人狼ラブコメ
wani
人狼ラブコメ
前夜
校舎裏の告白
告白。
——秘密にしていたことや心の中で思っていたことを、ありのまま打ち明けること。また、その言葉。
なるほど、たしかに。
であればこれも、告白であることには違いない。
ただし、今この瞬間行われている告白は、ずいぶんと。いやかなり。正直なところ相当。予想していたものとは、方向性が違っていたわけだが。
「——というわけで、先祖代々、
一瞬くらっとめまいのような感覚に襲われたのは、きっと気のせいではないだろう。
人は誰しも、突如怪電波のごとき妄想の渦に包まれれば、正常な平衡感覚を失うものなのだ。
それはもちろん、自称一般的男子高校生、
初秋の夕陽が照らす、放課後の校舎裏。
九曜は今朝自分の下駄箱に入っていた手紙の文面に従い、
そこに佇んでいたのは、一人の少女。
少女の名前は、
九曜のクラスメート……というか、隣の席の女子であり、この高校にやってきたばかりの転校生だ。
一年生の二学期途中、というやや珍しい時期の転校生で、何やら訳ありか? と騒がれたことも、まだ九曜の記憶には新しい。
本人が転校の理由を話さなかったこともあり、ゴシップ好きな生徒があることないこと話しているのも耳にしていた。
しかしそのような風聞は、全体から見ればむしろ少数派。実際のところ、この高校で黒鐘イルイについて語られていたことと言えば。
風にたなびく長く艶やかな黒髪。
紫外線を浴びたことがないのかと思えるほどに白い肌。
吸い込まれそうなほど大きな瞳と、その瞳を包み広がる長い睫毛。
そして何より、グラビアアイドルも形無しの見事なまでに豊満な胸。
まあ要するに、とんでもない美少女転校生だったのである。
そこに当人の静かでどこか物憂げな態度まで加われば、これはもはや大和撫子の理想形。芍薬牡丹に百合の花。
老若男女、誰もが惚れ込む完璧美少女。話すだけでも夢見心地になれる、理想郷に咲く高嶺の花。それがこの少女、黒鐘イルイ。
そんな少女と校舎裏での秘密の待ち合わせ。これはもう人生最高のシチュエーションと言っても過言ではない。
——はず、だったのだが。
「——そうして完全に不意を打たれた役能者たちは、次々命を落としていきました。このままでは人狼たちの天下は避けられない……人類の未来はもはや絶望的か。……と思われたのですが、最近になって一つの噂が立ちまして——」
この有様である。
見るも無惨とはまさにこのことだ。
「……なあ、黒鐘」
「——そこでわたしが派遣されることに……はい。なんでしょう? 雨宮さん」
「帰っていいか」
「だめです」
だめだった。
一人黒歴史劇場の支配人は、ずいぶんと客の動きにシビアでいらっしゃるらしい。
とはいえこちらも、高校生になってまで中二病継続中な夢見心地女子の妄想に、いつまでも付き合っている暇はない。義理もなければ、耐えられる精神力もない。
そんなわけで九曜が、無言の不服申し立てを、普段からかけている眼鏡の奥にあるドブ底のように濁った目でしていると。
「——と、言いたいところなのですが、いささか長く話し過ぎましたので、今一度、要点だけをかいつまんでお伝えしましょう」
ひとまずの結論に至る形に流れを変えてくれたようだ。察しがいいのか、マイペースなのか。おそらくは後者であろうと思われる。
そうして黒鐘イルイは、雨宮九曜を指差し、一つ大きく声を上げた。
「雨宮九曜さん。あなたは今、人狼に狙われています!」
……はい。
お疲れ様でした。それではみなさん、さようなら。
「………………。雨宮さん、信じてませんね」
はい。もちろん。
言わずとも意思は伝わったようで、イルイは困ったような顔をし始めた。
「ふーむ、どうしましょうか。黒鐘家の一員としては、慧眼の役能者にこそ信じてもらいたいところなのですが」
ぶつぶつ呟くイルイをよそに、九曜は帰り支度の算段を始める。
たしか鞄は図書室に置いたままだったはず。とりあえず取りに戻って——
「しかし、おかしいですね。本当に慧眼の役能を宿しているのなら、わたしがここまで嘘をついていないことには気付いているはずなんですが」
——ぴた、と、歩きかけていた九曜の足が止まった。
「それとも、わたしが何か無意識に嘘をついてしまったんでしょうか。うーん……。仕方ありません。論より証拠です」
そう言って、イルイは胸元から何か小物を取り出した。見たところ手で鳴らす呼び鈴のような——いや、小さな鐘と言った方が近いだろうか。
その黒く小さな鐘を、イルイは一度だけ振った。
「————ッ!?」
ゴーン、ゴーン……と、そのサイズ感にまるでそぐわない音が周囲に鳴り響く。
頭の中から鳴っているかのようなその音は、思わず耳を塞いでも全身の毛をそばだたせた。
鐘の音が鳴り止んだあと、イルイは観察するように九曜をじっと見ていた。
「うるっせえ……なんだそれ?」
「人狼と役能者にのみ聞き取ることのできる、人狼襲来の報を伝える黒鐘です。この鐘の音が鳴ったのなら、人狼が近くに潜んでいることを意味します」
「……そりゃまた、お怖いことで」
冗談めかして言ってはみたが、今鳴り響いた鐘の音は、明らかに常識の範疇を超えた何かだった。少なくとも九曜の直感はそう言っていた。
——少し不思議なこと。
なんてものは、案外身近にあるものだと、九曜もよくよく知ってはいる。
知ってはいるのだが——
「あ、あのう……雨宮くん? ごめんなさい、遅れちゃって。×図書委員の仕事に時間がかかっちゃって×……。あ、い、今の……鐘の音? すごかったね」
そこで突然、後ろから声がかかった。
ちょうどさっきの鐘の音に紛れてやって来ていたらしい。完全に隙を突かれた。
そして今の言葉の中に一瞬、ノイズが混じったのも、九曜は感じ取っていた。普段から味わっている、不快な感覚。舌の上に血の味がする。
知らない女子生徒。いや、うっすら記憶にはあるか。たしか図書室で自習をしている時によく見かけていたはずだ。
えーと、たしか名前は……
「あっ、あの。わたし、
人物予想は当たっていたようだ。
百合川翠。図書委員。たしか同じ一年生。
前髪が長めで、視線はいつも人の足元。どこか小動物のような、引っ込み思案な印象がある女子だった。
普段は九曜と同じく眼鏡をかけていたはずなので、眼鏡を外した今の姿だと、すぐには気付かなかったのかもしれない。
「い、いきなり呼び出しちゃってごめんね。雨宮くん、毎日真剣に勉強してるから、邪魔したらいけないとは思ってたんだけど、その……どうしても、わたしの気持ち、聞いてほしくて……」
あれ。ちょっと待て。今何が始まってる?
呼び出したって何の話だ。手紙で呼び出してきたのは黒鐘イルイで、実におかしな話を——というか、黒鐘はどこへ逃げやがった。
「その……今朝、下駄箱に入れた手紙で、予想は……えと、付いてると、思うん……だけど……わたし……」
いや。本当に待て。
これはあれですか。本気で今度こそ本物のこく——
「雨宮くん! わたしは、あなたが好きです! つ、付き合って……くださいッ!」
放課後の校舎裏。
恋する少女の赤らめた顔が、夕陽にまばゆく照らされる。
長い前髪の隙間から覗く、祈るような願うような、勇気を振り絞った瞳に見つめられて、九曜は——
「————えっ……と。……お前、実は人狼だったり、する?」
ひどく間の抜けた一言を発した。
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