…」
「あの市場でにいる連中はだいたいが外のやつらだ。俺ら領民からむしり取って、この壁の中に押し込み、その金でああやって外にのやつらにばら撒く」
「なんでそんなこと…」
「俺たちが聞きてぇよ」
ぐっと歯をかみしめる姿は、彼らの言葉に嘘がないのを物語っていた。
だとしたら、この街の繁栄は見せかけで、領民たちの犠牲の上に成り立っているということだ。これは俺が目指す形ではない。
「それでそのリーダーは…?」
「リーダーは病気で倒れちまった。俺たちのために無理して…。薬が必要なのにそれも用意できねぇ」
「それなら余計このお金を受け取ってください。このお金じゃ薬を買うのに足りないなら、この短剣を売ってお金にしてください」
「!」
俺は兵に頼み彼らの拘束を解かせた。
「おまえ、何が狙いだ?」
リリカは俺をにらみつける。俺は彼女らに背を向けて歩き出した。
「嫌いなんだ、こういうの。それだけだよ」
俺がこれから迎えられる契りの晩餐の会場を提供する男テンボラスは俺とは違う考え方のようだ。それを先に知れたのは大きい。やはり契りの晩餐はなかなかに大変な会になりそうだと俺は思った。
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