勇者の妹です。この度は兄勇者がハニートラップにかけられたあげく暗殺されてしまい誠に申し訳ございませんでした。

青水

勇者の妹です。この度は兄勇者がハニートラップにかけられたあげく暗殺されてしまい誠に申し訳ございませんでした。

 勇者の妹です。この度は兄勇者がハニートラップにかけられたあげく暗殺されてしまい誠に申し訳ございませんでした。


 兄は――つまり、私たち一家は――王国辺境の名もなき小さな村で生まれ育ちました。兄は昔から身体が小さく臆病で、同じくらいの年頃の男の子たちにいじめられていました。いじめにあったことで、より内向的な性格になってしまったのです。自分に自信がなく、常に悲観的に物事を考える人間になってしまいました。


 そんな折、聖剣カリバーンの使い手――すなわち勇者を探し出そうと、王国軍の方々が遠路遥々この辺境の村にもやってきました。

 王国軍の方々は大きな台車をがらがらと押してきました。その上には荘厳な岩の塊が載っていまして、見たことないくらいに美しい神聖さを漂わせた聖剣が突き刺さっているではありませんか。

 これが聖剣カリバーンか、と私は思わず見惚れてしまいました。


 王国軍の方々が言うには、「勇者の資質ある者なら聖剣カリバーンを岩から引き抜くことができる。聖剣を引き抜くことできた者は『勇者』として、悪しき魔族の長である『魔王』を討伐する旅をすることになる」とのこと。


 誰が勇者に選ばれるのかはわかりません。老若男女問わず、一列に並び、聖剣を引き抜こうとします。私の前に兄が並び、その前に両親が並びました。私の両親も渾身の力を込めて引き抜こうとしましたが、聖剣はびくともしません。


 兄の番です。兄が岩の上に立ち、両手で聖剣の柄を握りしめると、嘘みたいに簡単にすぽっと引き抜けてしまいました。その瞬間、おおっと歓声が沸いたのを、私は今でも鮮明に憶えています。


 こうして、聖剣カリバーンに選ばれ、勇者となった兄は、魔王を討伐するための長い長い旅を始めたのでした――。

 とはいかず。


 勇者になった途端、兄は別人のように変貌を遂げました。外見の話ではありません。中身の話です。悪い意味で自信満々になり、傲岸不遜な人間になってしまいました。かつて兄をいじめていた人たちと同類の人間に、兄はなってしまったのです。


 兄は、同じく王国軍によって選ばれた三人とパーティーを組んで旅を始めました。仲間は女性二人と男性一人です。今までモテなかった兄は、勇者の権力を用いて仲間の二人に手を出そうとしたようです。しかし、返り討ちに遭い、その二人はパーティーから抜けてしまいました。これが、魔王討伐の旅が始まってから、わずか三日目のことでした。


 残った一人の男性――賢者様は優しいお方で、腐れド畜生と化した兄に対しても、とても優しく接してくれました。しかし、そのことは功を奏さず、むしろ兄を増長させてしまったのです。

 兄は行く先々で女遊びを繰り返しました。当然のことながら、問題が多々発生します。それらの尻拭いを行ったのは賢者様です。賢者様は王国のことを思って、勇者である兄の数々の悪業について目を瞑っていたのです。しかし、やがて我慢は限界を突破してしまいました。呆れ果て、愛想をつかした賢者様もパーティーから抜けてしまいました。賢者様を憤慨させた出来事、それは――ハニートラップです。


 ある日、性欲の魔神と化した兄は、酒場で一人の女性から話しかけられます。その女性は非常に官能的で扇情的な格好をしていたそうです。一体、どのような格好だったのでしょう? それはともかくとして、兄はその女性と一晩を共に過ごしたそうです。


 勇者である兄は、国王様から王国のことや魔族のことや聖剣のことなどなどを教えられたそうで、当然のことながら、国王様からは「このことは誰にも喋ってはならぬぞ」と口止めされていました。しかし、謎の女性に骨抜きにされ、兄はベッドの中で自身が知る国家機密をぺらぺらと喋ってしまったそうです。


 どうやら、この女性は敵国のスパイだったそうです。兄は慌てて賢者様に相談しました。今まで数多の過ちを犯してきた兄ですが、それらすべてをうまく解決してくれた賢者様のことは信頼していたようです。

 しかし、賢者様は兄のためではなく、王国の未来のために、尻拭いをしていただけなのです。兄はそのことをわかっておらず、都合のいい駒としか見ていなかったのでしょう。賢者様に去られた兄は、ひとりぼっちで旅を続けました。


 孤独を紛らわすために、女遊びがよりいっそう激しくなります。毎日、酒場で湯水のごとく酒を飲み、娼館で湯水のごとく金を使いました。国王様からいただいた金銭がなくなると、強盗や恐喝まがいのことを繰り返し、金銭を得ていました。


 最終的に兄は、魔族領に入る前に殺されてしまいました。宿屋の一室で全裸の兄の遺体が発見されました。幸いにも、聖剣カリバーンは奪い取られてはいませんでした。

 おそらく、魔族による犯行なのでしょう。神聖属性を有する聖剣カリバーンは、魔族が触れることは叶いません。それどころか、勇者適性のある人間にしか、まともに持つことはできないのです。


 兄の死を悼む人は大勢いました。しかし、それは勇者の死を悼んでいるのであって、兄個人の死を悼んでいるのではないのです。兄の死を悼んでいるのは、きっと妹である私くらいのものでしょう。両親ですら、兄の存在をなかったことにして、ひっそりと暮らしているのですから。


 国民の皆さま、改めて申し訳ございませんでした。勇者である兄がこんなにも無様な死を遂げたせいで、王国は今、建国以来最大の窮地に立たされています。きっと、皆さまは新たなる勇者の誕生を祈っていることでしょう。


 実を言いますと、先代勇者の妹であるこの私が、新たなる勇者として聖剣カリバーンに選ばれました。私はこれから、兄の汚名をそそぐべく、魔王討伐の旅に出ます。しかし、その前に今一度、国民の皆さまに謝罪をしたく、このような動画を撮らせていただきました。


 この度は先代勇者がハニートラップにかけられたあげく暗殺されてしまい誠に申し訳ございませんでした。


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勇者の妹です。この度は兄勇者がハニートラップにかけられたあげく暗殺されてしまい誠に申し訳ございませんでした。 青水 @Aomizu

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