第21話

    ◆


「くれぐれも余計なことはおっしゃいませんようにね、鼓濤様」

「女官頭の方はなかつかさ局にも籍を持つ位の高い方でございますわ。目をつけられたらその宮の侍女たちは王宮内でずいぶん立場が悪くなるそうでございます」

「うん。分かってるよ。目立たないようにするから大丈夫だよ」

 大朝会の時は玄武の侍女と分かるように黒の表着と黒の扇を持つ。表着の中の衣装は自由らしいが、目立たないような色あいの着物と帯で揃える。髪は余計な装飾をつけずに後ろで結わえるだけが無難だろうということになった。

 それから各所を通るために身分を示す木札が必要だった。

 木札には宮のあるじである鼓濤が役職と名前を書き記すことができる。

 悩んだ挙句『侍女頭代理 とうれい』と書いた。母だという濤麗の漢字だけを変えてみた。

 濤という字がつく名前は滅多にないが『とうれい』という呼び名は珍しくないらしい。

 木札の下には玄武の黒い線が入っていて裏には亀氏の家紋と鼓濤の印が押されている。現段階で董胡が持つ最大の権限は、この木札を自在に出せることだ。あまり頻繁に出すと治部局の監査が入るということだが、きさきたちの出す木札は監査が緩いそうだ。

「ああ……大丈夫かしら。もし鼓濤様だとばれたりしたら……」

「なんと恐ろしい。死罪かしら? もしかして私たちは大変な罪を犯しているの?」

 茶民と壇々は、いよいよ宮を出るという時になって心配になったようだ。

「大丈夫だって。うまくやるから。それより二人は御簾の中にいて、私が留守だということを気付かれないようにしてよ」

 今まで女であることを隠して暮らしてきた董胡には妙な度胸があった。秘密がばれそうな時に誤魔化す能力はけていると自負している。あまり褒められた特技ではないが。

「じゃあ、行ってくるね」

 后宮から皇宮までは中庭を横断する長い回廊があった。皇族と身分の高い貴族や姫君だけが通ることのできる『貴人回廊』と呼ばれるものだ。ひわきの屋根に足触りのいいイ草の畳が敷き詰められ、黒い漆塗りの柱が等間隔に並び建ち、皇宮まで続いている。

 后の侍女たちもこの貴人回廊を通ることを許されていた。

 もっとも大朝会の日ぐらいしか侍女だけで通ることはないのだが。

 董胡はくろおうぎを手に、長い着物とはかまを引きずりながら貴人回廊を歩いていた。

(衣装は重くて歩きにくいけど、久しぶりの解放感だ)

 お付きの者がいない。一人っきりで歩いている。それがこんなに有難いことだと初めて気づいた。鼓濤だと告げられて以来、一人になるのは初めてだった。

 ちらりと扇の隙間から広い中庭を眺める。少し立ち止まっては金色の皇宮を仰ぎ見る。

(ずっと輿こしに乗ってたから分からなかったけれど、思った以上に広いな)

 警備の兵士があちこちにいて、それぞれの宮の出入り口で厳しく検査している。

 様々な部署の役人や集団で歩く女官の姿や、御用聞きらしい男が一人で走っていく姿も見える。検査は厳しいが人の出入りは意外に多い。

 董胡はそれらの情報を目まぐるしく頭の中の地図に書き込んだ。

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