五冊目 時は進む、あなたと共に-3
一方、静かになった物書き屋では、執筆室で柳が懐中時計と対峙していた。部屋に一つある椅子に座り、机には懐中時計とともに、原稿用紙と万年筆が置かれている。柳の模様が入った万年筆を手にして、深呼吸を一つした。
「では、始めましょうか」
懐中時計のツボミに目線を合わせて、優しく話しかける。驚かせないように、そっと。
「初めまして、柳と言います」
『わー、かっこいい付喪神さんがこっち見てるー』
「褒めていただいて嬉しいです」
『え?』
彼女、トキはあたふたしてその手で空をかいている。柳を凝視して、叫びに近い音量で問いかけた。
『え! 嘘、あたしの声、聞こえるの!?』
「はい。実は聞こえるんです」
「うっそー! 話が出来る付喪神さんに会ったの初めてー!」
目の前の彼女は、明るい雰囲気を持った可愛らしい少女だった。嬉しさを全身で表している。
「あなたの話を聞かせてほしいんです。持ち主の灯さんから、あなたが思っていることを知りたいという依頼を受けましたので」
『分かった! 何から話したらいい? ていうか、いっぱいしゃべってもいい? 誰かとお話しできるなんて嬉しくて』
「もちろんです。たくさん聞かせてください、トキさん」
ぱあっと顔が輝き、心底嬉しそうに飛び跳ねている。その動きに合わせて外ハネの髪が元気に跳ねる。
『えっとね、あたしは灯さんのお仕事のお手伝いしてるの。時間を知らせるの』
「灯さんのお仕事って何ですか?」
『くわしくは知らないんだけど、本部っていう所で、付喪神さんのために働いてるんだって言ってた』
「そうなんですか。トキさんは、大切なお仕事のお手伝いをしているんですね」
トキは、えへへ、と照れながらも嬉しそうに笑った。そして、こぶしを力強く握って言った。
『開化したらね、もっとちゃんと灯さんの役に立ちたいの!』
「トキさんならきっと出来ますよ」
『そうかなー、そうだったらいいな。……あとね』
トキは、手招きして柳に耳を傾けさせる。そして内緒話をするように声をひそめて、そっと打ち明けてくれた。
『その、開化したら、灯さんの好みの女の子になりたいなーって』
言い終わってから、顔を真っ赤にしてうずくまってしまった。あー、うー、とか言って頭を振っている。その様子を見て、柳は柔らかく微笑んだ。
『今言ったことは、書いちゃだめだからね! 絶対、だめだからね!』
「はい、分かりました」
『あ、あなたは、これが仕事なの?』
話を逸らしたいようで、柳の方に話題を振ってきた。執筆のために万年筆を動かしていた柳が手を止め、話し出した。
「そうですよ。こうして、物の話を聞いて、本にするんです。まあ、仕事というか桜子さんの趣味って感じですけど」
『へー、あなたはその、桜子さんとずっと一緒にいるの?』
「ずっと、ではないですね。最初は人に使われていましたよ。でも、いつからか桜子さんと一緒にいます。記憶が曖昧なので、時期ははっきりとは分からないんですけど」
『覚えて、ないの?』
「ええ」
トキは、一瞬考え込んだようだったが、すぐに明るい表情に戻り、柳に笑いかけた。
『本が書けるなんて、すごいね! あたしも開化したときにちゃんと出来るように勉強しようかな』
「トキさんはそのままで素敵だと思いますよ」
『そうかなー、えへへ』
そのとき、執筆室の外から柳を呼ぶ桜子の声がした。買い物から戻ってきたのだろう。執筆は一旦休憩である。
「すみません、お話の続きはまたあとで。それまでは楽にしていてください」
『はーい』
トキの元気な返事を聞いて、柳は執筆室を出た。
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