第22話

 貴人回廊から金色の皇宮に辿たどり着くと、木札の確認を経て、目の前の階段を下りるように指示された。女官たちの大朝会は地階にある大座敷で行われるらしい。

 地上は帝の住まいや麒麟の神官の部屋などがあるので、決して近づかないようにと茶民たちからもくどいほど言われてきた。言われなくとも上階の警備兵の数は尋常でなく、部外者が入れる雰囲気ではない。

 階段を下りると、すでに黄色い表着の女官が待ち構えていて董胡の木札を確認した。

「玄武の后様付きの方でいらっしゃいますね? 侍女頭代理? 侍女頭の方はどうされたのですか?」

「あの……まだ決まっていなくて……本日は私が代理で出ることになりました」

「まだ決まってない?」

 女官は少し不審の表情を浮かべたものの、大座敷の中に案内してくれた。

 広い大座敷には、すでに大勢の女官が座っていて、一段高くなった高座に灰色のほうを女性用に仕立て直したような衣装の女性が数人並んでいる。灰色は中務局の官服だ。

 そしてその前に三列になって座る女性達がいた。

 両端に並ぶ女性はすべて黄色の表着を着ている。黄色は麒麟の色だ。これは麒麟の皇族のお世話をする女官ということらしい。

 後ろの方にはお仕着せのような動きやすそうな衣装の女性が並んでいる。こちらは宮内局などの各局で働く女官のようだ。袴は引きずる長さではなく扇も持っていない。

 そして真ん中の列に、前から白、青、赤の表着を着た姫君が並んで座っていた。

 白は白虎、青は青龍、赤は朱雀の色だ。つまりそれぞれ后宮の侍女頭の女性らしい。

「玄武のお方はどうぞこちらへ」

 董胡は最後に来たのに、なんと最前席に案内された。高座の女官の目の前だ。

「あの……私は一番後ろでよいのですが……」

「本日は先帝の后様の格付けの順になっております。皇太后様がいらっしゃる玄武は一番前にお座りください」

 女官はそんなことも知らないのかという顔で説明すると立ち去ってしまった。

 どうやら座る場所にまで序列があるらしい。

 後ろの侍女頭たちが扇の隙間からじろじろ見ているのを感じて、董胡は居心地悪く着物をさばいてその場に座った。

 やがて時間がきて、大朝会が始まる。

「まずは皆様、ここは女性ばかりの朝会でございます。扇を下ろし私からお顔が見えるようにして頂きましょう」

 高座の真ん中に座る年配の女官が言うと、姫君たちは戸惑いながらも扇を下ろした。

「私は先帝の時代より中務局、ないしのかみを仰せつかっているえいじようと申します。すべての女官を取りまとめ、みかどが王宮内で心穏やかにお過ごしあそばすように全権を任されています。本日は新たな帝となって初めての大朝会であり、自己紹介と共にそれぞれの職務について確認をさせていただきましょう」

 白髪の混じった叡条尚侍は、仕事一筋で生真面目そうな五十代ぐらいの女性だった。

 順番に回ってくる自己紹介と職務の説明で分かったことはたくさんあった。

 まず叡条尚侍の両脇には次官となる二人のないしのすけがいて、その後ろに五人のないしのじようがいる。すべて中務局の官職を持つ女性だ。

 高座の下は、真ん中の列は予想通りそれぞれの后宮の侍女頭だった。

 序列は先帝の皇后であった玄武が筆頭となり、続いて先帝のお子である内親王の身分と人数で決まる。白虎に三人、青龍に二人の姫君がおり、朱雀は一人もいないため最下位ということになるらしい。

 だがこれは先帝時代の序列であって、新しい帝の行動によって入れ替わるそうだ。

 お子が生まれるまでは帝のお見えの回数によって目まぐるしく入れ替わり、皇子が生まれるまでは毎回壮絶な戦いの場となるらしい。

 皇子が生まれれば不動の筆頭侍女頭として強い立場になるそうだ。

 強い立場とはどういうことかと言えば、すべてにおいて最優先されるということらしい。珍しい化粧品や食材が入れば序列が上の宮から配給され、宝物殿の宝飾や貴重な書物などの貸し出しも序列が上の宮から権利を持つ。雅楽団やまいの新作披露のうたげも、もちろん序列が上の宮から召し出す権利を持った。

(薬剤なども序列順なのかな。冬虫夏茸はあるだろうか? いや、斗宿では見たこともないようなもっとすごい生薬もあるのかな?)

 董胡にとって興味があるのは薬剤ぐらいだが、他の侍女達はそうではないらしい。

 後ろに並ぶ他の后宮の侍女頭たちの敵対心が背中に突き刺さる気がした。

 そして董胡たちの両脇に並ぶ侍女たちもまたお互いに激しい敵対心を持っていた。

 右側に並ぶのが皇帝陛下の侍女頭、そうゆうと侍女六人だ。

 左側に並ぶのが弟宮の侍女頭、かくと侍女六人だった。

「尚侍様に申し上げます。我らの宮様は政務にも詳しく貴族の信頼も厚く、帝にも等しき公務をなさっておいででございます。つきましては我ら侍女七人では手の足りぬことも増えて参りました。我らにも帝の侍女と同じように専属の女官を使うことをお許し下さいませ」

 意見を言ったのは弟宮の侍女頭、郭美だった。

 女官というのは董胡たちの後方にずらりと並ぶお仕着せ姿の各局の女性で、蔵司、ぜん、薬司など十二の部署から帝に与えられた官位を持つ女性らしい。

「まあ! 帝に等しき公務だなどと、なんてそんなことを! 口を慎みなさい、郭美殿。帝と同じ権利を主張しようなどとはほんにんの考えることではございませんこと?」

 即座に反論したのは帝の侍女頭、奏優だ。

「とんでもございませんわ。まだお若く力不足の帝のために少しでもお力になろうと我らの宮様は心を尽くしておいででございます。それはそれは志の高いお美しい宮様でございますわ。宮様にお会いになられた方はみんな素晴らしいお方だとすっかり心を奪われてしまいますから、弟宮様の方が帝に相応ふさわしいなどと言う方も確かにいらっしゃいますけど……あら、つい本当のことを言ってしまいましたわ。失礼致しました」

「な! なんとばち当たりな! 失礼が過ぎますわ! 我らの帝もそれは素晴らしい方ですわ。内気なところがおありで、滅多に人にお姿をお見せにならないため多くの誤解を受けておりますけど、そうめいな上に、まるで天人のようにお美しい方でございます!」

 奏優が怒り心頭で言い返す。二人の間に座る董胡はうつむいてやり過ごすだけで必死だ。

(それにしても天人のように美しいとは言い過ぎじゃないかな)

 どちらも自分の主が素晴らしいことを主張したいらしいが、かなり脚色している。天人のように美しい人など、そうそう転がっているものではない。

(天人のように美しいなどというのはレイシ様のような人を表す言葉だ。あんな美しい人が、世の中に何人もいるとは思えない。話半分ぐらいに聞いておいた方がいいな)

 董胡は俯きながら、心の中で一人つぶやいた。

「うふふ。内気とは、ものは言い様ですこと。仕える宮女すら気にくわないと次々斬り捨てる無慈悲なお方ゆえ、誰も謁見したがらないだけではございませんこと?」

 郭美の言葉に大座敷が騒然とする。

「無礼な! 誰がそのような噂を広めたのか知りませんけど、帝は宮女を斬り捨てたりなどしておりませんわ! 噓を流してらしたのはやっぱり郭美殿ですのね!」

「な、なんの根拠があってそのようなことを! 私は貴族の皆様が噂していることを言ったまでですわ。変な言いがかりはやめてくださいませ!」

 どうやらこの二人は帝が皇太子の時代から犬猿の仲らしい。

「二人ともおやめなさい。はしたない。后様の侍女たちが驚いていますよ」

 叡条は慣れているのか、やれやれといった風に注意した。

「されど本当のことではございませんか。こう申してはなんですが、即位の式典での先読みの儀式においても帝はすべて外してしまわれましたわ。されど我らの宮様は、式典が始まる前にすでに的の数字を三つとも言い当てておいででございました。尚侍様にも宮様が記した紙をお見せ致しましたでしょう?」

「そ、それはまあ……確かに当てておいででございましたが……」

 再びざわざわと女官たちが騒ぎ出した。

「まあ、やっぱりあのお噂は本当でしたのね?」

「尚侍様が見たのでしたら間違いございませんわね」

「ではやはり弟宮様の方が麒麟のお力をお持ちということ?」

「しっ! 聞こえるわよ」

 やはり即位式での帝の失態は、人々に悪い印象を残しているらしい。

「それに帝になられてから尚侍様にすら拝謁をお許しになっていないそうではないですか」

「そ、それは……新しい帝はこれまでのご事情もあって、心を許した方しかお近付けにならないところがおありで……」

 叡条尚侍は郭美に問い詰められ、困ったように口ごもった。

 なんだかやはり問題の多い帝のようだ。

「それに四公の后様のところへも、まだ通っておられないご様子。十日のうちに初見えの儀式を済まさねばならないというのに、すでに五日が過ぎております。本来ならこの初めての大朝会で、新しい帝による序列が出来ているのが普通でございますのに、どこにも通われていないがために先帝時代の序列のままでございます。帝は本当に国を治めるおつもりがあるのでしょうか?」

 郭美に痛いところを突かれて、奏優たち帝の侍女たちは唇をみしめ黙り込んだ。

 董胡としてはきさきのところへ通う気がないのなら有難いのだが、女官としては見過ごせない義務放棄らしい。

「帝には早急に謁見のお許しを頂き、代々の習わしをご説明するつもりです。その時に必要とあらば郭美の申し出も話してみましょう。帝にその旨、しかと伝えて欲しい。分かりましたね、奏優」

「は、はい。かしこまりました。尚侍様」

 奏優は悔しげに郭美をにらんでから、叡条に頭を下げた。

 郭美は勝ち誇ったように微笑んでいる。

 ともかくこの二人の言い合いのおかげで董胡が目立つことはなく朝会は終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る