63.水清ければ月宿る

 元カノの弟を教えることになった。


 先生。彼は、正確には──彼の弟は私のことをそう、呼んだ。


 嘘と虚飾で塗り固めたような呼び方。職名、渾名、階級。定位置ともいえるその名前を憎いとさえ思うくらいに、言葉と彼との距離を私は測った。もどかしさに胸を掴まれるような愛おしい彼との、距離を。


 その言葉はしょっぱくて、かつての彼の匂いが残っていたけれど、それがたしかに本物なのかを私は信じることができずにいた。その口から発せられた言葉が、彼のものに思えて、私は怖かった。そして、好きだった。


 個別指導塾のバイトをやめたのは、それがきっかけだった。

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